第22話 リーゼ VS エレオノーラ

「こんなドレスじゃ嫌よ、私の美しさをもっと引き立たせるデザインは出来ないの!」

 全く、これじゃ何時ものドレスと大して変わらないじゃない。


 学園の休日は、私とウィリアムの仲を見せつけるためにいつもお城へと足を運んでいる。もちろんベルニア様から直接許可を頂いているから、何処からも文句の声が出る事はない。


 誕生祭の夜会でアデリナに後れを取ってしまったが、依然としてウィリアムの心は私が独占をしている。

 まぁ、貴族たちの支持率がマイナス方面に動いてしまったのは誤算ではあったが、私たちの仲の良さをアピールすれば、どちらに付いた方が正解なのかはすぐに分かるだろう。

 そう思い、貴族たちが主催するパーティーに無理やりウィリアムを連れ出し、出来るだけ目立つようなドレスで参加はしているのだが、ここ最近やたらと目立つようになってきたのがリーゼの母親と姉の姿。

 以前から注目されている二人ではあったが、既婚者と婚約済みという状況で近寄る男性は少なかったが、あの日の夜会以来リーゼに近づこうという者が多くあらわれ、我先にと少しでも自分を売り込む為に母親と姉に群がる始末。

 もっとも当の本人がパーティーに顔を出さないのだから、見えないとろで何をやったても大した効果はないのだろうが、私を差し置いてやたらと目立つのはどうも気に食わない。



 忌々しいわね、私がこの国の王子と一緒に参加していると言うのに近寄ってくる者は、我が身可愛さにどっちつかずの人間ばかり。こんな者達でも役に立てばと思っているが、裏ではアデリナを指示しているんだからたまったもんじゃない。

 これでまだ二人のラブラブっぷりを見せつける事が出来ればいいのだが、当のウィリアムは余程パーティーがつまらないのか、ブラリと何処かえ消えたかと思えば、私を放って一人で帰ってしまう始末。

 それでもまだ嫌われたくないのか、私が不機嫌そうにしていれば慌てて追いかけて来ては言い訳を並べてくる。

 全く、謝るぐらいなら最初からもっと気遣いなさいよ、こんなのを何時までも続けていては、流石の私もいい加減疲れてくるわ。



 それにしてももっとウィリアムの心を掴むドレスは作れないの? あの日リーゼが着ていたような男心を揺さぶる過激なデザイン、あぁもう、思い出しただけでも腹が立ってくる。

 あのドレスのせいで私の計画はすべてパーよ。ウィリアムがリーゼに見惚れていなければあの場で断罪して全てが終わっていたというのに、蓋を開けてみれば窮地に立たされているのは私の方。

 まぁ、こちらにはベルニア様が付いているから私の勝利は揺るがないんだけどね。


「エレオノーラ嬢、ドレスをお探しならば今日オープンするショップに行かれてはどうですか?」

「今日オープンする店? ダグラス様、何なんですかそれは? そのお店に行けば素敵なドレスに出会えるとでも?」

 ダグラス様はウィリアムの教育係でもあり身辺を取り仕切る付き人でもある。何でもベルニア様にとっては甥に当たるらしく、ウィリアムが唯一と言っても良いほど信頼している人物。

 私としてもいろいろアドバイスを貰えているので、関係としては悪くないと思っている。


「えぇ、貴族のご令嬢達が噂をしているのを耳にしたのですが、ブラン家が手掛けるブランドショップらしいですよ。何でも珍しくて素敵なドレスが沢山店頭に並んでるんだとかで、オープン前から結構な評判になっているそうです」

「ブラン家ですって!」

 ブラン家という名前に思わずダグラス様に向かって叫んでしまったが、どうやら気にされていないようで安心した。これでも相手は侯爵家の跡取りの方だから、失礼な事をしてしまえば何かと問題になるだろう。


 それにしてもブラン家が経営する店に私が行ける訳がない。

 何と言ってもあの忌まわしいリーゼがいる家なのだ、もしここでドレスの誘惑に負けて店に顔を出そうものなら、学園の女性達から私が負けてリーゼに屈した様に見るバカ達も出てくるだろう。

 そういえばここ一二ヶ月で急に増え出したが、ブラン家が立ち上げたと言うブランドドレスを着た同年代の女性が増えていたわね。何でもリーゼが中心となり経営を仕切っているんだと、誰かが話していたのを聞いた気がする。

 そのブラン家が手掛けるドレスを着ることによって、今まで目立たなかった女性達が急に脚光をあびる存在となり、今では男共にちやほやされているんだとか。

 綺麗なドレスを着たからって中身を変えられる訳でもないのに、全く自分に自信がない女って哀れよね。



「どうですか、王子と一緒に出かけられては?」

「いやよ、リーゼの家が経営する店になんて行きたくもない」

「そうですか、今日はオープン初日だという事ですし、若い女性達も多いでしょう。もしそんなところに王子と一緒に行けば憧れの的になりますし、店側に何らかの失礼があればブラン家の顔に泥が付けられると思ったのですが」

