異国の極上焼きリンゴ

 こんな夢を見た。


 父に連れられて、地中海を望む中東の某国に滞在している。

 最終日なので名残惜しいが、夕方には飛行機に乗って日本に帰らなければならない。また訪れる機会はあるだろうかと思いながらホテルまで車で戻ると、どうやら我々が乗る予定だった飛行機が遅れているらしく、しばらくホテルでゆっくりしていてくれと知らない人に言われた。

 滞在中ずっとこの国を案内してくれた、私が先生と呼ぶ知人ではないことに疑問を覚えるが、言われた通りホテルの中をぶらぶらして過ごすことにする。ドライバーを務めてくれたMさんが電話であれこれ確認してくれているのを見ながら、ロビーの豪奢な階段を上った。



 ふと気が付くと、いつの間にか父とは別れていた。

 その代わりにホテルのレストランで、日本にいるはずの友人と焼き肉を楽しんでいる。壁一面が白い、近代芸術家の絵のような部屋はとてもシンプルで、大きな窓から差し込む深緑越しの日の光以外には色がほとんどない。

 食事は終盤に差し掛かり、ウェイターがデザートの皿を私と友人の前に持ってきた。

 何故か一枚だけしか白いテーブルの上に置かれなかった皿の上には、一口分しかない焼きリンゴが飾られている。ウェイター曰く、滅多に収穫できない希少なリンゴなので、客一組に付き一口分しか出さないのだと言う。私は理由もなく、自分でも驚く程あっさりと友人にその貴重な一口を譲った。


 友人が熱々の焼きリンゴをスプーンですくい、そっと口の中に運ぶ。

 その瞬間、何故かそれを見ている私の口の中にも、火傷しそうなほどのとろける熱と甘さが口の中一杯に広がった。少し遅れて舌の奥と鼻の裏に、素人にも上等のものだと分かるシナモンの香りが漂い、リンゴの熱と混ざり合う。

 私が焼きリンゴの味に驚いている向かいでは、友人も焼きリンゴの味を堪能していた。

 名残惜しそうに最初で最後の一口を飲み込んだ友人に味を問うと、噛み締めるようにうっとりとこう答えた。

「あったけえー冬の食べ物が…こんなに美味しいことの幸せよ」

 この極上の焼きリンゴの感想に、ぴったりの表現だ。

 目の前の友人は、人生の喜びを享受する才能を持っているのだ。そう改めて思いながら、私はシナモンの効いた焼きリンゴの後味を楽しんだ。

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