自殺ランブル

大塚めいと

第一話 「ランブルオフ!! 」

■■■自殺ランブルのルールその1■■■


 本気で死にたい者のみ、死に残る。生きることへの未練を抱いた者は即刻リタイアとなり、現世に生き返る。その時、自殺ランブルに関わる記憶は消去される。




■■■ 第一話「ランブルオフ!! 」■■■





 目が覚めたら、ボクは遊園地にいた。





 夢でも見ているのだろうか? 周囲を見渡すと、観覧車にメリーゴーラウンド。ジェットコースターにフリーフォール等々のアトラクションが軒並み揃い、稼働している。





 ジェリービーンズのようなけばけばしい色彩の園内は、ネット検索で【遊園地 イラスト】と打ち込めば数えきれない程ヒットするような"いかにも"といったフォルム。





 さらにはスピーカーから聴こえる、これまた"いかにも遊園地"といった感じの音楽が心地よいボリュームで流され続けている……確か「剣士の入場」って曲名だったっけ? 





 よだれを垂らした幼稚園児が、画用紙にクレヨンで描いたような世界観。それがひたすら不気味だ。






 さらに言えば、ボク以外に誰も客がいないという点も無視できない異常ポイント。真夜中に学校の校舎をさまようような不安感に、胸が押しつぶされそうになる……。





「誰かー! 誰かいませんかぁー? 」





 とにかくボクは、自分以外の誰かがこの場にいないか、大声で呼びかけながら周囲を歩き回ることにした。





 そして、ホンの2~3分ほど探し歩いた頃、ボクはあるコトを思い出すコトになる。





 "見知らぬ場所で、誰かを探しさまよう" その行為は、漫画や映画、特にホラー作品において、やってはならない行動だったコトを





 ……まっずいな……コレ……。





 目の前に現れてしまったのだ……「人ならざる者」が……。





 性別は男。40代くらいかな? 寝ぐせっぽい七三分けで、伸びっぱなしの不衛生な無精ヒゲが、だらしなさにブーストを掛ける。さらに、そのカッコウでラグビーでもしてたのか? と思うほどのヨレヨレなスーツを恥ずかしげもなく着込み、見ている方が申し訳なくなってくるほどに"冴えない"表情を浮かべている。





 と、まぁ……悲壮感がメーターを振り切ってはいるものの、ここまででは単なる"仕事に疲れたサラリーマン"だ。ボクが彼に異常性を感じているのは、ここからだ。





 ブシュウゥゥゥゥ……





 ブシュシュウゥゥ……





 その男は、怒り狂ったサイが荒々しく呼吸をするように、全身から怪しげな煙を発している。前にテレビで見たことがある、火山地帯でのガス噴出を思わせるほどに強烈な勢いで。





 いくらサービス残業が続いたとしても、人間ここまではおかしくはならないだろう……目の前で起こっている異常な光景に、ボクはただただ立ち尽くすことしか出来なかった。





 逃げなきゃ! とは頭では思っているけど、いざここまでの恐怖に襲われると、逃げるコトすら怖くて出来ないでいる……全力でエスケープしようものなら、向こうが得体の知れない力で襲ってくる! そんなビジョンが頭に浮かんだから。





「君は……若いな」





 煙男が突然ボクに話しかけてきた。驚くほどに"普通"な口調で。





 それに「若いな」って、どういうことだ? 確かにボクは今、学ランを着ているので、若い学生だというコトは一目瞭然なのだが、今この状況において"若い"コトがなんだって言うのだろう? 





 そんなコトを考えていたら、ガス男はどんどんボクの方へと近寄り、突然マネキンのような不気味なスマイルをこっちに向け、こう言った。





「それなら……心置きなく"生き返せる"! 」





 その瞬間! 煙男の姿が突然消えた!? いや、違う! 





 視界が0(ゼロ)になるほどの勢いで、男が大量の煙を噴出させたのだ! 





「うガァッ! 」





 ボクはとっさに両手で口と鼻を塞ぎながら、回れ右して全力逃走! マズイ! これは絶対に吸い込んではいけない! 





