第32話 間に合ったのはいいけれど

すぐに開けっ放しの裏口が見つかったので、そこから覗ける台所を見ると、老婦人が蹲っていた。

「……! 大丈夫ですか!?」

「……少しだけじっとしていれば、良くなるから」

辛うじて聞こえるか細い声で、老婦人が囁いた。

「薬がありますから、飲んでください!」

ヒカリはそう言うと老婦人の口元に薬を持っていく。

「ああ、楽になった」

老婦人はしっかりした声で呟いた。

 ――よし、次!

 薬代がどうのという問答が始まる前に、ヒカリは他の病人を探しに行く。

 この家には他に人がいないとわかって外に出たところで、騎士に呼ばれた。


「ヒカリさん、この家に動けない病人がいました!」

「おおっと、仕事が早いね」

騎士に導かれるままに、ヒカリは薬瓶を持って家々を周る。

 すると、どの家も寝たきりの病人がいた。

 症状は皆魔力枯渇で、病人のほとんどが比較的高齢な者ばかりだ。

「若い人はどうしたの、全く見ないんだけど」

首を傾げるヒカリに、薬を飲む老人が説明してくれたことによると、村から離れた場所にある畑で作業をしているという。

「村から離れると、何故か気分が良くなるのです」

老人がそんなことを言った。

 恐らく畑のある場所は、魔力の道の上からずれているのだろう。


 結局全部の家を回って病人に薬を飲ませ終えたのは、もうじき日が傾き出すという頃だった。

「病人はこれで全てかと思います!」

「そうか、ご苦労だった」

村の広場で騎士の報告に頷くオーレルの隣で、ヒカリはへばっていた。

「……お腹が空いた」

気が付くと昼食を食べ損ねており、いい加減エネルギー切れだ。

「ヒカリ、お前はひとまず休め」

オーレルがそう言ってヒカリの荷物とお茶の入った水筒を差し出す。

 どうやらミレーヌ宅に置きっぱなしだった荷物を持ってきてくれたらしい。


「ありがたや、ありがたや」

ヒカリは受け取った荷物の中からサンドイッチの包を出して、しばしの休憩をすることにした。

 ――それにしても、もう少し遅かったら危なかった……!

 様子を見に来るのがあと数日遅ければ、ミレーヌに最悪の報告をしなければならないところだった。

「これも薬不足の影響か」

オーレルがお茶を飲みながらボソリと零す。

 ミレーヌから病のことを聞いてはいたものの、まさかこれほど深刻な事態だとは知らなかったそうだ。

 薬草対策をもう少し早く行えば良かったのかと悔やむ顔をするが、ヒカリからするとその後悔は見当違いだ。


「この病気は普通の薬じゃダメで、特別な薬しか効かないの。だから薬が十分にあっても、状況は大して変わらなかったと思うけど」

サンドイッチを食べながら告げるヒカリに、オーレルが眉をひそめる。

「特別な薬とは、どういうことだ? 並外れて高価だということか?」

特別の意味を取り違えるオーレルに、ヒカリは手をヒラヒラと振って見せる。

「違うって。魔女の薬じゃないと駄目なの」

「魔女の、薬……」

ヒカリの言葉の意味を考えているのか、オーレルはそれきり黙ってしまう。


 ――それにしても、キツイねここ。

 この村にいると、ヒカリも身体に残る魔力を引きずり出される感覚を覚える。

 それを根性で身体に引っ張り返しているのだが、これが結構精神力を使う。

 魔力の扱いに無知な者が長く滞在するのは危険だ。

 騎士たちもそろそろなんらかの症状が出て来るだろう。

 ここにいる村人たちも、どこかへ避難した方がいいのではと思うものの、ではなんと理由をつけるのかという問題に直面する。

 魔法が御伽噺になってしまった今、魔力がどうのと言っても通じない。


 一番いい方法は、魔力の道を正常に戻すことだ。けれど魔力の道を歪めている原因がわからない。

 ただ、魔力が同じ方向に流れて行くのを感じるだけ。

 ――魔力が流れる先に、一体なにがあるの?

 ヒカリはサンドイッチを頬張りながら、魔力の道の通じる先の遥か遠くを睨む。

 そのヒカリを、オーレルが黙って見ていた。

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