第32話 第六章 式神とはなんぞや(六)

 男は勝手に一人で愚痴を話し始めた。

「最近は氏子が減ってきたためか、主に捧げられる供物が、年々減ってきているのよ。そのためか、ワシのように位が低い者が、ご相伴に与る場面も、めっきり減った。別に主人を批判しているわけではないよ。こればかりは、時代の流れだからね」


 男は酒が回ってきたせいか、口調が段々崩れてきていた。

 男がちょっと面白くないといった顔で、少し身を乗り出して教えた。


「ここだけの話だけどね。最近は上役、とはいっても、天手力雄神あめのたぢからおではないよ。もう少し下の管理職がね、氏子を増やせ、供物を持って来い、って、うるさいのよ」


 頭の中が「?」となった。どうやら男は、鴨川の使いではないらしい。ないらしいが、饗宴として出した物を下げる行為は男らしくない。それに、話は面白くなりそうなので、黙って相槌を打って聞いた。


 男が酒を口にしながら、しみじみと語った。

「大変だったよ。鴨川の子孫で金を持っていそうな人物を見つけて、親孝行するように諭したでしょ。ボロボロになった本を、どうにか気付かせたでしょ。本を修復させるように仕向けたりもしたよ。昔なら、こんな努力しなくても、陰陽師が駆けずり回って努力したんだけど。今は駄目だね。こっちから手を差し伸べてやらないと」


 男は「自分は神様だ」と発言している。普通なら信用できないが、郷田も酔っていたので、普通に受け入れた。鴨川新影流を新に復興させようとしていた黒幕は鴨川ではなく、目の前の神様だった。


 龍禅は長い修業を積まなくても、式神から頼んでくれは別と教えてくれた。ならば、今回のケースでは式神修得は可能だろう。可能だろうが、納得できない点もある。


 抗議するような口調で尋ねた。

「もしかして、貴方がすぐに出てこなかった理由って、供物を大量に提供させるためですか。いくら、供物が欲しいからといって、十五回も儀式やらせる行為は、いささか多くないですか」


 男が少し渋い顔で言い訳した。

「そう、絡むなよ。ワシにだって、部下がいるのよ。上司にだけ納めて部下に配らないと、「上にばかりいい顔して」と悪評が立つのよ。部下が拗ねるのよ。そうして、部下に配ったら、今度はワシの分がないわけよ。やってられないよ」


 男が酒に酔った赤ら顔を少し顰めて、説教してきた。

「十五回が多いって言うけどね。多くないよ。お前は少なくとも、四回は死にかけているでしょう。その度に、天手力雄神の麾下の誰かが、手を貸しているんだから」


 指摘されれば、危機に曝された時に、誰もいないのに誰かの声を聞いた経験は何度かあった。


 普段なら危機を乗り切った過去を、神様のおかげとは思わない。だが、酔っていたせいで、感激しやすくなっていた。

 郷田は目の前にあった物を横にどけ、座っている位置から一歩下がった。


 平身低頭して礼を述べた。

「そうでしたか、ありがとうございました。また、今まで何のご恩返しもできず、すいません。これからは天手力雄神と麾下の方々を篤く敬います。また、節目には感謝の気持ちとして供物を捧げます」


 酒の力とは凄いものだ。普段なら絶対に出ないような殊勝な言葉が、口からスラスラと出た。


 男は納得した顔で、残りの酒を全部ざっと注いで飲んだ。

 男が立ち上がって、堂々たる表情で宣言した。

「よし、俺は、素直な人間は好きだよ。お前の態度、実に気分がいい。ワシがお前の式神になってやろう。名を付けろ」


 威勢よく提案した。

「俺がシャイニング・マスク一号なので、シャイニング・マスク二号でお願いします」


 名前を聞いた途端に男が「それはない」とばかりに苦笑いした。

「その名前の付け方はないよ。普通は、なんとかかんとか主・尊・王・君とかだよ。シャイニング・マスクって、聞いた覚えがないよ」


 マスクを見せれば気に入ると思った。

 金のマスクを買った時についてきた銀のマスクを差し出して頼んだ。

「シャイニング・マスクの名前に拘りがあるので、ぜひ、二号をやってください」


 男が銀のマスクを見ながら半笑いで答えた。

「いや、しかし、これはないな」


「よし、では、こうしましょう。シャイニング・マスク二号をやってくれるなら、特典を付けましょう」


 台所に行って残っている新鮮用の食材を全部すっかり持ってきて、男の前に置いた。

 米二十キロ、日本酒四合瓶が四本、干し昆布十枚、勝栗五百グラム、干し鮑十個、干し鯛三枚、鰹節三本、海苔三十枚、バナナ三房、林檎十個、ミニトマト三パック、小松菜三株、塩五百グラム。饅頭三つ。


「どうです。シャイニング・マスク二号になってくれるのなら、これ全部、貴方に差し上げます」


 男は目の前に詰まれた貢物を前にしても、まだ躊躇った。

「これ全部、いいの。でもなー」


 もう、一押しだと感じた。「なら、これも付けましょう」と格闘技DVD十二枚セットとDVDを再生できるゲーム機を置いた。

 男が「これはないだろう」と言った顔で「ゲーム機とDVDを貰ってもね」と感想を述べた。


 まずいと思い、「ここから本番ですよ」と、すぐに貢物を追加した。

 素面なら絶対に出さなかったであろう、福引きで当てた高級ウィスキー一瓶。実家から送ってきた、梅を漬けて置いた梅酒八リットルを追加した。


「ウィスキーは二十年物です。梅酒の梅は、紀州の南高梅を使っています。どうです、中々でしょう」


 男がウィスキーと梅酒の瓶を交互に持って、とても興味を示していた。いけると、思ったので、さらに押した。もう、完全に深夜通販のノリだった。


「今ここで了承していただけるのなら、後日になりますが、白餅二升と酒二升を天手力雄神にお供えします。どうか、主の天手力雄神のためにもシャイニング・マスク二号を引き受けてください」


 主人のためと言われたためか、男は大きな声で決断した。

「わかった。そこまで言うなら、ワシは今日からお前の式神シャイニング・マスク二号をやるぞ」


 郷田は拍手喝采した。突如、目の前が暗くなり、目を覚ますと、朝だった。

 二日酔いのせいか頭が痛かった。儀式をしていたリビングには日本酒の空き瓶が六本あった。とても、郷田が一人で飲める量ではなかった。


 明らかに誰かと飲んでいた形跡だった。夢かと思ったが、台所に行くと、まだあると思った米や酒類が、そっくりなくなっていた。DVDとゲーム機は残っていたが、いつのまにか壊れて使えなくなっていた。


 もしやと思って、シャイニング・マスク二号の銀のマスクを探すと、見つからない。

 どうやら誰かが訪ねてきた明け方近くまで飲んでいた事実は、間違いないようだった。その後、相手に気前よくごっそりとお土産を持たせたらしい。だが、飲みすぎのためか記憶が曖昧だった。飲んだ相手が誰だったのかが、思い出せない。


 記憶を呼び戻そうとすると、思い出した。

「そうだ、白餅二升と酒二升を買ってきて、供えなきゃ」

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