第7話 道中。黒猫とゴブリンの会話




「ススメ、ススメ、ヘイタ…………これ以上はやめておこう」

「なんですかい、それ」

「なんだ、その……いや気にするな。何と無く口ずさんでみただけの事。知は力だが、世の中には知らなくていい物もある」

「はぁ…………そうですか」


 黒猫が住処とする森より南方に凡そ6キロメートルの場所。そこに襤褸切にも似た服を纏い、黒猫に支給された武器を持ったクグロ率いる4体のゴブリン。

 そして、クグロの肩に座るいつもの将官服を着た猫人状態の黒猫がいた。

 今、黒猫が目指しているのはクグロの言っていた『爺さん』なる人物の家。そして、何故彼らが行動を共にしているかと言えば黒猫はクグロ達に住処に帰るまでの寄り道として案内役を頼んだのだ。


 報酬の前金として兎が5羽に鳩程の大きさの鳥が10羽。それを血抜きを済ませ、現在クグロを除いた3体のゴブリンが手分けして運んでいる。

 クグロ達はこんな大量の肉を見た事が無い褒め称えていたが、気配を消せ、優れた五感を持ち、更に銃火器を扱う黒猫にとってこの程度、造作もない事の内に入る。

 ただ、無意味な殺しが嫌いだからやらなかっただけで、今回の様に益があるならやる。それだけの事だ。


 すると道中、クグロは何処か遠い目をしながら突然こんな事を呟いた。


「…………しかし、まさか黒猫様が本当に猫だったとは思わなかったなぁ」


 クグロ達5体は黒猫に猫耳と尻尾が生えていただけでも驚いていた。

 更にそこに本当の猫……しかもオスの姿に変わった時は驚きを通り越し呆ほうけていたものだ。

 すると、それにピクピクと耳を動かし反応する黒猫。そして、どこか意地悪そうな顔でクグロの顔を横目で見ながら話しかける。


「なんだね、やはりゴブリンは人間の女性が好きなのか?」

「は!?……いや、俺は別にそういう訳じゃねぇんですが……そもそも人間種の女なんて初めて見ましたし…………でも、やっぱなんか騙された感が否めませんね」


「そうそう若頭の言う通りでさ」

「そうそう」

「ですな」

「ホントでさ」


 クグロの言葉に追従するゴブリン達。大分緊張感の薄れた黒猫と彼等の会話、ここまでの道中で彼等は大分打ち解けているようだ。


「そうか?……だが、一つ言っておくがあの姿は幻術などではなく本物だぞ?この姿もあの姿も、どちらも吾輩なのだ。そこに違いはないと思っているのだが」

「そりゃ黒猫様の主観でしょ。客観の俺らから見れば全然違いますからね」


 黒猫が肩に座っているのだが、まるで居ないかの様に楽々と肩を竦める仕草をするクグロ。上下に揺れる感覚が黒猫を襲うが黒猫に怒った様子は無く、自身を軽々と持ち上げるクグロの筋力に関心が向いているようだ。