「!」

 確かに、もし本当にリーゼが中心となって経営しているブランドだとすれば、オープンしたその店にもあの女が関わっている可能性が高い。

 そこに私がウィリアムを連れて行けばリーゼの悔しがる顔が見れる上に、買い物に来ている女共の悔しがる顔も見れる。これでも未だウィリアムの外見と、王子というステータスだけで憧れている女性は多いのだ。

 この間の夜会では反抗するように見せかけていたが、あのリーゼがウィリアムの事を忘れられる訳がないじゃない。その上で適当に文句をでっち上げ、リーゼの店に泥を塗る事が出来れば、オープン当日から悪い噂が広がり店はボロボロになってしまうだろう。


 ふふふ、リーゼ本人が店にいるかどうかは知らないが、あのドレスさえ無ければウィリアムが惑わされる可能性はまったくない。所詮はドレスに頼っているだけで中身はあの暗くて醜いリーゼのままなのだ。

 見ていなさい、私をバカにした事を後悔させてやるわ。


***************


「どうしたのかしら? 店頭が騒がしいようだけど」

「様子を見て参りましょうか?」

 サーニャちゃんの服をプレゼント用に包むため、一旦バックヤードに下がった私、そこで同じように下がったいたティナと鉢合わせし、恨み言の一言をいいつつ真っ赤な顔の私を逆に弄られていた時、店頭の方から若い女性と男性が騒ぐ声が聞こえてきた。

 壁を一枚挟んでいるせいで会話の内容までは聞き取れなかったが、何と無く聞いた事のある感じの声……というか喋り方? に正直嫌な感じしかしない。


「いいわ、私が見てくるからサーニャちゃんの服を包んでおいてくれる?」

「分かりました」

 私が包装していた服をティナに預け一人フロアへと出る。真っ先に視界に飛び込んできたのは一人の女性店員に向かい、男女のカップルが大声で怒鳴り散らしている光景だった。


 はぁ、やはり想像していた人物にげっそりするが、流石にこのままと言うわけにもいかない。周りの様子を伺えば、何事かとお客様は買い物途中の手を止め、クロードさんもその光景に険しい表情を表し、自ら手が出せない事がもどかしいのか強く拳を握り締めている。

 彼からすれば相手は一国の王子、以前国の誕生祭のパーティーに出席されたのであれば、面識はなくともウィリアム様の顔程度は知っているはずなので、迂闊に手が出せないのだろう。

 つまりはこの場を収められるのは私しかいないと言うことだ。


 仕方ないわねぇ、これでもこの店を取り仕切る者として早急に問題を解決させなければならない。

 私は一度大きく深呼吸をして前へと足を踏み出す。

「何かございましたか? ウィリアム様、エレオノーラさん」

 二人は声を掛けられた事によってこちらを振り向くが、私の思っていた反応と違い逆にこちらが驚いてしまう。

 いや、正確にはエレオノーラの反応は予想通りなのだが、ウィリアム様の驚き具合がどうも本気すぎて、私の顔を思いっきり凝視したまま動かなくなってしまった。


 これはエレオノーラに言われるがままに連れてこられたのではないだろうか、彼女の方は小芝居掛かった反応だが、ウィリアム様の方はとても芝居をしている雰囲気には見えない。

 まず私の顔を見て本気で驚く→硬直する→頬を赤らめる→顔を反らす

 例えるならまるで恋する乙女のような反応……あれ? なんかおかしいぞ。


「あら、もしかしてあなたがこの店のオーナーなの? 全く主人が主人なら店員も店員ね。まぁ、学園を途中で辞めさせられるような人物が経営する店だから仕方がないのかもしれないけど、社員の教育ぐらいはしっかりしてもらわないと他の方にも迷惑がかかるのではなくて?」

 いかにも嫌味ったらしい口調でエレオノーラが言い放ってくる。

 これで有利に立ててると思っているのだから全くおめでたいものね。ここには自分を守ってくれる存在はウィリアム様ただ一人、ベルニア様もいなければ味方をしてくれる貴族もいない。おまけに本人はまだ気づいてないようだけど、当のウィリアム様は未だにこちらを見ようともしていない。


「大丈夫? 何があったの?」

 騒ぎ立てるエレオノーラを無視し、目に涙を溜めて怯えている店員に話しかける。

「ちょ、何私を無視してるのよ!」

「騒ぎの原因を確かめているだけです。今のエレオノーラさんではとてもまともな答えが返ってくるとは思えませんし、私はこの子が無礼を働いたとは考えておりません」

 ヘルプで来てくれているメイドを除き、ここの店で働いてくれているスタッフは王都で暮らす普通の市民。それでも全員が中等部までの学歴を持ち、貴族に対しての礼儀作法は面接をした私が保証する。


 因みに国が民に定めているのは学業は初等部までの2年間、費用が高く貴族が通う上級学園と市民が通う事が出来る下級・中級学園の違いはあるが、中等部までの合計4年間を学び卒業する事が出来るのは、言わば市民の中ではエリートといっても良い。ついでに言うと私が中退したのは上級学園の高等部2年生始めとなる。


