第34話 伝説は蘇り大きく変る(二)

 鴨川に連絡を取ると秘書が出た。

 秘書に鴨川の予定を聞くと「社長は明日から出張で、京都に一週間、行きます。本日なら、会議のために本社にいます」と教えてくれた。


 まずい。一週間後に領収書が経理に回ったのでは、カードの引き落とし日に間に合わない。餅パーティを早々に切り上げて、《カツの新影》の本社に向かった。


 本社に着くと、会議が長引いている、という理由で待たされた。先に経理に行って清算を頼んだ。


 経理係の若い男が対応した。若い男が領収書を見て、電卓を叩いて行く。

 若い男の顔が段々と険しくなり、とうとう「合計金額が百万円越え!」と最後に驚かれた。


 若い男が係長に相談すると、経理係長が出てきた。経理係長は領収書を確認すると、すぐに眉間に皴を寄せた。


 次いで、胡散臭い人物でも見るかのような軽蔑的な顔を郷田に向けて「用途を説明してくれますか」と、米や酒の領収書を一番上に置いて、強い口調で説明を求めてきた。


「陰陽師の修行で式神を覚えるために使いました」と馬鹿正直に報告しようものなら狂人扱いされるのは目に見えていた。


 曖昧な笑顔を浮かべてお茶を濁した。

「社長直轄の文化事業の一環で使いました。社長には事前にOKを貰っているので、後で社長に聞いてください」そこまでいうと逃げるように経理係を後にした。

 後ろで「ちょっと、君」の声が聞こえていたが、気にしなかった。


 社長室に向かうと鴨川が三分とせずに戻ってきた。鴨川は鼻歌交じりで気分よく「郷田君か、いいよ。入りたまえ」と声を掛けてきた。


 郷田が社長室の扉を開けて、鴨川を先に通した。


 いつもの座椅子に鴨川が座ると、聞いてもいない自慢話を口にした。

「我が社は、今年も好調だよ。これで、四年連続、増収増益だ。来年は、いよいよ西日本に進出するよ。まずは、京都と奈良に、同時に出店する。ここがうまくいったら、大阪と名古屋もいけるよ」


 鴨川の機嫌をとるために深々と頭を下げ、お世辞を口にした。

「おめでとうございます。社長の豪腕、お見事と言うほかありません」

「なに、それほどでもないよ」と鴨川が口にしたが、満更でもないといわんばかりに表情は崩れていた。


 郷田は畏まった態度で用件を切り出した。

「実は今日は、嬉しいお知らせがあった、参上しました。式神の修得に、ついに成功いたしました」


 鴨川が冗談だろうとばかりに言い放った

「馬鹿な言葉を口にするなよ。そう簡単に行くわけがないだろう。本を渡して二月も経ってないよ」


 郷田は携帯を取り出し、殊勝な態度で申し出た。

「式神については、すでに龍禅先生に御墨付きを頂きました。これより龍禅先生に電話いたしますので、ご確認ください」


 鴨川が疑うような顔で「なに、本当なの」と聞いたので、真剣な顔で両手を突いて「左様にございます」と答えた。


「ちょっと、待て」と鴨川が疑り深い顔で命令して、席を立った。

 郷田の電話を使わずに、社長机の上にある電話を使って、鴨川が気軽な口調で、龍禅と会話を始めた。


 電話を始めてすぐに、鴨川の表情の変化が現れた。本当なのかといわんばかりの表情で、郷田を横目でチラチラ見るようにしながら、会話を続けた。


 電話を切る頃には、難しい顔をして丁寧な口調で龍禅に礼を述べて、電話を切った。


 鴨川が座椅子に戻ると、目を細めて、懐疑的な口調で感想を漏らした。

「にわかには信じられんな」


 武士のような改まった態度で、頭を下げて発言した。

「普段の私の言動を聞いていれば、無理のないこと。私めをお疑いになる気持ちは、わかります。ですが、今回は龍禅先生が証人です」


 鴨川が「とはいってもねー」と素直に郷田の業績を認めなかった。


 あくまでも礼儀正しい態度を心掛けつつ、申し出た。

「無礼を承知で、申し上げます。社長は陰陽道については、素人同然。しかも、霊能力はないご様子。式神の使役は陰陽道の奥義をなす双翼が一つ。軽々しく行える技ではありません。仮に式神を使役しましても、視えない社長に真偽のほどは、確かめようがありません」


 鴨川が頬を引き締め口のへの字に閉ざした。


 頭を少し下げて言葉を続けた。

「もし、私めが式神を呼んで、社長が鴨川家に代々伝わる式神を侮辱するような発言をすれば、どうなりましょう。私は一向に気にしませんが、相手は神。いかなる災いが起こるやもしれません」


 鴨川が不快な顔を隠さず、率直な感想を口にした。

「君が畏まると、どうも嘘臭くて、堪らないんだよな」


 嘘臭いと指摘されても、郷田は時代劇口調のまま言葉を続けようと決めた。

 このままいけば、社長を押し切れる自信があった。きっと、『裸の王様』の仕立屋も、こんな気分だったのだろう。


「こればかりは、信じてください、と申し上げるしかありません」


 御伽噺の王様なら騙せたかもしれない。されど、叩き上げの社長は「わかった」と口にしなかった。


 代わりに、鴨川が腕組みして眉を少し上げ、横を向いて言い放った。

「信じてくださいって言葉は、政治資金を借りに来る議員から、よく聞かされる言葉なんだよな。ワシに式神は視えないかもしれないか、ここにやって来る議員と君は、とてもよくダブって視えるよ」


 黙って頭を下げて、沈黙戦術に出た。あえて口を開かなかった。

 鴨川のところ来た議員は、ここから雄弁に話して失敗したのだろう。現状では黙るに限る。黙っていれば、もう一息で鴨川は落とせる確信があった。


 十秒ほど経過した。鴨川が軽く膝を叩いて、いつもの顔に戻って決断した。

「わかった。証人もいることだし、とりあえず、暫定的に信用しよう」


 作戦は成功した。郷田は笑みを出さないように気を付けながら、発言した。

「ありがとうございます。それでは、今日中に経理係長に振込みをするように指示をお願いします」


 鴨川が顔を顰めて、軽い口調で口にした。

「約束だから、振り込むけどさあ。最後に、そういうセリフがポロって出るところが、怪しいんだよな」

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