残されたメッセージ④

とあるサラリーマンの回想

 俺はずっと社畜だった。

 毎日毎日、終電直前まで残業。始発で出勤。

 定時退社なんて、数年間勤めてきて指で数えるほどしか経験したことがない。


 遊ぶ暇もない。

 趣味もない。

 恋人もいない。


 他人に厳しく自分に甘いクソ上司。

 仕事を覚えない後輩。

 無能な自分なりに分かっていた。周りの人間は無能だらけだ、と。

 こんな会社は成長もしないし、労働環境が改善することもないだろう。俺は会社という檻に囚われた。


 大量の仕事が俺だけにのし掛かる。

 俺は定年までこのままだろうか。こんな忙しさから早く解放されて、暇になりたい。少ない睡眠時間の前に横になりながら考えてしまう。


 そんな時期だった。

 俺に転機が訪れたのは。


 通勤中、俺の前に巨大な宇宙船が現れたのだ。

 俺の体はふわりと浮き上がり、宇宙船へと吸い寄せられていく。


 俺が最後に地球で見た景色は、上空から一望できた自分の街だった。

 俺の住んでいた安いアパート。

 いつも使う鉄道駅。

 買い出しをする行きつけのコンビニ。


 やがて宇宙船に辿り着くと、その景色は全て消えた。しばらく暗闇だけが自分を覆っていた。





      * * *


 目が覚めたとき、俺はどこまでも続く草原に横たわっていた。深緑の山脈に、澄んだ青色の空が俺の視界いっぱいに広がる。

 いや、そういう景色が描かれた壁だ。まるで現実の風景のように見える。そこからいくら足を進めようとしても見えない何かにぶつかってしまう。

 足元の草や土は本物だが、どことなく地球のものと違う気がする。葉脈の並びがおかしい。


 しばらく壁に沿って歩き続け、俺は理解した。

 ここは地球の風景に似せて作られた檻のような場所なのだ、と。


 俺は宇宙人に捕まり、何かをされている。






     * * *


 それからはずっと暇だった。

 草原の中央にポツンと建つ小屋にこもり、何をするわけでもなくただひたすら時間を潰す。


 食料は家の外にいつの間にか置かれている。味の薄いクッキーみたいな飯だ。それを水で喉奥へ流し込む。


 その小屋では裸の女と一緒に暮らしている。金髪の美人だ。彼女の名前は知らない。

 彼女とは毎日性交をして過ごす。食事と睡眠時間以外はひたすら腰を振る。体から何も出なくなるまで何度も何度も繰り返す。


 ただ、ずっと同じ相手としていると飽きてくるものだ。彼女に出せる量は徐々に減っていった。

 飽きないようにシチュエーションを少しずつ変えたが、思いつくものは全てやり尽くした。


 たまに刺激を求めて草原を散歩するが、何も新しい発見はない。天気と昼夜しか変化しない。


 暇だ。

 社畜だった頃と比べると俺の生活は格段に改善された。経済や人間関係に支配されない。家事すらしなくていい。


 俺の「暇になりたい」という願望は叶ったのだ。


 だが、思ってたよりも嬉しくはなかった。


 草原のド真ん中に立ち、俺は理解する。

 一言に「暇」とか「忙しい」と言っても、そこには「良い」「悪い」が存在している、と。

 忙しくても楽しく過ごしているヤツはたくさんいるし、暇な時間を次に繋げるための糧にするヤツもいる。


 俺が経験した「忙しい」と「暇」な時間は、どちらも「悪い」方だった。

 仕事の「忙しさ」に俺は精神と体を徒にすり減らし、今の「暇」からは何も得ることができない。


 俺はずっとこのままなのか?


 もう一度やり直したい。


 人生の最初から。



















 草原で舌を噛みきって自殺したら、いつの間にかベッドに横たわっていた。


 口内の傷は、完全に修復されていた。

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