第13話 ゴブリンの集落にて

 


 西南の森アトスの縄張りのある場所にクグロ達紫族の集落はあった。


 集落と言えば聞こえはいいが、それは傍から見れば余りにもお粗末な物だ。

 5本の柱を立て、それを基点にし、丈のある草を干し積み重ねて作った屋根。そして干し草を編んで作った風通しの良さそうな家の壁だ。

 床はやはり編んだ干し草がカーペットの様に敷いてあるのみであり、敷物を捲ればそこは土。そんな家と言えるかすら危うい建物が6軒ばかりあった。

 台風でも起こればいとも簡単に吹き飛ばされそうだが、逆に言えば植物さえあれば即座に作れる家ともいえる。

 集落の場所を今まで転々とせざるおえなかった彼らの築いた歴とした文化であり、そこには利便性があるのだろう。


 するとその集落の周りを松明を持ち、家の周囲を見回るのゴブリンがいた。彼は今日の見回り番である。


  南西の森の夜は魔獣の蔓延る時間だ。この辺りはある一匹の強者が縄張りとしているため獣に襲われる心配は少ない。

 だが、昔にそうして油断をしていた時に飢えた獣が北上してきて集落を襲い、仲間のゴブリンが喰われた出来事があった。


 北上してきた獣は直ぐに縄張りの主、アトスが殺したが、その際に使った能力の余波に巻き込まれ、更に数体が死んでしまった。

 それからというもの、集落には外敵を退ける壁やバリケード等の物が存在しないため、彼らは交代で数人見張り番を立て身を守っているようにしたのだ。

 

