第22話 第五章 霊能式猿拳 対 筋力特化陰陽道(一)

 除霊は終った。評価はどうなかったか、全然わからない。依頼人がそれなりに満足したので問題ないと思った。


 三日後の給与の振込日にきちんと給料が振り込んであった。鴨川が給料日に給料を支払ってくれたから、評価は問題なしだ。


 近藤の事案で思い知った。祭文は大事だ。なにせ、きちんと読めれば、それなり格好が付く。


 鴨川は欺けないかも知れないが、素人には絶対わからない。これからも実習に行くかもしれないので、祭文は勉強しておこう。


 独学の時間になると、ケリーが上目遣いに頼んできた。

「郷田さんが読んだ祭文、ケリーも読んでみたいです。ただ、漢字がまだ読めないです」


 祭文に使われる漢字は、日本人でも読み辛い。祭文の元になった文章は、難読漢字クイズのテキスト文かと思ってしまうぐらいだ。


 ケリーが少し下を向いて恥ずかしそうに言葉を続けた。

「祭文は神様に捧げる言葉だから、間違えるわけにはいきません。内容もとても重要だから、読み上げる以上は、間違わないようにしたいです」


「任せておけ」と、ケリーの頼みを二つ返事で聞いた。

 祭文を全部、平仮名表記にした文章を作成した。

 祭文はバインダーに用途毎に分けて閉じて、インデックも付けた。ここまで丁寧な作業は、大学の授業でも一切した覚えがなかった。


 ケリーが飛び上がらんばかりに喜んでくれた。喜んでくれたので、一緒に曲も作ろうと提案すると、ケリーも同意してくれた。初めて知ったが、ケリーはエレキ・ギターが引けた。


 エレキ・ギターなので、曲はロックやメタル調にして作った。ロックやメタルの曲だと祭文の韻と合わない。なので、祭文の内容を英語の歌詞に変えた。

「ケリーって、ギター上手いね」と褒めると、ケリーが得意顔で教えてくれた。

「当然です。私はプロなのです。私は、作った曲を売って生活費を稼いでいます」


 いつも龍禅の家にいるケリーが、どうやって生活費を稼いでいるかの謎が解明された。ネットを使えば、日本にいながらアメリカやイギリスのミュージシャン相手にも商売ができる時代だ。


 瞬く間に一週間が過ぎた。中々、乗れる歌が創れてきた。

 ケリーがエレキ・ギターを弾くなら、郷田はドラムを叩こうかと、密かに悩んだ。

 二人で盛り上がっていると、部屋の襖が大きな音を立てて開いた。現れた龍禅は、いきなり「煩いわよ」と怒鳴った。


 龍禅はケリーと楽しい時間を過ごしていると、いつも邪魔しにやって来る。とはいえ、立場上は先生なので、従わなければいけない。龍禅におかしな報告をされると、給料に響きかねない。


 素直に詫びを入れた。

「すいません。やっぱりボロ屋だと、音漏れが酷いんでしょうか。クーラーもない家なので、窓を開けた行為が余計まずかったでしょうか」


 龍禅が顳顬(こめかみ)を引き攣らせて発言した。

「家が古くて、悪うございましたね」


 ケリーがフォローしようと、あたふたしながら、取り繕った。

「古いのは悪くないですよ。家の座敷には妖怪が出そうです。お風呂場も、心地よい隙間風がよく入ります。庭は夜になれば人魂が出そうなところがいいです」


 龍禅が怒らないように、そっとケリーに告げた。

「ケリー。それくらいで、やめたほうがいいよ。いくら本当の内容でも、気を悪くするよ」


 龍禅が目を吊り上げて「聞こえているわよ」と発言した。


 郷田が下を向くと、龍禅が指示をした。

「ケリーは、出ていってくれる?」


 沈没する船から逃げる鼠のように、ケリーが部屋から素早く出て行った。


 龍禅が面白くないといった顔で切り出した。

「次の依頼が来たわ。三日後に除霊をするわ」


 急だ、急すぎる。不満を隠さすに告げた。

「早過ぎますよ。前回の依頼から二週間も経ってないですよ。もう、年末までゆっくりしましょうよ。次の仕事は、冬のボーナスの査定前にしてください」


 龍禅が半分呆れた顔で言い放った。

「まだ七月よ。いったい、いつまで、遊んでいる気なのよ」


 正直に申告した。

「いつまでも、こうしていたい気分です」


 龍禅が即座に否定的な顔で意見してきた。

「そんな都合の良いようにはいかないわ。私たちの仕事は依頼があったときに、手が空いていたら、受ける態度が基本よ。ないときは全くないけど、立て続けに来る状況もあるのよ」


 龍禅が一度、言葉を切ってから、きつい口調で切り出した。

「これは郷田君のためでもあるわ。本気で陰陽師を目指すのなら、今回の依頼は避けては通れない。前回は危険度がない除霊だったけど、次は危険なのよ。本当に怪我するかもしれないわ」


 郷田は気楽な気分で茶々を入れた。

「またまた、そんなに脅かして」


 龍禅が真剣な表情で警告してきた。

「脅しではないわよ。次は危険だから、ケリーは連れて行かないわ。今回の除霊は、悪霊なのよ。二人とも憑依されたら、さすがの私でも、手に負えないわ」


 いい加減な内容を口にしていると思った。悪霊なんて、いるわけがない。


 龍禅が注意事項をきつい口調で伝えてきた。

「注意事項は二つあるわ。一つは、悪霊に名前を知られてはいけない。二つ目は、顔を見られはいけない。現場では本名を名乗らない。顔を面で隠しての作業になるから」


「仮面パーティみたいなものですか? 俺、タキシードとか、持っていないですよ」


 龍禅が怖い顔で怒鳴った。本気だった。

「ふざけないで、郷田君。今回の相手は危険なのよ」


「わかりました。俺も本気でやります」

 たとえ、本質は馬鹿馬鹿しい作業でも、本気の人間に付き合うなら、本気でぶつかるのが礼儀だ。


 馬鹿馬鹿しい行為をふざけて行う態度ほど見苦しい行為はない。本気だからこそ、笑いも取れば、客も沸くというものだ。

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