第2話「生活は渋紙色」
第3防壁。その入り口たる西門が突破されて1月ほど経ったある日。その門が何者かによって爆破された。
それによって崩れた防壁は局所的に15メートルほどの高さになったが比較的外面を崩すことなく、その門を埋めたのだ。
その事で以後バルグが侵入してくることが無くなったため、一時期第2防壁内の防衛都市政府は第3防壁内部を取り戻す作戦を立案した。
しかしながらそれらはすぐに却下され、即座に白紙に戻されたのだ。それを知るのは一部の閣僚のみであり、一般市民には通達されていない。
そんな第3防壁内。そこには今もなお取り残された者達が必死に生きていた。
「第4防衛線の構築、完了しました」
伝令兵によって通達されるのはある者たちが拠点として利用している巨大なショッピングセンターの一区画である。
「よし、予定通りだな」
そう返事を返すのは大柄な男であり、顔に刻まれた皺からもその年齢がすでに50を超えていることが分かる。
「大佐の計画も7割がた完了した、というところでしょうか」
そんな大佐と呼ばれた者の横で報告をしている者も同じような服装に身を包んだ男である。
「ああ。バルグ達が意外としつこいから時間はかかったがな」
そう呟きながらも大佐が思い浮かべるのは3月ほど前、突如上司である防衛都市軍の総司令部から通達された内容だった。
「第3防壁内を放棄するとは正気ですかっ!」
通達を受けた大佐は激怒していた。
普段であるならばどのような事態が起きようとも冷静に部下を指揮する立場であり、感情によって我を忘れる事は許されない。しかしながら先ほど軍司令部から伝えられたモノは大佐の理性を一瞬にして吹き飛ばすほどの物だったのだ。
『そう怒るな大佐。我々とて同じ気持ちだ。しかしながら政府の意向なのだ、軍人たる我々が従わぬわけにはいかんのだよ』
歳をとった口調で穏やかに話す男の声が響くのは静まり返った通信指令室。
防衛都市軍第3防壁内の第8地区にある軍の駐屯地である。
「その軍人たる我々が一般市民の救出を放棄して撤退して何が軍人ですかっ!未だ第3防壁内部には数百万人の市民がいるのですよっ!?」
非難が始りすでに数日が経過しているが未だに防壁内部は混乱に満ち溢れていた。
いたるところでバルグの出現が報告され、それと同時に市民の犠牲報告が山のようにこの基地まで届いている。もちろん大佐も現場にて指揮したい気持ちはあるが基地司令である自身が動いてしまうと指揮系統が混乱してしまう。そうならないためにも我慢してこの席に詰めているのだ。
ここ数日での睡眠時間は数時間であり、体力も限界に近づきつつある。しかしそのような疲れは先程の命令で吹き飛んでいた。
『何度も言わんよ大佐。現時刻より第3防壁内部にて活動中の軍はその全てを放棄、第2防壁内部へ撤退せよ。門の閉門時間は24時間後の1200である。その後の開門等は一切認めない。これが政府が下した判断だ』
すでに避難先である第2防壁よりも内側では食糧不足が懸念されていた。それを知っているために大佐とて政府が下した理由は理解出来る。
しかしながらそれらを理性で納得できるか、と言われれば別物である。
「・・・わかりました」
大佐は短くそう返事をすると通信を終了した。
ブラックアウトするメインモニター。その直後には先ほどまで表示されていた情報が表示される。
「大佐・・・・」
すぐ横で待機していた副官である男が声を掛ける。その周りも含めて現在指令室に詰めている軍人30人ほどの視線が大佐へと突き刺さった。
「ふぅ」
その全ての視線を受け止め、小さく息を吐きだす大佐。その後大きく息を吸い込み
「現時点を持って俺の指揮下にある全隊員に通達する。現時点の作戦及び予定を全て放棄、持てるだけの装備を持ち明日1200までに第2防壁内まで撤退せよ」
重々しく発言された言葉は指令室に詰めている者達が理解するまでに少しの時間を要した。そしてその時間を利用して、大佐は言葉をつづけた。
「以後、己の判断にて作戦を続行する者については非常時における基地司令権限によって軍籍をはく奪する。ただし、緊急時に付きその者の処分は保留とし、期限までに撤退せずともその責を問わないものとする」
その言葉によって指令室に詰めていた者達は大きく息を吸い込んだ。
通常であれば命令を無視した場合、その者は軍籍をはく奪され軍法会議ものである。その後は軍法裁判によって捌かれ、よくても禁固刑に、悪ければ銃殺刑になる可能性があるのだ。
しかしながら先ほどの大佐の言葉によりその責任は全て基地司令が負う事になり、実質的には即座に罰が与えられることが無くなったのだ。
「大佐・・・」
「なに、少し撤退するのが遅れたので時間に間に合いそうにないな」
そう笑顔で大佐は呟いたのだった。
その笑顔で大佐の考えていることを察した副官は素早く部下たちに指示を飛ばす。
「撤退に関しては任意で行え。たとえ逃げようと、この場に残ろうとその責は一切問わないと部隊に徹底させろっ!」
「あの命令のおかげで我々は救われました。隊員の中には家族を救えた者も多くいます」
第3防壁内に残った大佐率いる駐屯基地の軍人たちの総数は2200人。それは元々基地に所属していた者達の9割にも上った。
「まぁ、こうやって拠点も確保できたが問題もまだ山積みだがな」
現在大佐たちが拠点にしているのは基地から比較的近くの大型ショッピングモール。
休日には数万人規模で人々が訪れる場所であり、多くの食料を抱えている建物でもある。
「現在の食料の備蓄状況はどうだ?」
