第13話 魔女と娼婦

「私、アイツ嫌いだーー!!」

ヒカリは声よ届けとばかりに叫んだ。

 すると玄関が再び開いて、今度はジェスが顔を出した。

「なに叫んでんだよ、今の騎士だろう? やっぱりこんなところで店はヤバかったのか?」

騎士が店で長話をしていったのが、ジェスを不安にさせたらしい。

「それがさぁ……」

ヒカリはオーレルとの話の顛末をすると、聞き終えたジェスはポカンとした顔をした。


「……ここ、そんな店名だったのか」

「そんなマズい名前かなぁ?」

ジェスの顔を見て、ヒカリは首を傾げる。

「……当たり前だ、そりゃあ誤解もされるって! 俺らは読み書きできないから、『魔女』って書いてあるってわからなかったけど」

知っていたら忠告くらいした、とジェスがため息を吐く。

「看板、どうしようかな……」

「絶対変えた方がいい」

悩むヒカリに、ジェスがきっぱりと言う。


 こんなことがあった日の夕刻、そろそろ店仕舞いをしようとしていた店の玄関が再び開いた。

「噂の店って、お嬢ちゃんの店だったのね」

入って来るなりそんなことを言った客は、以前ヒカリが助けた女だった。

 オーレルは本当に彼女に店の事を教えたらしい。

「お客さんいらっしゃい、あれから具合はどう?」

ヒカリがそう尋ねると、カウンターまでやって来た女が笑った。

「店主さんのおかげでこの通り元気さ! あれから全く苦しくなくてね、今まで薬屋で買っていたのとは大違い。店に帰って同じ病気持ちの娘に分けてあげたら、すっごく喜んでさぁ。今日も同じ薬を買いに来たよ」

話を聞いて前回と同じ薬を用意しながら、ヒカリは尋ねた。


「お客さん、お店をしているの?」

「ミレーヌって呼んでおくれ。店はアタシが経営しているわけじゃないよ」

どこかの店の店員らしい。

 朗らかな雰囲気からして、食堂などが似合いそうだ。

 結構華やかな容姿をしているし、看板娘として人気なのかもしれない。

 ヒカリがそんな連想をしていると、ミレーヌが面白そうな顔をした。

「アタシを知らないってことは、店主さんはこの街に来たばっかりなのね。それで助けてもらえたなんて、アタシって運がいいわ」

自分を知らないのかと指摘されるとは、やはりミレーヌはどこかの看板娘なのだろう。


「そうなの、ここに来て一カ月も経ってないから、知り合いもほとんどいなくって」

しかも、そのほとんどをボロ家改造とゴミ拾いに費やしている。

 この街で知り合いと呼べるのは、隣の家のジェスを筆頭とする子供たち、あとはついさっき口論していたオーレルだけ。

 なんと寂しい人間関係だろう。

「ミレーヌさんはどこで働いているの?」

せっかくなので、いつか食事に行こうと思ってヒカリが尋ねると、ミレーヌはニンマリと笑った。

「アタシは『魔女の館』で働いているのよ。これでも売れっ娘なんだから」

ヒカリは数秒、思考停止する。


「は、え!?」

 ――魔女の館って、例のあそこ!?

 ヒカリが魔女仲間がいると勘違いした原因である店で、大きな娼館だという話で。

 そこで働いているというミレーヌは、つまり娼婦なのだ。

「聞いたよ、『魔女の店』の名前の由来。悪いけどアタシ笑っちゃったわ」

目を丸くするヒカリの驚きの意味を知っているのか、ミレーヌはふふっと微笑む。

「手軽な娼館か、連れ込み宿と思われなかった?」

ヒカリは娼婦相手にどう返せばいいのか一瞬迷い、変な顔をする。

「……今日オーレルが来る前は、そんな客ばっかりだったよ」

相手は年上だし騎士なので、オーレル様とでも呼ばねばならないのかもしれないが、あの口論で敬う気持ちが消えた。

 ――呼び捨てで十分だし!

 一応薬も買ってくれたが、魔女ごっこだと思われた恨みは深い。


「だろうねぇ」

ミレーヌはやっとそんな言葉を絞り出したヒカリに苦笑した。

 こちらも常識知らずだと言いたいんだろうなと、ヒカリが肩を落とすと、相手は慰めるように頭を撫でてきた。

「落ち込むことはないよ、子供の頃はみんな絵本の魔女に憧れるものだし、意味だってそっちが大元なんだしね」

意外にも、ミレーヌは「魔女の店」という店名に気を悪くしていないようだ。

「ありがとう」

ヒカリが励ましてもらった礼を言うと、ミレーヌは頷いた。

「でも、アタシはいい名前だと思うわ。本来の意味で広まった方が、こっちも嬉しいし。アタシらが魔女って呼ばれているのはね、魔法にかかったような心地になるからっていうのが謂れなの」

そう言ってミレーヌがふわりと笑った。


「……魔法にかかったような」

どういう意味だろうとヒカリが首を傾げると、「店主さんにはちょいと早い話かねぇ」とつぶやく。

「アタシらの仕事は、なにもベッドの上で身体を繋げるばかりじゃないのさ。この街は戦う男たちの街、強い男は案外心が脆いものでね。そんな男たちを慰めるのが、アタシら魔女の役目ってやつ」

そう言ってミレーヌがウィンクして見せた。


 人によっては一晩中話を聞いているだけであったり、音楽を奏でてあげたり、膝枕を所望されたりと、色々あるらしい。

 ――なんか、娼婦っていうかホステスみたい。

 後ろ暗い仕事だとばかり思っていたら、そんな一面があるとは。

「なるほど、案外奥が深いものなんだぁ」

感心したように言うヒカリに、ミレーヌがカラカラと笑った。

「そういうことさ。店主さんも、戦う男には優しくしてあげな、コロッと落ちるから」

「あはは、私にそんな魅力あるかなぁ」

戦う男と言えば、今の所知っているのはオーレルだけ。

 あの男がちょっと優しくされただけで、どうこうなるようには思えない。

 それとも頭を撫でてやれば、意外な反応があったりするのだろうか。

 要検証だ。

 ――でも、人を癒すっていう意味では、ミレーヌさんたちも魔女仲間なのかも。

 ヒカリの今までのささくれていた気持ちが、ちょっとだけ和らいだ気がした。

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