「そうか…………しかし、クグロ。君は普通のゴブリンよりも痩せているが背丈はかなり大きい。だが、それでも吾輩が重くはないのかね?」


 興味本位に聞いてみた黒猫。クグロはその言葉に軽く笑いながら答えた。


「鍛えてますからね、それに黒猫様ぐらいの重さを肩に乗せてヒーヒー言ってるようじゃ、この森で狩人として生きていけません」

「吾輩はそんなに軽いかね」

「体感ですが最低でも血抜きした一角兎並に軽いですね。俺はそんな事より寧ろ、こんな不安定な場所に腰掛けて全くブレの無い黒猫様の体幹の方が気になりますが」


 何か鍛えるコツでもあるんですか?、とクグロは聞く。だが、黒猫は顎に手を当て何か考え込む素振りをし、そして首を横に振る。


「ふむ、それは説明出来んな、なにせ生まれつき故」


その言葉を聞いたクグロは何か苦虫を噛み潰した様な顔になりそうになる。だが今は、黒猫がいる手前だ、必死に我慢した結果、何か神妙な顔つきになってしまっている。


「………………なるほど。そいつは羨ましいですな、本当に、いや、やはり育ちや生まれは重要なんですね…………」


 黒猫の『生まれつき』という不条理な一言に、皮肉めいた表情を浮かべて言った少々の嫉妬という名の毒の混じったクグロの一言。

 クグロは『生まれつき』という言葉がが嫌いだ。努力もせず、生まれつきで裕福な奴も嫌いだ。

 クグロは族長の息子として生まれたが、その暮らしぶりは裕福とはかけ離れている。食料がなくなり、木を齧って飢えを凌いだ1回や2回ではすまない。


 身を粉にしても、汗水どころか血を流しても暮らしは楽になれず、魔物に襲われた、病気になった、栄養が足りない。そんな理由で死んだ子供は何人も見てきた。

 そして、奴らは自分達を見て、己と比較し指を指しながら嘲笑う。傲慢不遜で自尊心高すぎる嫌なヤツら。そんな奴らをクグロは今までに見てきた。


 クグロは別に聖人君子ではない。最初から『強者』として生まれついた黒猫に嫉妬を覚えるのは当然の事だった。


 しかし、黒猫はクグロの中に巣食う黒い感情、それに気づいていながらも全く気にする事無く、


「であろう? 吾輩の自慢の一つなのだ」


 と、むしろ貴族然としながらも子供の様なくったいのない笑みをクグロに向けたのだ。


「…………ぇ?」


 嫌いなはずの傲慢な台詞。しかし、何故かクグロは嫌な気分にはならなかった。

 そして彼は直ぐに気づく、そこにはクグロ達と黒猫自身を一切比較していないのだ。

 ただただ、己の生まれを誇っているだけであり、そこにはクグロ達に対する同情、軽蔑、侮蔑などの感情はない。


 その笑みに一瞬にして体中の毒を抜かれたクグロは呆気にとられ、暫くして一切裏表のない笑みで答える。


「…………く…………くっあははは!黒猫様は謙遜って言葉を知らないんですか?」


「む、生まれも育ちも、日々の努力も、そして運もその者のステータスだ。誇って何が悪い?」


 傲慢とも捉えかねられないこの一言。しかし、これは黒猫の紛う事なき本音でもあった。


 日本という先進国で育ち。死後も神を名乗る者と友となり、記憶を持ったまま複数の餞別を与えられ生まれ変われた事。

 そして何よりもそれを成し得た己の運を黒猫は誇りにすら持っているのだ。そして、黒猫はクグロに言い聞かせるに静かに語りだす。


「クグロ…………、確かに生まれは大切だ。だが、必要不可欠ではないと知れよ?そして、向上心が無い時に自身と他人を比較だけはするな。それは大抵は意味の無いことだ。ただ卑屈になるか、相手を馬鹿にするか…………何にしてもマイナスの感情しか生まれん。ただ、己を磨く事のみに集中せねば、高みに登るなど夢のまた夢と知れ」


 その言葉を、そして黒猫の心を一切の曇の無い宝石の様なその瞳を通じ読み取ったクグロは、何か心臓を打ち抜かれた様な強い動悸に襲われた。

 そして、やれやれと言いたそうな呆れた様な笑いを浮かべ


(いや、本当にあの時黒猫様に平伏して良かった。内も、外も、何にしたってこの御方には絶対的に敵いそうにないしな)


 ただ一言、そう思った。

 この時。クグロは深層意識、すなわち心の底を巣食っていた黒猫の力に対する怯えや嫉妬は完全に失せていた。

 残ったのは尊敬の念。それも自分もああなりたいというヒーローを夢見る子供の様に純粋なものだ。


「悪くねぇ…………悪くねぇですな。いや、本当に」


 クグロは黒猫に心からの笑みを向けた。

 愛想笑いではない笑みを見た黒猫は少し目を丸くし驚くが、それも一瞬の事。直ぐに笑みを返し笑い合った。

 蚊帳の外の3体のゴブリンは、2人がなぜ笑い合っているのかは分からない。だが、それでも自分達のリーダーが機嫌が良いくらい察する事はできる。


 そして、クグロが黒猫に対し全面的な信用を置いたのも彼等は気付いていた。

 自らのリーダーが信用しているのならば、自分達もその意向に従うのが部下の役目。そう思った4体は二人の輪わに入り込む。


「楽しそうですね、俺らも入れてくだせぇよ」

「んだんだ、黒猫様もクグロばっかり贔屓してずりぃですぞー」

「ほう、そいつはすまんな。だが、だからといって周囲警戒を怠って良いとはならんぞ?」

「あー、それもそうっすね、わかりやした」


 クグロは黒猫は会ってまだ数時間しか経っていないのだが、黒猫に対し完全に心を開いた。

 そして、黒猫を含めた彼等は『爺さん』なる人物が住む家までの道中。彼等は周辺警戒をしながらも小声で談笑し合うのだった。



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