第24話 レクシア外伝

産まれた時のことは噂で聞いている。覚えてなどいない。

 ボロボロのテントの中で母が産んだと聞いている。火矢が飛び交い、痛みにのたうち回る兵士の声、それが世界が私に初めて与えた音だった。

 父は既に戦死していた。母は私を守り、施設に預けた後に餓死したと聞いている。

 我が名はレクシア。だが【最強の運を持つ戦姫】と呼ばれる。白髪の戦姫とも。

 何が幸運だ。

 一体私のどこが恵まれているというのだ。

 両親の如く私を迎えた施設長は私を犯そうとした、まさにその時に心臓発作で死んだ。

 凌辱ならば既に受けていたも同然だ。だが人はそれを幸運と呼ぶ。

 男嫌い? 当たり前だ。

 僅かな金で施設を放り出された後は、軍に志願する以外、生きる手段は何一つ無かった。

 無学、癇癪持ち、粗暴。誰が雇う。

 私は一度も戦いに負けたことがない。相手の隙が見えるだけだ。

 そんなものは数を重ねれば、命を賭して戦えば誰にでも見える。

 だが人はそれを幸運と呼ぶ。

 私にはたった一つだけ、ひた隠しにしていることがある。

 背に翼の痣があることだ。だから肌は誰にも見せはしない。

 それは帝国で禁じられた、「魔法使い」であることを意味する。

 知られれば死罪だ。


「隊長!」

 新入りらしい男が声をかけてくる。兵舎の廊下は急ごしらえの木造だ。

「何だ」

 男はかつての私と同じだった。食い詰めたものの行き先は一つだ。

 貧弱な身体。

 脆弱な精神。

 無学、無教養。

 全て顔に出ている。

「あの、あれっすよね」

 眉がぴくりと動く。無学、無教養はこの兵舎でも補えるはずだ。

 私は狂ったように本を読んだ。教師と問答した。

 最低限の威厳はそこから来ている。

 分厚い軍規が理解できるのもその日々が有っての事だ。

「ここで私と話す必要があるのか? 同室の者には尋ねたか?」

 背を向けた。見る必要もない。

「あ、なんか俺こういう喋り方で」

「直せ。早晩に上官の怒りを買い、殺されるだけだ」

「用はそれじゃないんすけどね」

「……命ずる。宿舎の周囲を二百周。監督は付けてやる。それでも用があればまた来い」

「あの、強運ってどうやったら、」

「殺されたいか? 今ここで」

 真後ろに手を伸ばし、レイピアで喉を刺す。

 殺しはしない。お前には痛みが足りない。

「いいか、ここは軍だ。お前の舌は軍の為にある。お前の身体は軍の為にある。お前の意志は軍の為にある。忘れるな」

 まだ見逃してやる。

 生きるにはお前はまだ早い。

 死を賭してから口を開け。

 生きるには何が必要か学べ。

「特別だ。お前が走り切るまで見てやる。これでも時間はないのだがな」

「あの、質問には、答えて貰えないっすかね」

「お前は求めるだけか。強運とは何か、学べ。私に何か与えてみろ。話はそれからだ」

 ぐっ、と剣を押し込む。

 一瞬、振り返る。

 顔が苦痛に驚いたように歪む。

 ようやく気付いたか。私はお前の上官だ。

 生殺与奪は私の一存で決まる。

「このくらい怖くないっすよ」

 私も似たようなことを言った記憶はある。

「面白い奴だな。鍛えてやる。自分に運があるかどうかはそこで分るだろう」

 言うには言ったが郷愁の範囲だ。

 今の私には何ら関係は無い。

 お前は泥と同じだ。

 糞と同じだ。

「直ちにその服装で宿舎外周に走れ。全力でだ。私が追う。遅れれば貴様の負けだ。死ね」

「死ねって、そんなの嫌っすよ」

 粘るような声を叩き切りたい。

「……一度だけ聞いてやる。上官の命令に反した場合、貴様はどうなる? 軍規の基礎だ」

「軍規は覚えてないんすよね、あ、俺はジェイクって言います」

 喋り方がどうだろうと構わない。いずれ直る。

 ただの処世術だ。

 軍規の基礎の基礎を知らない。それは死に値する。

 今教えなくてもいいことだが、生憎私は強制で入隊したばかりの――村落から収奪しただけだ――女がどういう扱いを受けるか見て来たばかりだ。

 非道を訴えた老夫婦は殺された。

「貴様に名前など必要ない。運が悪かったな。これが不運だ」

 そのまま喉を掻き切った。

「虫の居所というものを知っているか?」

 振り返り、見下ろす。

 ひゅうひゅうと喉が鳴る。

 もう死体同然だ。

「誰か! 死体一体を片付けろ。血も拭き取れ。これは事故だ」

 声を上げる。

「私が戻るまでに床に何か残っていれば連帯責任とし処罰する。どうせ聞いていただろう」

 お前たちはまだ生きているがいい。

 雑巾を洗い床を磨け。

 レクシアは高く足音を鳴らすと、会議へと向かった。

 今日は男が一人着任するはずだ。

 名は響いている。

 イートスと言う。【追放された男】、【死に損ない】。

 悪名が響くような男の顔は見てやろう。

 いま、殺したばかりの男と何が違うのか教えて貰おうか。

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