「はい。隊員と避難民合わせて約2万人を抱えていますので芳しくありません。元々この建物にあった生鮮食品はすでになく、また日持ちする食料もすでに底をついております。現在は基地にて備蓄されていた災害用備蓄を放出していますが1週間ほどで底をつく計算になります」
元々食料量販店として大規模なショッピングモールだったこともありここを拠点とした2月ほど前から現在までにおいては何とかなっていた。
しかしながら日に日に増える避難民たちの数は止まらず、初期の3倍ほどまでの数に上っているのだ。
「当然の食料不足か」
「はい。現在は我々の基地、そして合流した各基地の者達によってそれぞれの基地から輸送しておりますが防衛隊員に数を割かれており、あまり進んでいません。このままですと早々に潰れる可能性が高いですね」
副官として今日まで様々な対策を大佐と共に行ってきたがこれから先の見通しは誰も立てる事が出来ないでいた。
「しょうがない。数日前に思案したモノを実行に移す必要がある、か」
「なっ、本気ですか大佐っ!民間人に手伝いをさせるなど危険です!」
4日前に行った各部署の全体会議によって提出された案。
それは慢性的な軍人不足を補う為に避難民である民間人に軍の手伝いをさせるものだった。
「固定された設備については指揮者を一人置いておけばある程度の訓練で可能だろう。弾薬の輸送に関しても車両を運転できる者であれば可能だ。荷物の積み下ろしに関しても電気が不足している現在において彼らの手を借りざるを得ない状況なのだ。そう我儘な事を言ってられんだろう。それに我々はすでに軍籍に身を置いていないのだ。いまさら軍規を考えても仕方がなかろう」
現在の避難民の食糧配給や世話などはほとんど軍人が行っているのだ。その為それらに咲かれている人員が勿体ないと各所から意見が前々から上がっているのだ。
「確かにそれであるならばある程度の年齢制限で食事の配給やお手伝い等は可能かもしれません。しかし彼らに銃器の取り扱いなど・・」
「それほど我々には余裕がないという事を民間人に理解してもらわねばすぐに崩れることになるぞ?」
確かに被害者である彼らにそれらを求めるのは酷かもしれない。しかしながら現状で彼らのように全てを軍人に頼られると対処できないのだ。
「それに被害者と言っているが我々とて被害者だ。指揮する立場の私達はいいだろうが部下、それも現場での隊員たちのストレスは日に日に増している。すでに我らは軍隊ではないのだ。酷い言い方であれば善意で行っているに過ぎない」
多くの部下を預かる大佐にとっては日に日に上げられる民間人とのトラブルが気になっていた。
他人との共同生活においてのストレスは一般的な生活におけるものと段違いである。それは災害時におけるトラブルの多さでわかるだろう。
だがそれの原因が分かっているとしても早々に解決できはしないのだ。
「わかりました。草案をまとめますので、後で確認をお願いします」
そういうと副官は自身のデスクまでさがるのだった。
一人残された臨時司令部の司令官席に腰を沈めた大佐は大きなため息を吐きだす。この事態になってから吐き出されたため息の数は数えることなど不可能な数に上っている。
「はぁ。門は破壊してこれ以上のバルグの流入は防げたが中に入った数でも相当な数に上るだろうな」
2月前に西門を破壊したのは大佐の指示であった。
軍の先鋭によって秘密裏に行われた作戦であり、その事を知る者は実行部隊員と上層部のみである。
「すでに討伐チームを複数分散させて狩りをさせているが」
そう言い手元のタブレット端末に視線を落とす。そこには各チームごとの討伐数や活動範囲など細かなデータが記載されている。
その中のひとつのチームに視線が止まる。普通であればそこまで気にしない事柄だが、先ほどの案件が頭をよぎったのだ。
「このチーム、異様に討伐数が多いな」
大佐が向ける視線の先。そのチームが報告している討伐数は他の部隊の3倍に上り、好成績を上げている。
「確か養成学園の1年が3人ほどいたはずだが・・・」
大佐が思いだすのは初期の頃に突如現れた薄汚れた少年少女達。
見た目が酷く、またそれ相応に匂いも酷かったために覚えているが。彼らの要望によって狩りを行うチームに組み込んだのだ。
そのチームには部隊員が不足して解散した者たちを数人まわしている。
当時の部下たちからは様々な意見が出たが定期討伐隊の生き残りである事。そしてあの異常種の数少ない目撃者であることからも部隊員に組み込んだのだ。
その後の少ない戦闘で彼らが1年にしては異常なほど戦闘をこなせる事実を知り、狩りのチームを結成したのだ。
「それにしても子供という物は成長が早い」
合流初期では新兵よりも多少まし、と言えるほどの腕だったのだが、3月ほどですでに先鋭隊員に匹敵するほどまでになっている。中でも
「この少女、サキと言ったか。彼女の近接戦闘能力はずば抜けているな」
過去に上がったデータの中に動画があったが、それを見た上層部の者達は一様に口を開けて呆けたものだ。
「できればそのまま成長してこの事態を解決してくれるとありがたいんだが・・・・私は何を考えているんだ」
自身の娘ほどの年齢の少女に過度な期待をしている自分がいる。それに気が付いた大佐は再度ため息を吐きだす。
「どうやら疲れているようだな」
そう呟くと部下に一言投げてから僅かな仮眠を取るのであった。
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