第28話 第二十七章

――「へへへえっへへへへへへ」

 レニアの奇声が響く。小躍りしそうに跳ねている。

 ロープ、ナイフ、木片、種々雑多な材料が散らばっている。

「嬉しそうだな」異常に。

 部屋の中央には捕縛したエルフが転がっている。長い緑の髪。

 丁寧にレニアが緊縛し、口枷までつけている。

 目隠しも、だ。端正な顔が台無しだ。

「もう拷問して聞き出すしかないですもんねえ」

 頭の中が読めるんじゃないのか。

 ただの趣味だろうレニア。

「そうですけどぉ」

「読めるじゃないかよ」イートスも大概馴れ馴れしい。

「女王様とは違うんです。今考えていることじゃないと頭の中全部なんて読めません」

 胸を張った。意味が分からない。

「二人の功績ですし。森荒らし。報奨金も金貨千枚くらいかなあ」

「……そんなに出るのか?」

 何年か飲み食いに不自由はしない大金だ。

「出るからこういうの捕まえようって人がいるわけでしょ。どこに住むのも好き勝手なのにわざわざ森を選ぶからこうなるんです」

「ん……」

 強い催眠から完全に解けたわけではないだろうが、エルフの声が漏れる。

 もっとも口枷のせいで喋れはしないだろうが。

「詠唱は封じられてしまったのか? そうですよー」

 代わりにレニアが考えを読んでは代弁する。何をやってるんだ。

「あまり愚弄するな。事情はあるんだろう」

「レクシアさんはまだ瀕死ですよ。犯人は間違いなくこの子でしょ」

「だからこそ耐えている。俺を刺激するな」

 左手が疼く。

 解き放てば殺してしまうだろう。

「んんっ! ふぐっ」

 エルフは身をよじって縛を逃れようとする。どうにもなるまい。レニアが周到に縛った。

「まだ事情が分からないようですね。ここがどこかも」

「早く尋問を始めたらどうだ」

「ここが楽しいんじゃないですか」

「楽しいもんじゃないだろうが」

 びしっ、とレニアの頭に斜めに鉄の手刀を叩き込む。

 両手はグレイブが外れない。

 やむを得ない。

「タイミングやっと分かってきましたか」

 頭を押さえてレニアが言う。

 終盤だからな。いや何のことだ。

 どうせ尋問の経験など錬金術師にはあるまい。

「そりゃ無いですけど」

「俺がやる。何を考えているかだけ教えろ」

「……つまんない」

「面白いとかじゃないって言ってるだろうが」

 再度手刀を叩き込む。

「いたーい。それグレイブ。鉄だってば」

 解説はした。説明はいらない。

「お前は男女両方イケるんだったな」

「いえ獣人でも魔物でも中性でもショタでも。こう」

 びしびしっ、と鞭を使うところを模した。

 殴るのが尋問じゃない。

「じゃこう?」

 何かを扱く手つきを見せた。

「違う?」

 中指をうにうに動かした。

「うるせえ、言われた通りにしておけ」

 レニアの抗議など聞いている場合ではない。

 尋問は硬軟交えないと意味がない。

 本来は二人で片方が強硬に、片方が柔らかく出るのが楽だが。

 レニアには何も期待できない。

 エルフに語り掛ける。 

「聞こえるか。ここは街の中だ。お前は捕縛されている。逃げることはできない」

 現況を把握させる。そこからだ。

「なんかとろーんとしてますよ」

「どういう事だ。意味を読み取れ」

「あ、わかった」

 レニアの頬に朱が差す。

「こういうの嫌いじゃないみたいです。縛り? まぁ上手だからねー」

 嬉しそうなレニア。

「要らない情報だ」

「あ、否定してる否定してる。かわいい。あとで苛めてあげよっか」

 レニアの目尻が下がる。

「お前は通訳に徹しろ」

 恐らくは目隠しの下で睨んでいるだろうエルフに戻る。

「繰り返す。お前は我々の支配下にある。素直に答えろ。考えは読み取れる」

「まだとろーんとしてますけど、聞こえてはいるみたいですね」

「木桶で水を汲んで来い。起こす。催眠は最大限解除しろ」

「わー。嗜虐趣味全開ですねぇ」

 喜んで汲んできてわくわくしているレニアに言われたくはない。

「意識が戻らなければ尋問にならない。それだけだ」

 数歩、あえて足音を意識させて歩く。桶をエルフの頭の上に静止させる。

「起きろ。お前は捕虜だ」

 頭から浴びせ上半身まではぶちまけた。