 ホンのちょっぴり鼻で吸い込んでしまっただけで、全身に痺れるような痛みが走った! どういうワケなのかさっぱり理解不能だったけど、あの男が全身から噴出させていたのはただの煙じゃない。紛れもない"有毒ガス"!! 





「ぐふッ! ……グヘェッ」





 何度か吐きそうになるも、無呼吸ダッシュの甲斐あって視界を覆うガスの霧が徐々に晴れてくる! やった! 毒から逃げ切れた! 





 ボクは後方を確かめ、20m程遠くに離れた、煙男改め「ガス男」の姿を確認する。走るスピードなら"若い"ボクの方が有利だったようだ。





 しかし、ホンのわずかに作った心の隙間を読み取ったように、ガス男は笑顔を作ってボクに叫んだ。





「甘いぞ少年! "Lv2"にもなると、こんなコトだって出来るぞ! 」





 "Lv2"? 一体何のコトなんだ!? でも、遠くからでも分かった。ガス男がヨレヨレのスーツの内ポケットから、100円ライターを取り出し、それを着火させたことに……まさかッ!? 





 スガガガゴゴゴォォォォオオオオンンッッ!!  





 凄まじい爆発音! 背中に感じる熱気と爆風! ボクはふっ飛ばされて、地面に叩き付けられる。





 男がさっきから惜しげもなく発していたのは"可燃性ガス"だった。





「うぅ……痛い……」





 学ランがブスブスと燻(くすぶ)っているのがコゲ臭い匂いで分かった。でも、幸いダメージは爆風で吹き飛ばされた際の衝撃によるモノだけだったようだ。熱で体を焼かれたワケではなさそうだ……ちょっとした火傷くらいはしているとは思うけど……





「グエッ!! 」





 うつ伏せに倒れていたボクは背中に強い衝撃を感じた。顔を上げると、ボクの背中を思いっきり踏みつけているガス男の姿があった。いつの間にこんな近くまで……それに、彼自身も爆発に巻き込まれていたのに……なぜ平気なんだ!? 





「俺はもう40代なんだ……譲れ、学生くん。"この世の土産"をくれてやるからな! 」





 ガス男はボクを見下ろしながらそう言うと、再び体からガスを噴出させた! 





「ああああああッ! 」





 思いっきり吸い込んでしまった! 有毒のガスを! 喉が焼けるように熱い! 目が破裂するかと思うほどに痛い! 内臓が口から飛び出してしまうほどに苦しい! 





「"返世の句"は考えたか学生くん? 」





 さっきからガス男はワケの分からないコトを言っている。イチゴにイチゴジャムを付けて食べるくらいに理解出来ない。どうしてボクがこんな目に遭わなきゃいけないんだ……。





 毒が回ってきたのか、だんだんと目の前がかすんできた……何とか抵抗しようと手を踏ん張って立ち上がろうとするも、力が出ないし、ガス男に踏みつけられているので無駄だった。でも、その時ボクは自分の身に大きな違和感があったことに気が付いた。





 何だコレは……? 





 右の手のひらに、何か不可思議な"紋章"が刻まれているコトに。





 その紋章は丸いマークで、どこかで見たマンホールのフタを思わせる幾何学模様で構成されていた。





 それが何なのかは分からなかったけど、ボクはその紋章の描かれた手の平を石畳の地面に押し付けてみた。自分がなぜそうしたかは分からない。





 ただ、熱すぎるココアを口に入れた瞬間、考えるよりも先にカップから唇を離すように、反射的な意思がボクをそうさせたのだ。





 そして、その行動は確かな"突破口"となった。





「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ……………………」





 突如、地面から猛烈な風が真上に吹き昇り、同時にガス男の体もバンジージャンプのゴムに引っ張られたかのように、天空へと吹き飛んでしまった! 





「な……何が起きたんだ? 」





 遅れてボクは、右手を押し付けた地面に、公園にある池くらいの大きさの紋章が描かれ、光り輝いているコトに気が付いた。それは右手に描かれている紋章と全く同じ模様だった。





 驚きに続く驚きの連続で、ボクの脳内は通勤ラッシュ状態になっていたけど、確かな"事実"が上空より黒い影を作っているコトに気が付き、ボクは慌ててその場から離れた。





 ドチャッ! 