 今回雇ったスタッフの中には初めて接客業に携わる子もいるが、基本的に市民が貴族に無礼を働く者などいないし、事前にロールプレイングをして社員教育も済ませている。


「安心して、私が来たからもう大丈夫。あなたが何もしていないのは分かっているから」

 目に涙を溜めながら怯えているスタッフを支えながら、私は優しく微笑みかける。

「な、なんて無礼なんですの!」

 尚も喚き散らすエレオノーラを無視し、スタッフの子の話を聞く。


「ぐすっ。その、お客様がドレスを作りたいと申されたのですが、こちらの店舗ではお受け出来ないので、伯爵様のお屋敷をご案内をしましたら急に大声を出されまして……」

「そんな事で?」

 話を聞き終え確認の為にエレオノーラの方を見るが、当の本人はそれがどうしたと言わんばかりでこちらを睨み返してくる。


 先にも言ったが、この店舗ではオーダードレスの受注は受けていない。

 そもそもオーダードレスがあってからこそのこの店だ、オープンまでに案内のチラシやお手製のダイレクトメールで事前に知らせているし、間違えて店舗に尋ねられてもお屋敷の方へとご案内するように教えている。

 これは当店に限っての事ではないがオーダードレスを受注する際、事前の予約が必須と言われている。よくよく考えてみてほしい、いきなり店を尋ねてもデザインをする者がいるとは限らないし、直ぐに対応出来る店もそう多くはないだろう。

 何より基本はまず使用人が店へと伺い、デザイナーと日程のすり合わせをした後、店側の方がお屋敷へと出向きオーダーを承るというのが当たり前だ。

 寧ろ下級貴族とは言え、お屋敷に来てもらっている私の方が異常とも言える。


 まさかエレオノーラのアージェント家だけが嫌われて、店舗に伺わなければドレスを作ってもらえないって事はないだろうから、これは完全に私に対しての嫌がらせとしか言いようがない。


「この子が言ったようにこちらではオーダードレスの受注は承れません。もしドレスを作りたいのでしたらブラン家のお屋敷の方へ使いの者を寄こしてください。

 ただ現在は3ヶ月待ちの状態になっておりますので、ドレスが完成するのは更に1ヶ月先になると思いますが」

「何ですって! この私を他の者と同じように扱うと言うの!?」

 エレオノーラが店内のお客様に聞こえるよう大声で私を、この店を非難する。


 バカかこの子は、オーダードレスに限ってはうちの店だけではなく、人気のデザイナーを抱える店舗で順番待ちは当たり前の事。相手が余程高位の方か、日頃からご贔屓にしている仲でない限り、受注の順番を飛ばして受ける事は他のお客様との信用問題にも関わってくる。

 以前シンシアのドレスを特別に先に作った事はあるが、あれは母親同士と娘同士が懇意にしており、尚且つ特別扱いした事を他言しないと、互いの信頼関係があったからこそお受けしたのだ。


 それに今問題となるのはそんな事ではない。エレオノーラがどんな考えで大声を出したのかは知らないが、この店に来ているお客様は少なくともオーダードレスの受注を一度でも申し込んだ事のある方か、私が手掛けるドレスに興味がある方ばかりのはず。中には現在予約待ちをされている方も、一人や二人ではないのではないだろうか?

 そんな人等の前で、エレオノーラは特別扱いしろと大声で言ってしまったのだ。ここで言いなり通りに受けてしまえば逆にこちらの問題に成りかねない。


「何故あなたを特別扱いにしなければならないのでしょうか? 先ほどから聞いておりましたが、言っている事は支離滅裂。私は学園を辞めさせられたのではなく、自ら学園を去ったのです。

 あなたが今どのようなお立場に立っているかは存じませんが、私と当店に言いがかりを言うのは止めてください」

「な、何ですって! この私をバカにする気!!」

「ご自分をバカだと理解出来てるのでしたらさっさと出て行ってもらえますか、私はあなたのような馬鹿者を相手にしているほど暇ではないのです」

「こ、この、バカにしてぇー!」

 小馬鹿にされた事が頭にきたのか、顔を赤くさせながら怒りの形相で右手を大きく振りかぶり、私の顔へ振り下ろしてきた。


 これで正当防衛が成り立つだろう、仮にも私は伯爵家の令嬢なのだ、そんな人間に手を上げれば今後エレオノーラに近づく者は少なくなるし、私の発言次第で暴行罪に問う事も出来る。

 以前私が陥った状況とまでとは程遠いが、今回は目撃者が多数いるのだ。ブラン家から正式に抗議上を送れば、アージェント家はなんらかの謝罪の意思を見せないと、他の貴族から無骨者として悪い噂が流れる事だろう。

 もう少し上手いやり方があったかもしれないが、私としてはこれ以上この店には顔を出して欲しくはないので、ビンタ一発で済むのなら喜んで受けてあげるつもりだ。

 

 目を瞑り痛みの衝撃を待ち構えるが、いつ迄たっても頬に衝撃が来ない。どうしたのかと思いそっと目を開け前を見ると、そこには日の光を背中に浴びた王子様がいた。

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