第34話 黒猫進化




 黒猫が地面に降り立つと同時に、進化は始まった。


「っぐあ、が…あ…………」


 軍刀を地面に突き刺し、片膝を突き痛みを堪える黒猫の肉体が変化していく。そして、しばらくして進化を終え、激しい痛みにより顔に滲んだ脂汗をハンカチで拭うと黒猫はゆっくりと立ち上がる。


「っつ…………っはぁ…………」


 黒猫の体は人間体だった為か、あまり変化は無かった。前髪に白いメッシュの他に赤のメッシュが増え、髪と尻尾が少し伸びた事ぐらいだろう。だが、ある部分が進化前と大きく異なっていた。それは額、こめかみの上の部分に一対の短い角が生えていた事だ。


 しかし、黒猫はそのことに気づいていない。


「慣れんな、やはり。むしろ一度目より痛みを鮮明に感じ取れる故か、まだ引き攣るような痛みがある」


 一回目の進化はアトスに襲われる中で起きた。アドレナリンは今以上に出ており、更に進化を終えて直ぐそのまま戦闘を続行した故、こうして痛みをじっくりと感じる暇も無かったのだ。

 痺れるような感覚が抜けない手足に難儀する中、アトスが近寄り話しかけて来た。


「いや、見事な戦いであったなシャルルよ!少し辛そうだが大丈夫か?」

「大丈夫なわけあるか!このたわけ!」


 黒猫は速攻で嚙みついた。アトスとしては、早く黒猫に強くなってほしいと善意から蜂の群れをけしかけたのだが、黒猫としては、まさか視界を覆いつくす程の蜂の大群に囲まれるなど夢にも思わなかったのだから。

 あの時は、目の前に迫る死に対し寧ろ頭が冴えてしまったため冷静な対処ができたが、こうして危機が去った今では文句の一つや二つ言いたくなるのも当然だろう。


「急に虫など嗾けよって!しかもなんだあの大群は、死ぬかと思ったわ!」


「進化は殺したモノの魂の一部を吸収し、その吸収量が一定を超えれば肉体を変化させる魔物の業だ。虫などの下等生物は魂の質が低い故、数をこなして貰う以外無かった」


「ならば何故、効率の悪い虫を…………いや、そうか『戯れ』か…………」


 アトスは言った、虫は戯れに支配下に置いたと。その言葉が意味するのは、あの巨大蜂がアトスが呼び出せた魔物の中で最弱の存在という事なのだろう。


「ああ、そうだ。今回は60匹前後、雑兵を呼んだ。この程度なら巣に影響はあるまい。まあ、あれらがどうなろうと興味は無いがな」


 アトス自身、蜂に対する情は皆無らしい。ではなぜ、わざわざ支配下に置いたのだろうか。確かに60匹拉致しても問題ない程巨大なコロニーなら、まあ納得できるがアトスが戦力を欲するとは思えないし、そもそも、支配下に置くとはどういう事なのだろうか。


 そこまで考えて黒猫は思考を止める。どうせ、アトスという規格外の存在は黒猫の考えの及ばぬ領域にいるので、深く考えても無駄なのだから。


「【閲覧】」


 ーーーーーーーーーーーー


 個体名:シャルル・ダルタニャン

 固有種:下位猫鬼(猫獣人化)

 ランク:B

 Lv.15/50


 ーーーーーーーーーーーー


「猫…………鬼?…………なぁ!?」


 種族名を確認した黒猫は一瞬固まり、そして急いで軍帽を取り額を両手で覆い、掌に感じたチクッとした感覚で、その存在を認識した。


「角が生えておる!?」


 これには、流石の黒猫も慌てて腕輪から手鏡を取り出し、顔を確認した。そして、前髪から突き出ている角を確認する。思ったよりも違和感はないしむしろ似合っているが猫耳、メッシュ、二本の角と頭部が凄まじい事になっている。しかも、メッシュの色も範囲も増えているので更に派手だ。


「な、これ、引っ込まぬか!?」


 そうして、しばらくアタフタしていると突然、角が引っ込んだ。黒猫は、ホッと息を吐き、そして、この角の性質を確認する為もう一度角に意識を集中させるとまた角が生えて来た。


「…………なんだこれは、思ったより自由自在であるな、この角」


「ほう、まだ、小さく細いがもう角が生えたのか。やはり『森の王』は別格だな」


 アトスは黒猫の額に生えた角を見て感心したように息を吐く。黒猫は角を収め手鏡とのにらめっこをやめ、アトスの方を向いた。


「知っているのか?いや、そういえば貴様も窮奇の時は角が生えておったな」


 「角は上位の獣なら大抵生えている。力の収束と放出、精密なコントロールを司る器官だ。まあ使いこなすには練習が必要だがな」


 今からやるか?アトスの質問に、黒猫はNOと速攻で答えた。


「流石に疲れた。今日はもう切り上げるぞ」


 黒猫はため息を吐き、軍刀の刀身をハンカチで拭き上げ収める。そして、クロエと合流しようと闘技場の出口に向かい歩みを進めようとした時、背後からにアトスがニヤついた声で話しかけて来た。


「それでシャルルよ…………今日の勝敗は?」


「意地の悪い奴め…………引き分けと言いたいが、吾輩の負けでよい。蜂は兎も角、貴様には手も足もでなかったからな。…………さっさと行くぞ腹が減ったわ」



 不貞腐れる黒猫はズンズンと進んで行き、上機嫌なアトスは軽い足取りでその後ろをついて行く。



 こうして、久しぶりの試合はまた何時ものように黒猫の負けに終わったのだった。














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