 すると、見張りのゴブリンに近づく影があった。大柄のゴブリン、そうクグロである。


 クグロは見張り番の肩を後ろから叩いて話しける。


「よう、ヒビセお疲れさん」


「うぉ!?なんだクグロか。急に来るもんだからビックリしたぞ」


 見張り番、クグロの親友でもある剣持ちのヒビセは胸を撫で下ろしながら疲れたように呟いた。実際相当ビビったのだろう。


 クグロは申し訳なさそうに笑ながら軽く謝る。


「ははっ驚かせてすまん。黒猫様が来たかどうかが気になってな」

「なるほど、それならまだ黒猫様は来てねぇぞ」

「そうか、爺さんの家にでも泊まったのかもしれんな、いやその可能性の方が高いか」


 すこし残念そうに顔を伏せて笑うクグロ。するとヒビセはその様子を見て不思議そうな顔でこんな事を聞いた。


「なぁ、クグロ。昔から思っていたんだが、オメェさんは何で化け物ニンゲンが怖くねぇんだ?」


 化け物ニンゲン。その考えはヒビセだけでなく、クグロ以外の黒族のゴブリン内の共通認識だ。

 何せ五年前に彼らが見た魔獣と老いた人間の闘いは、まさに神話。

 空と地を揺らし神速の攻防を繰り出す姿に、初めて『人間』という種族を見た彼ら黒族のゴブリンの瞳にはまさに化け物に映ったのだ。

 ヒビセはその頃まだ子供だったが、それでもあの光景は鮮烈に今でも脳内に残っている。


 そして、同時にこうも思った。

 なぜ自分の友はあの恐ろしい人間の家へと自ら足を運ぶのだろうか、と。

 確かにクグロは人間に殺されること無く今でも元気、とは言えないが一生懸命に生きている。

 クグロの知恵は幼い頃から元からすさまじかったが、人間の家に行ってから更に磨きがかかった様にも感じた。

 しかし、だからと言っても彼らはやはり『人間』は怖い。


 誰だって檻の中に入っていないライオンが隣に居る状況に対して恐怖を覚えない訳が無いのだ。


「黒猫様もその爺さんって奴もオメェは尊敬している。なんでだ?」

「…………ヒビセ。いくらお前と言えど爺さんと黒猫様の悪口は許さんぞ」


 ギロリ、と睨みを利かせるクグロ。その眼力にヒビセは思わず半歩後ろに下がってしまう。


「お、おう。なんかすまん」

「…………いや、俺の方こそすまんな。ただあの2人は聡明で博識で、そして何より人格者だ。黒猫様とは今日あったばかりの仲だが本当に尊敬できる人だど確信している」


「まぁ、オメェがそこまで言うのならそれはそうなのだろうな。だが…………」


 確かにクグロは人を見る目がある。黒猫に対するその評価は確かなのだろう。

 自分達は自分のリーダー……クグロの信じる者を信じたい。

 他の2人、サザネもシジキもそう思い黒猫を全面的に信用している。

 だが、ヒビセも表面的には黒猫を信用しているが心の底では未だに少しながらも恐怖が巣食っているのだ。


「そうかなら、まぁお前はお前なりに頑張ってみろ。それで無理だったら、その時はその時に俺が何か考えてみる」


 クグロは心の内を明かしたヒビセを責めることはなく、背中を叩き何か難しそうな表情で言った。

 クグロなりにヒビセの事を深く考えているのだろう。


「すまんな」


「いいさ、俺達の仲だろ───っなんだ!」


 その時だった。クグロは何かの気配に気づき、素早くヒビセの松明を奪うとその方向に火の明かりを向けた。

 すると、松明の光量ではハッキリとは分からなかったが、何か大きな獣の影が朧気に映ったのだ。


「ま、魔獣だと…………」


 クグロ達の額に嫌な汗が流れる。この辺りを縄張りとする魔獣は自分達を襲わない。だが、前例が無いだけで襲う可能性は十分に存在するのだ。

 何より魔獣はゆっくりとした歩みだが集落へと一直線に向かってくる。間違いなくここが魔獣の目的地なのだ。


「待てヒビセ剣を抜くな。そして背中を見せるなジッとしろ!」


 ヒビセは腰の剣へと手を伸ばすが、途中でクグロにその手を止める。下手に攻撃の意思を示して相手の敵意を煽らない為だ。

 一歩も動けないクグロ達。しかし、魔獣はそんな事など知った事ではないとゆっくりと近づいてくる。


 そして遂に松明の光量でも魔獣の全貌が明らかとなった時、クグロがまたある事に気づいた。それは魔獣の背中にある真っ黒な物体。

 どうにも見覚えのあるシルエットにクグロは思わず驚きの声が出た。


「えぇ!!?く、黒猫様!?」


「ふむ?なんだ、クグロか」


 黒い物体、女体状態の黒猫は力なくクグロへと首を動かし顔を向ける。しかし、そこには昼間に見た高潔さは薄い。何故なら服は泥だらけ、顔は小さく笑みを作り余裕ぶっているが、そこには疲労が滲み出ている。

 何があったらあの黒猫がこうなるのだろうか。

 クグロは己の中で唯一考えられる原因、すなわち黒猫を運んでいる魔獣へと視線を向けた。


 すると、魔獣とクグロの目がピタリと合ってしまう。野生動物と目を合わせるのがどれ程危険かクグロは知っている為本気で死を覚悟した。

 しかし、焦るクグロに対して魔獣は静かに視線を逸らし黒猫の方を向くと小さく鳴いた。


「ガゥ……グルルルル」


「む?…………うむ、そこの大柄なゴブリンはクグロ。吾輩の知り合いだ。アトスも彼に挨拶してはどうだ?」


 すると魔獣アトスなりの挨拶なのか「グルルル」と低く唸った。


「貴様、随分とまぁ上からな挨拶であるな」


「……グルル」


「ははは、言うではないか」


「ガゥゥ」



(ま、魔獣と言葉を交わしているだと?この人はもう何でもありだな)


 尊敬を通り越してしまい、呆れたように笑うクグロ。そして和気藹々とした黒猫とアトスのやり取りを見て、先程の緊張で磨り減らした精神を返して欲しいとせつに思うのだった。



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