第18話 第十八章

「悪くないな」

 剣を構え直す。

 この緊張感は嫌いではない。

 決死だからではない。

 威容を誇るものを自らの手で倒す悦びだ。

 そして。

 またレベルさえ上がれば。

 いや、レベルなど関係なく、この駆け引きに全力を賭けている自分こそが楽しい。

 衰えていたものが消えていく喜び。

 最前線に居てもそうは味わえないこの駆け引き。

 敵を倒し切るまで時間はかかるだろうが、収穫はある。

 剣では勝てないのならば――燃え上がる剣を見た――檻に閉じ込めて潰す積りだった。

 再び飛び込んで、一匹の鎌を叩き折る。

 両腕の鎌を失った蟷螂の身体を折り、残った胴体を潰した。

 嫌な匂いの体液が飛び散る。

 水の膜が弾いた。

 即座に前に剣を残しながら飛び下がる。

 横の敵の鎌が剣と絡まり重い響きを立てる。

 すぐに飛び込む。

 剣圧で負けてはいない。

 押し込み、叩き折り、切り裂く。

「数が多すぎますね。火魔法を使います。……戦う楽しみは減ってしまうかもしれませんけれど。『業火』」

 レクシアの詠唱が高く響き、広場が半ばほど炎に包まれる。

 薄暗がりが光に包まれるほどに炎は輝いた。

 セフィの炎は見慣れていたが、レクシアのものも決して劣ってはいない。

 幅、高さは違うが熱は、少し離れた木立を焼くほどだ。

「俺の魔液の色なんか気にしないで焼いていい。炎に飛び込んで斬る」

「……はい」

 再びレクシアが詠唱する。

 広場はほぼ炎に包まれる。

 逃げ惑う蟷螂の気味の悪い動き。

 暴れていろ。

 真後ろも取れる。

 習性までを真似るのか、集団での攻撃はない。

 つまり、個々の力は致命的なほどだが、包囲は気にしなくていい。

 本来ならば一瞬で目玉が焦げるだろう炎の中で、合一の効力を改めて感じる。

 混乱している虫の群れを狩るのはさほど難しくは無かった。

 それでもかなりの時間を要したが、全滅させる。

 驚いたのはその間ずっと、炎が勢いを止めることが無かったことだ。

 レクシアが魔力を浪費しているようには見えない。

 セフィが何をして見せても魔力の消費など心配も――桁が違い過ぎる――しないが、レクシアだと今どうしているのかが気に成る。

 恐らく消すと決めるまでは炎は残るのだろう。

 はしゃいだ火精が思いのままに猛威を振るうのだろう。

 炎に隙間はない。

 視界は悪いが、合一の効果もあるのだろう、敵の姿はどうにか捉えられた。

「レクシア、見ているだけで全滅させられるだけの力があるな」

「……敵を奪ってしまったようで、申し訳ありません」

「構わない。取り分が多少違うだけだ」

 二身にして扱いは同体。

 それが合一だ。

 レクシアの分まで魔力が流れ込んで来る。

 また少し漆黒に近く魔液が染まる。

 炎の消えた広場で、ふと浮かんだことがあった。

 大剣から生気を感じる。

 生きている。

 剣が伝えて来るままに空中を斬った。

 炎が剣筋を描き、いつまでも残る。

「ふん。まだこいつは底知れないようだ」

 剣を高く掲げて見せた。

 同時に嫌な予感がした。

 誰かの視線を感じる。

 剣を握っていると感覚が研ぎ澄まされるようだった。

 高木の上に確かに人影が小さく見える。

 数は二人。

 蜂を殺した程度で安心していた。

 蟷螂を殲滅した喜びで緩んでいた。

 伏兵か。波状攻撃を予想していなかった。

 この距離ならば魔法か、弓だ。

 そう思った瞬間だった。

「イートス様!」

 一瞬で移動したレクシアが体当たりをかけてくる。

 数歩、よろめいた。

 光のようなものがレクシアを貫く。

 魔法の何か。

 突き刺さっているのは光る矢だ。

「くっ」

 魔装の防御を無効化したのか? 森に巣くう連中だろう。

 相手も高等魔法は使うようだった。

 悔やんでいる場合ではない。

 憤っている場合でもない。

 レクシアの身体を抱えて走った。

 追うように矢が幾度も足元を襲う。

 太腿を貫かれたが傷みには慣れている。

 木立の間に入り込み、射線を塞ぎながら広い道まで戻った。

 レクシアとイートスに刺さっている矢を見ただけでセフィは事態を掴む。

「『障壁』」

 早口で詠唱する。

 光る矢は見えない壁に当たって落ちる。

「急いで手当を。大至急戻りましょう」

「レクシアは……大丈夫か」

「私が居ます。命は保証します。数日は動けないかもしれませんが、蓄えた金貨は五百枚以上有ります。ゆっくり静養する時間も必要でしょう」

「休みなしが冒険者の日常だと思ったが」

「原則は。でも傷ついたら進んで身を休めるのも冒険者の務めです」

 イートスの脚を気遣うセフィには何でもないと説明する。

 この程度は戦場では怪我の内にも入らない。

 冒険者にとっても同じことだろう。

「でも無理は禁物です。ここからは、」

 と言葉を切る。

「『召喚。クレイゴーレム』」

 土が盛り上がり人の形を取る。

 見上げるほどの大きさがある。

「これにレクシアさんを運んで貰いましょう。幾ら慣れていても山道を歩くのですから」

 よく見れば恐ろしいというよりは柔和な表情のゴーレムが差し出す腕に、レクシアを預ける。

「追撃がないとは限りません。脚は痛むでしょうが、このポーションを」

 と小瓶を渡された。

 飲み干すと痛みが嘘のように消える。矢を引き抜こうとしたが抵抗がきつい。

「本格的な施術は後で。今は警戒しながら距離を開けるしかありません」

 セフィが後方を守るように走る。

 『障壁』は常にセフィの背後を一定の距離で覆うようだった。

 その前を大股でゴーレムが歩く。

 急いでいるようには見えないが巨体ゆえに歩幅で速度を稼いでいる。

 後方へ回ろうか、それとも敵を切り払い進むべきかと迷った。

「ここはレニアの出番ですねぇ」

 両手から長く伸びた青い鞭。青い髪と合一しているのだろう。

 先頭を飛ぶように走る。

「最高距離で振るえばセフィさんの『業火』とそう変わりません。……ザコ相手なら、ね」

「……任せるぞ。まともに戦ってくれよ」

「はぁい。ご主人様はレクシアさんでも心配してうろうろしてて下さいませ」

 つくづく一言多かった。

 周囲を見回した限りでは追撃は矢だけだった。

 ただし、射程というものを完全に無視し、速度を落とす事さえなくセフィの『障壁』に突き刺さり、隙間を狙って来る。

 何度か曲がり角を回り木立が遮蔽物になるまで、極限の射撃は続いた。

 相手も移動するだろう。

 油断はできない。

「さあゴブリンども! 消えろ!」

 レニアが叫ぶと青い光が広場を薙ぎ払う。

 寸断された胴体が無数に転がり、灰に変わる。

「んんーん魔力おいしい」

 紫の光を全身に浴びてレニアが恍惚の表情になる。

 そうだ。レニアは自分を魔物だと言っていた。

 どこまでが本当なのかはともかく、この上なく似つかわしい。

 やがて馬車で宿舎に着くまでは、どことなく緊張が取れなかった。

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