 その音は、あまりにもそっけなく、残酷な音だった。





「……う……ううぅ……た……たす……て」





 今さっき紋章の力で吹き飛ばされたガス男が、地面に叩き付けられてピクピク悶絶している。





「う……うげぇぇ……ッ! 」





 腕があり得ない方向に曲がり、顔中を真っ赤な地で染め、砕け散った歯が頬を突き破っているガス男の様を目の当たりにし、ボクはたまらず嘔吐してしまった。





「ひ……いたいよぉ……たすけふぇ……」





 ガス男はゆっくりと這い、ボクに近寄って来た。まるで両足をもがれたゾンビのように。





「く……来るな! 来るな! 」





「に……二度目なの……に……し……"死にたくない"よぉ……」





 "死にたくない"彼がそう口走ったその瞬間。その体が真っ白に発光し始め、やがて輝く球体となり、そのまま上空に飛び上がってしまった。





 その光球を目で追うと、今まで見落としていた、この空間の異常さを際立たせる、ある光景を目の当たりにし、体が震えた。





「……街が……上にある!? 」





 遊園地を見下ろす青空のずっとその先に、上下逆さまになったビル群の景色が見えた。光球はその建物のどこかに吸い込まれ、やがて見えなくなってしまう。





 一体……何なんだ!? 





 ここは"どこ"なんだ!? 





 さっきのガス男はなんで急に"襲って来た"んだ!? 





 そして、この"右手"に……





 あ、よく見たら"左手"にも描かれてたわ……









 ……そして、この"両手"に刻まれた"紋章"は一体何なんだ!? 





 落ち着け……「清水舞台(きよみずぶたい)」……ボクは単なる中学3年生……市立斜陽(しりつしゃよう)中学校に通う男子学生……身長、体重共に平均値で、成績も特に際立って良くも悪くもない、面白みのない男……





 そして学校では、同級生に殴られ蹴られの暴力を振られ、金をせびられ、恥ずかしい写真をネットにアップされて…………





 ……そう……





 ボクはイジメられていた……





 それで、そんな毎日に耐えきれなくなって……





 飛び降りたんだ……学校の屋上から……









 そしてボクは死んだハズなのに……なんでこんな場所に? 臨死体験? 死後の世界? それにしては……妙に現実感がある。





『みなさーん! 待たせたみ~ん☆ 』





 突如、気の抜けた声が園内のスピーカーから鳴り響く。アニメっぽい抑揚の、よく通るマヌケなニュアンスの男声だ。





『一部じゃもう勝手に始めちゃったみたいだけど♪ いよいよ、第259219回【自殺(スーサイダーズ)ランブル】を開始するみ~ん☆ 』





 え? 【自殺(スーサイダーズ)ランブル】って……何だ? 





■■【現在の死に残り人数 49人】■■




■■■自殺ランブルの能力紹介1■■■


【能力名】銀白のけむり(シルバーヘイズ)

【能力者】川端憲明(かわばたのりあき)(ガス男)[42歳]※リタイア済

【概要】

 ガスや煙を用いて自殺した者に与えられる能力。全身から有毒ガスを発生させ、相手を苦しめることが出来る。

 Lv2になると可燃性のガスを発生させ、火器を用いて爆発をさせることも出来る。その際、自分自身は不燃性のガスを高速に大量噴出させ、身を守るシールドとして爆風を防ぐ。さらにはその勢いを利用して吹き飛び、高速移動するというテクニックもある。



【能力名】吹けよ風、呼べよ痛み(ワン・オブ・ディーズタイムス)

【能力者】清水舞台(きよみずぶたい)[15歳]

【概要】

 高所から飛び降りて自殺した者に与えられる能力。両手の平に刻まれた紋章を押し付けた物体に、触れたら強烈な風を呼び起こすトラップの紋章を配置することが出来る。

 その紋章の大きさは、直径4mほどで、10秒間持続可能。その間であれば、何回でもトラップを作動させることが出来る。その直径と持続時間はLvの上昇により、広く、長くなる。

 ちなみに"右手"で作った紋章の風は"自分以外"の人間に効果があり、"左手"で作った紋章の風は"自分だけ"に効果があるという違いがある。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る