第27話

「空のうんと上には〝カミサマ〟がいるんだ。死んだ後に星となり〝カミサマ〟の傍にいれば幸せになれるのだと〝おばあさん〟は言っていたよ。だけど……だけどね、ぼくは……〝おばあさん〟には〝カミサマ〟の傍に行ってほしくなかったんだ。ずっとずっと、ぼくの傍にいてほしかったから」


「……〝おばあさん〟も死んでしまったの?」


 何を言っているのかしら? かわいそうな、お人形さん────


「〝おばあさん〟は、息子や孫たちに見守られ、ほほえみを浮かべながら涙を流して、空に旅立って行ったよ」


「……泣いていたの? わらっていたの?」


 アユムはソラの横顔にくちびるを寄せると、するすると頬に這わせた。


「どっちも……。ぼくは、そのとき初めて……涙の意味を知ったんだ」


 あの小さな孫娘が両手にふたつの人形を持ち、ベッドの上で天井を見上げながら遊んでいたことを思い出す。そうだ、こんなふうに……。


 ソラは、暗い宇宙の中で、アユムのくちびるを探り当て、くちづけた。


「ぼくは涙を流すことはできないけれど……人が空を訪れるときに涙を流すのは、好きな人と別れたくないからだと思うんだ。たとえそこに〝カミサマ〟というものが待っていようとも、好きな人がいないのは嫌だから。ひとりぽっちは嫌だから」


 アユムは少しの間きょとんとして、「壊れた人形も、死んでしまった生き物も、全部砂になってしまうのに……」と考えた後で言った。


「ソラは〝おばあさん〟が好きだったのね」


「ぼくを創ってくれた人だから」


「では、ソラの〝カミサマ〟は〝おばあさん〟ね」


 神様だなんて、神様だなんて…………本当に、かわいそう ────


「〝おばあさん〟は星になった?」


「判らないよ。ぼくは、まだ死んだことがないんだから。そこに行ったことはないんだ」


「ああ、そうだったわね」


 アユムはくすりとわらう。


「あれからぼくは、壊れても壊れても、捨てられずに修理を繰り返され、体のあらゆる部分に記憶を残しながら、人々の手を渡り歩いた。簡単な仕掛けを施され、瞼を開けたり閉じたりしたときは、小さな子がとても喜んでくれたよ。」


「背中にも穴が開いていたわね」


「あれは、ぜんまい仕掛けだった頃の名残だ。初めてひとりで歩いた……」


「話せるようにもなったわ……」


「そうさ。長い時間の中で、髪の色、皮膚の色、体の大きさ……中身まで変化を繰り返した」


「人間によく似た人形になったのね」


 人の手で作られて、人のために働いて、人に捨てられた。これ以上、かわいそうなことがあるかしら? ────


 花は憐れみながら嘲う。


「ソラは、どれだけ変わっても、ソラよ。あたしには判るの」


「そうだよアユム。ぼくはソラ」


 初孫のために想いを込めて丁寧に針を動かす〝おばあさん〟の傍らで、ぼくは見ていたのだ。小さくて可憐な女の子の人形ができるのを……。その人形を〝小さなアユム〟と呼んでいたのを……。


「どんなに遠く離れても捜し出したの。何度も何度もお別れしたのに、必ず出逢えたの」


「きっと、ぼくらの体には〝魂〟の欠片が、最初から宿っていたんだよ」


「人間のように?」


「人間のように」


「でも、あたしは〝カミサマ〟のところには行かないわ。ソラをひとりぽっちにしないから。ずっと、ずっと一緒にいるわ」


 馬鹿な人形たち。私たちは見てきたのよ────


 全ての生き物の、ほんの小さな欠片の粒が、美しい海から這い上がり、豊かな命を育むのを、大地と共に生きるのを────


 その中で生まれた人間たちは、自分たちだけの永遠を得ようとした────


 そうして、僅かに生き残り、この星を捨てて旅立った────


 人類がいないこの星で、感情を得たところで、人形たちに何ができるというの? 命を繋ぐこともできないくせに────


 この星の最後の命は私たちなのよ────


「それならば、あたしの〝カミサマ〟はソラだわ。ソラに逢いたくて逢いたくて、あたしはあたしになったの」


「そうだ。ぼくは永遠にアユムのことを想うんだ。永遠に……」


 永遠だなんて、永遠だなんて────


 花の合唱が渦を巻き、ふたりを囃した。ソラとアユムは、それが聞こえないほど互いを求め、昔々、小さな女の子と遊んでいたように寄り添った。


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