第33話 レクシア外伝Ⅱ

 イートスという男のいる会議室に入る。急造にしては無駄に広いスペースだ。

 ほぼ全員を集める事も出来る。用途を考えれば余剰でもない。

 本来全員に訓示を徹底するための場所だろう。

 広く見えるのは、理由は一つだ。

 予想通りだ。

 ほぼ、誰も居ない。

 空いている椅子に座った。

 声高に論をぶっていた。碌な男ではないだろう。

 【追放された男】、【死に損ない】。

 悪評が轟くのだからひとかどの者かと思えば、柔和さの目立つ愚人だった。

「無駄な戦いを遂行するほど、予算も補給もない!」

 下らん算術だ。

 どうにでも言える。

 私に気付いた。それだけで話を切るのか。

「ああ、聞いてくれるのか。名前を聞いてもいいか」

「レクシアだ。階級は百人隊長だ。拝聴を許されたい」

 相手が一応はぶら下げている階級章が上だ。敬意は最低限払う。

「君に聞こう。何故戦いはある?」

 愚問だ。

「何故という質問が軍に必要なのか、回答を願います。軍人は命令に従う為にのみ存在します」

「負けた理由を考えない指揮官は無用じゃないのかな。何故とそこで問う力が必要だ」

 屁理屈を。負けたから負けたのだ。弱いから負けたのだ。

「私は生き残る方法を説いている。無駄に戦うのは下策だ。同意して貰えるかな」

「ここにいる全員の同意が欲しいのなら私に聞いても意味がなかろう?」

 同意が欲しければ勲章を見せてからにしろ。

「不服なようだな。いいだろう。君は無視する。聞く耳を持たない者に言う言葉は無い」

 つくづく不愉快な男だ。

 面白い。

 私の怒りを引き出して見ろ。

「そこでだ。剣を抜け。構えろ。負けたなら出て行って貰う」

「無視するのではなかったかな。イートス千人隊長」

 背筋が震える。上官殺しなど久しぶりだ。

「噂は聞いている。気味の悪いほど運のいい者がいると。化け物だと」

「侮辱と受け取ってよろしいか。千人隊長」

 たっぷりと時間をかけて言った。殺気は届いたはずだ。

 何者にも臆する様子がないのは、そう悪くはない。

「どうせ誰も聞いていない。余興だ。手抜きはいらない」

 ふん。剣を抜いて立ち上がる。求められた以上は殺しても反逆ではない。

「面白い演説だな。千人隊長。中身は無いが」

 前に出る。数歩までの間合いに詰める。

「君は言葉では誰も信用しないと聞いていてね。君を下士官にしたいと思っていた」

「薄気味悪いことを言わないで欲しい。凌辱趣味でもあるのか?」

 イートスが構える。

 古い。振り上げる積りの中段だ。間合いを作るだけだ。

 私は即時に心臓を突ける。

 これまでの男だったか。

 汚名は正しかった。

「いつでもいいぞ」

 何の余裕だ。

 一瞬だけ躊躇ったが、心臓を突く。

「……衝撃だけでも大したものだな」

 切っ先が捉えたのは金属の感触だった。

「狙いが正確だと言うのは時に間違いを生む」

 ただ、力任せに男は剣を振るった。

 受け流した剣を弾かれる。

 肉に食い込んでいた。

「と、いうのは私にも言えることだがな。生憎もう狙いは正確ではない」

 肩をやられていた。

 深手ではないが剣速が落ちる。

「君に勝つ自信はある。最後まで聞いていかないか?」

「怪我を負わせておいて、」

「そんなもので死ぬ君じゃないだろう」

 筋は切れていない。動かせる。

「誰か、手当をしろ」

 男は手招きで呼び寄せる。

「着任早々、その口の聞きようか」

「幸運と言うものが見て見たくてね。私とは縁がない。その為なら何でもする」

「何故そんなものに惹かれる?」

 千人隊長が微笑する。

「どこにもないものだからだ。だからこそ着任した」

「戯言を!」

 下らないにも程がある。

「ならば名を変えろ。無理だろうが。【死に損ない】はただでは死なない。着いてくるまでお前を狙ってやる。下士官に成れ。命がけで守ってやる。帝国に残された僅かな宝だ」

「いい加減にしろ。下種が」

 今度は切っ先は喉を狙った。

 剣速は全力で補った。

「だろうとも。ここを狙う。幸運以外で生き残る方法を教えたい」

 剣の先はイートスの肩に刺さっていた。

 首は大剣で覆われている。

「死ぬ気はある。着いて来い」

 イートスの、ただの力任せの蹴りが下段を襲った。弾き飛ばされる。

 背から落ちた。内臓に響く。

 だが、不用心にも千人隊長は間を詰めていた。

 隙だらけが。

 死ぬ気か?

 倒れた体勢からでも殺せる。

「殺すなら殺せ。言って置く。まともな負けは経験したことがない。だが【死に損ない】としか呼ばれない。いつか君も同じ道を歩む。何故ならここは、全員が全員を殺そうとしている場所だからだ」

 無言で剣を突く。容赦する気はない。

 イートスは腕で受けた。

 また蹴りが襲う。

「何度でも来い。【死に損ない】は伊達じゃない。致命傷を負った事が無い」

「命をかけて戦ったことがないからだろう!」

「……そうかも知れないな。だから君のような部下を待っていた」

 ただ体重を乗せただけの踏み下ろし。

 右手が動かなくなる。

「どう反撃する?」

 痺れた右手をもう一度深く踏まれる。

「止めだ」

 身軽には見えない身体が宙を舞う。

 だん、と右手の上で飛び上がる。

 握力がない。

 次の一撃は頭を踏み潰すものだった。

「これで生きているようなら意味がある。頭蓋が折れているのならば君は思ったような運がない」

 イートスは台に戻る。

「続ける。見た通りだ。挨拶をしろと言うからここに来た。嫌がらせだろうが誰も居ない。だが、収穫はあった。監視の為に来ている諸君。出て行くがいい」

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