第11話 第三章 陰陽師になりたくて(一)

 龍禅に通された部屋は、日本に家屋には似合わない、ソファーとテーブルがある普通の応接室だった。

 龍禅と郷田の前に、紅茶の入ったカップとスプーンが置かれた。


 ケリーは紅茶を置くと、入口に立ったまま、出ていく気配がなかった。明らかにこれから何が起こるか興味津々の様子だ。


 龍禅も「下がれ」と命じないので、龍禅とケリーは気心が知れた仲なのかもしれない。

 龍禅が紅茶に口を付けずに、黙って郷田を見つめていた。逆睨めっこ第二戦かと思った。今度は相手の手に乗らず、黙って紅茶を飲んで、龍禅の出方を待った。


 龍禅が冷めた顔で、どこかうんざりしたような口調で口を開いた。

「郷田さん、でしたか。貴方は私をインチキ霊能者だと思っていますね」


 郷田は顔には出さなかったが、心の中で笑った。人の心を読んだように見せかける。ありふれた手だ。郷田は悠然と構えて口にした。

「正直にいいますと。そうです。信用していませんね」


 龍禅がスプーン柄の端を持って水平にした。三秒も経たずに、スプーンの匙の部分がポトリと地面に落ちた。


 龍禅が冷めた顔で、つまらなさそうに発言した。

「こういうのがお望みですか?」


 なるほど、疑う相手に手品を見せて、まず信じさせようとの魂胆か。


 龍禅が表情を変えずに静かに発言した。

「手品ではありませんよ」


 手品ではないと発言するからには、絶対に見破られない自信があるんだろう。相手の得意の土俵で戦うのは不利だ。


 郷田は真面目な表情を作って、クールに言い返した。

「では、俺も見せましょう」

 龍禅がどこか余裕のある表情で「へー」と発言した。


 郷田は財布を開けて、五百円玉を探した。だが、JRの切符を買った時に使ったので、なかった。代わりに千円札を取り出した。

「では、これを五百円玉、二枚に両替してください」


 余裕の篭った龍禅の顔が「エッ」と歪んだ。

「さあ、両替を」と迫ると、龍禅が青い友禅の財布を開けて小銭を探した。


「百円玉なら、あるけど、五百円玉は、ないわね」


 ケリーも兎のプリントがついた、白い皮財布から小銭を探す。

「五百円玉はないですね。五ポンド硬貨なら、ありますよ」


 五ポンドがいくらかわからないので尋ねた。

「五ポンドって、日本円でいくらですか?」


 ケリーが記憶を辿りながら答えた。

「確か、両替したときには、一ポンドが百七十三円でしたから、八百六十五円になりますね」


 郷田は財布の中から小銭を出して数えた。

「八百六十五円かー、八百六十五円は小銭がないな。ケリーさん、百三十五円お釣あります?」


 ケリーが財布の中身を確認しながら、残念そうに答えた。

「十円玉と五円玉が足りません」


 三人で小銭探しをしていると、龍禅が素に戻って尋ねてきた。

「郷田さんは、いったいなにがしたいの」

「両替はいいです。なんか、空き缶、一つください」


 龍禅の「いいですって、どういう意味ですか?」の言葉が聞こえたが、スルーした。ケリーが「わかりました」と部屋を出て、すぐに、百九十グラムの紅茶の空き缶を持ってきた。


 郷田は缶を右手と左手で挟むと「エイ」と力を入れて潰した。

 目をパチクリさせる龍禅の前に、潰した空き缶を置いて発言した。


「どうです。貴女はスプーンを曲げたが、俺はスチール缶を潰せますよ」

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