「……反応はどうだ、レニア」

「さっきより目が覚めてます」

 ぎしぎしと縄を鳴らして身体を解こうとする。

 これならば尋問も出来るだろう。

「最初の質問だ。お前たちの仲間は何人いる? 何人いるんだ?」

「四人? 四人ですね」

 驚いたようにエルフが首を振る。だが無駄だ。

 こちらは考えをそのまま読んでいる。否定すれば補強するだけだ。

 小人数と踏んだのは的中した。

 それぞれの力が強いのはこれまでに痛いほど分っている。

 作戦は決まった。

 やはり、個別に撃破して一人ずつ捕縛する。

 孤立させ協力の隙を与えない。

 小人数の場合には紐帯は強いだろう。

 裏切らせるのは諦める。

「お前を餌におびき出す。諦めろ。こちらも同数だが女王とさえ組んでいる。諦めろ」

 結びつきが強ければ強いほど、仲間が来てしまうと信じるだろう。

「恐怖……ええと絶望……言葉がない。頑張ります」

 エルフの口元は引き攣っているだろう。顔の引き攣りで分る。

「それでいい。……そして各個撃破する。もう終わりだ。何か交換条件はあるか?」

 人数さえ分かっていれば。

 そしてこちらに餌が有れば、後は見えたようなものだ。

「ご主人様? だけは自由にして、だそうですよ」

 ここまであっさりと最後の条件まで明らかに成るとは。

 後はそれに乗ったフリと拒絶して脅す。その繰り返しだ。

「乗ってやろう。残りの奴を順に思い出せ。特徴は何だ」

 ウソだ。こちらも譲歩するように見せただけだ。

 だが初めから殺しにかかる気はない。

 抵抗が激しければやむを得ないが。

「サキュバス、と、人間の女の子。子供じゃない。変態なの? その人。あ、違うんだ」

 首謀者はどちらにせよ――この都市だ。魔法使いだろう。こちらには高レベルが揃っている。

 憂いはない。

 戦力外が一人、か。侮ってはならないが。

 それ以外も、脅しと譲歩で聞き出せた。

 曰く、強力な罠を張り巡らせている。ご主人様は蟲使いだ。

 どうかご主人様だけは助けて欲しい。繰り返しそう願っている。

「そうして欲しいのなら協力的になることだな。誰も殺しはしない」

 止むを得なければ話は別だ。

 だがそれを告げるようならば尋問者失格だ。

 尋問を受けた者は、ほぼ全てを告げてしまえば虚脱感に襲われる。

 自死を望む前に希望を与えておく。

「新天地でやり直す手もある。女王権限がこちらにはある。何でも望むことがあれば望め」

「まだパニックですねえ」

「いいだろう。今日はここから動かないぞ。レニア」

「え」

 捕縛の屈辱を受け、脅迫の屈辱を受け、今は解放された気分だろう。

 だがそれは許さない。

 押せばこれ以上の協力を得られる。

 大剣をエルフの首筋に当てる。

 びくりと身体が震えた。

「協力すればより処遇は良くなる。そうでなければ、分っているな? お前の命ではない。主人の命が消える」

 エルフが頷く。

 素直なものだった。こちらの胸が痛む。

 悪いがこちらにも尽くしてもらおう。

 徹底した主従関係を今から作る。

 さもなければ解放後にエルフは死を選ぶだろう。

 これだけ主人に尽くそうとしているのだ。

 進んで裏切ったと思わせてはならない。

 せめて悪人に捕まって拷問された、という理由くらいは与える。

「主人を守るため」

 という大義名分の為ならそのうち何でもするようになる。

 破滅しかないとしても。

 だが、そう悟られれば利用価値が消える。

「プロですね」

 違う。そういう訓練もしたというだけだ。

「余計な事を言うな。舌を斬るぞ」

 三日間。余計な事を言わず俺に盲従しろ。レニア。

 出来るかどうかじゃない。やれ。

 レニアが首肯する。

 絶対の支配者のフリを続けなければならない。

 本当は解放してやりたい。

 たかが四人で森の支配者を気取っていただけだ。

 森にはもっと強力なものが跋扈しているだろう。

 屈服させれば慈悲を乞うようになる。

 裏切ったという事実もやがて意識しなくなる。

「夕食が欲しいだろう。レニア。運んで来い」

 まだ調教は始まったばかりだ。

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