第41話 第八章 刮目《かつもく》して、しかと見よ(四)

 鵺が怒りの声を上げてリングに戻ってきた。鵺の怒りを表現する態度は、中々さまになっていた。


 ロックが中断した。ロックを歌っていた女性歌手が「シャイン、シャイン」と、シャイニング・マスクを湛えるシャウトを始めた。ここぞとばかりに、郷田も手を叩いて「シャイン、シャイン」とファンを煽った。


 山之上さんに顔を合わせると、「シャイン、シャイン」と手を叩いてやってくれた。山之上さんが、「シャイン」コールをすると、会場に「シャイン」コールが響いた。


 会場が歓声に包まれた。声援の中心にいるとは、なんて心地よいものだろう。力が溢れ出るとは、こういう心境をいうのだろう。


 リングに上がった鵺が、会場の声に戸惑う仕草を見せた。明らかに負ける前振りだ。


 郷田は心の中で感心した。

「さすが、鵺さんだな。強いだけじゃない。場に合わせて細かい仕草で、さりげなく悪役を演出するのがいい。また、流れとして、きちんと負ける行為が自然なように見えるツボを心得ている」


 ロックの音楽が激しい調子に変った。女性歌手の早口の英語ラップが入った。完全に決戦モードだった。


 郷田は正面から力比べを挑んだ。鵺も力比べに応じた。

 鵺の力は強く、郷田はすぐに膝を突いた。郷田のピンチに、会場の応援が熱を帯び始めた。応援され力が溢れ出るように感じた。


 さっきまで力では対抗できなかった鵺と、張り合えた。徐々に鵺有利の体勢が逆転していった。応援されたからといって、筋力が上がるわけではないと理解している。

 きっと、鵺が絶妙に力を抜いていっているのだろう。

 鵺は力を抜いていて戦っているはずだが、闘っている姿が全力に見えるところが、プロだ。


 鵺のマスクの下の顔は知らないが、ついつい、伝説級の存在なのでは、とすら思ってしまう。

 鵺が力負けしそうになると、頭突きをしてきた。郷田も、意地だとばかりに、頭突きを返した。


 骨と骨がぶつかる良い音がした。されど、痛みは、ほとんどなかった。どうやったらこんなに怪我をせずに良い音が出せるのか、後で秘訣を教えてもらいたいくらいだった。


 どこかで聞き覚えのある老人の「おお、これぞ、まさに昭和の熱気だ」と喜ぶ声が聞こえた。


 鵺に「行きますよ」と合図をして、隙を作った。鵺が郷田の合図で、郷田の背後を取った。


 鵺が郷田の腰に手を掛けて、ジャーマン・スープレックスの体勢に入った。

 郷田は鵺の足に片足を絡めて踏ん張る。投げようとする鵺。投げられまいとする郷田の体勢を作った。会場から、どよめきが起こった。


 次に郷田は、力業で上半身の力で体を起した。郷田は両肘で鵺の脇を激しく打った。


 鵺が怯んだ隙に、今度は郷田が鵺の背後に回った。鵺のお株を奪い、逆にジャーマン・スープレックスの体勢をとった。鵺が受けられるように「せーの」の合図で投げた。


 綺麗にジャーマン・スープレックスが決まった。そのままブリッジを維持して、フォールした。


 これで、終わりだと思った。だが、鵺が体を捻って脱出した。鵺が体を半分だけ起して、強い視線で郷田を睨み付けた。


 郷田は恥ずかしくなった。確かに、先ほどのジャーマン・スープレックスで試合を終えれば、郷田は面目が立つ。しかし、二号の見せ場が、まるでない。


 鵺がきちんと二号の見せ場を作ろうとしている。郷田は鵺の配慮に応えるために、鵺に全力で前蹴りを放った。


 鵺がよろけたところで、鵺に背を向けた。二号に向けてバレーのトスの姿勢を作った。二号が郷田の意図を察して、走り込んできた。


 二号が郷田の手を踏み台にして、宙に飛んだ。試合でアドレナリンが出ていたせいか、二号には全く重さを感じなかった。


 すぐに振り返った。二号が鵺の上に落ちるムーンサルト・プレスが決まって鵺が下敷きなって倒れる光景が見えた。


 郷田もすかさず、飛び乗ってフォールした。

 女性の声でスリー・カウントが入った。郷田と二号の勝利が確定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る