第26話 第五章 霊能式猿拳 対 筋力特化陰陽道(五)

 壱の仲間と白虎の先生が壱の周りに飛んできた。

 弐がすぐに抗議の声を上げた。

「お前、これ。除霊じゃないだろう。暴行だろう」


 つまらないクレームを付けて来るやつだ。

 弐と参を見るが、襲ってくる気配はなかった。

 どうやら「ふふふ、壱は、我ら三人の中では一番の小物」的な展開は、ないらしい。


 おそらく、壱が負けると思わなかったので、替えの選手を用意しておかなかったのだろう。


 郷田は腕組みして力強く宣言した。

「失礼な。これぞ、新式鴨川新影流陰陽道・兜割り陰の型」


 相手が絶句したので、良い気分で講釈を垂れた。

「兜割りとは、面や兜に憑依した悪霊を、憑依した物体ごと破壊して除霊する術。兜割り陽の型なれば、人畜無害で憑依した物体だけを破壊する行為が可能。ですが、某はまだ修行の身ゆえ、陰の型しか使えなんだ。ああ、残念」


 納得せずに弐が異を唱えた。

「そんな陰陽道の術を聞いた覚えがないわ」


 郷田は相手を見下すように言い放った。

「貴方の知る陰陽道とは、いわゆる知恵を主体とした古い陰陽道。力を主体とした新式については、無知と見える」


 弐がまだ何か言おうとしたが、白虎の先生が先に口を開いた。

「面からだけでなく、この地より狒々の気配が完全に去った」


 弐が驚いた様子で振り返ってから辺りを見回すと、黙った。

 どうやら、白虎の先生は、もう悪あがきは無駄だと悟ったらしい。かなり、物分かりがいい。


 龍禅が綺麗な動作で立ち上がって告げた。

「それでは、白虎の先生。除霊が済みましたので、これにて失礼します」


 龍禅が現場を立ち去るので、一緒に後にした。

 依頼人の家の中に入って、活躍を主張して報酬を受け取る真似を龍禅はしなかった。真っ直ぐ、帰りの車に乗った。龍禅の態度に一切の未練が見えなかった。


 郷田は不審に思ったが、理解した。龍禅は、やはり切れ者だ。龍禅は今回の件は両建て構えにしていた。


 郷田と壱が戦うに当たって、裏で白虎の先生と賭けをしていた。

 郷田が勝てば、配当を白虎の先生から貰う。負けたら、郷田を追い出して厄介払いをしつつ白虎の先生に花を持たせる。勝負がどっちに転んでも、龍禅は全く損をしない絡繰りだ。


 おそらく、途中で追加ルールを出した理由も、勝てないと予想していた郷田が勝てそうになったので、配当狙いに変えて、より美味しい展開を誘導したのだろう。


 勝負が始まってからのルール変更は、汚い。とはいえ、内情を知らない白虎の先生は、用心棒の壱が倒された。


 壱が倒されれば、白虎の先生の身を守る人間はいない。異議を唱えても、龍禅が命令すれば郷田に暴力を振るわれると、恐怖したのだろう。


 龍禅のやり方は、汚いと思う。とはいえ、霊能者同士では、普通の駆け引きなのかもしれない。


 郷田は龍禅に尋ねた。

「もしかして、龍禅先生、俺に賭けていました?」


 龍禅は涼しい顔で発言した。

「なぜかしらね。途中から、郷田君なら、行けそうな気がしてきたわ。完全に、勘だけどね。懸けてみようと思ったわ」


 やっぱりだ。性格が悪いとは思ったが、当りだった。でも、少しすると性格は悪くてもいい気がした。


 恋人の性格が悪いのは嫌だが、龍禅は恋人ではない。恋人にするなら、ケリーだ。

 龍禅はビジネス・パートナー。ビジネス・パートナーなら、利に聡くて有能な人間がいい。


 流れによっては、鴨川との間に入ってもらわねばならない。龍禅くらいでないと鴨川と渡り合えないだろう。龍禅とは利用して、時には利用される関係だ。


 プロ同士が騙し合うのなら黙認するが。素人を騙そうとしたら、止めればいい。

 止めようとした時に、ただの慾ボケなら、郷田の発言に耳を貸さない。けれども、頭のいい人間なら、郷田に利用価値がある間は、郷田の発言を無視はできない。対等な関係が、ここにある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る