第24話

 花はアユムに、砂の焦げる臭いに雑じる香りを嗅ぎ分けさせ、どこまでもどこまでも導いた。手を繋いでいたことをすっかり忘れていた頃、薄闇でくいっと腕ごと引かれて、やっとソラの顔を見る。「暗くなってきたよ」と、ソラは砂浜を見渡している。ふたりで身を潜めるのに適当な岩陰がないだろうか。けれどアユムは、ぱちくり、と眼を大きくして、するりと手を離した。


「花」


 ソラをふりほどき、砂に埋まる足を引き抜きながら脇目もふらず進んで行く。その後ろ姿を瞳の中心に据えたソラは、ぐるりと大きな円形を切り取ったような視界の端から映り込んでくる、小さな影に焦点を当てた。そして、丈の長い上衣の裾に片手を入れ、仕込んだ短剣の柄を握る。


「こんなにたくさん」


 誰に伝えるということもなく声をあげたアユムの後方から、ソラの眼に映っていた点ほどの影が徐々に大きくなってくる。影は砂の上に浮かび、滑りながら、アユムに忍び寄ってくる。背丈は三倍はあるだろう。重さは見当もつかない。あの影がアユムを捕まえるより先に背後にまわり込む。ソラは砂を蹴散らした。


 アユムは迫りくる闇の中で見えにくくなった花を探そうと、ふいにしゃがみ込んだ。瞬時に岩と同化したアユムを見失ったのか、影は戸惑ったように速度を緩めた。ソラは機会を逃さなかった。影は、自ら近寄って来る新たな標的に狙いを定め、ギィギィと肩の関節を鳴らしながら両腕を広げた。


 遅い。ソラは腰を落として短剣を構えると、足下に飛び込んできた獲物を捕らえようと屈んだ影の隙を衝き、素早く後ろにまわり込んだ。まわり込みながら両手で握った短剣で膝裏を突き刺し、そのまま一気に掻き切った。片膝を落として倒れかかる間に、もう片方の膝を切り落とすと、暗い砂浜に、どっしゃり、とギィーが倒れていった。ノゾミが教えてくれた方法で、ソラは何度もこうしてギィーを倒していた。


「こんなに咲いているのは初めて見たわ」


 地面はゆらいだ。砂が爆ぜる音もした。けれども、アユムは何事もなかったかのように言う。岩陰にしゃがんだアユムの傍に寄ると、むせるような花の香りが海の臭いを弾き返している。


「暗くて、よく見えないよ」


「でも、匂いでわかるでしょう?」


 アユムは「ほら」と、ソラの手を取り岩肌にかざした。はなびらが、てのひらをくすぐりながら、またソラを嘲った。


 海の先には何もないわ。月の先には行けないわ ────

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