第9話 第二章 陰陽師ってどうするの(四)

 読めない日本語の本を読む。辛く厳しい日々が始まった。コンサルタントに会う前に、陰陽道に何が必要かを調べていく。陰陽師のコンサルタントなんて聞いた覚えがない。


 おそらく、怪しい人間に違いない。何も知らなければ、無知に付け込まれて、高額なゴミを売りつけられる危険性がある。


 騙されたくはないし、ゴミに大金を払わせては、鴨川に申し訳がない。

 鴨川は陰陽師に対して本気だし、就活地獄に落ちた郷田を拾ってくれた人間だ。郷田以外の人間の悪意からは、守られなければいけない。


 三週間を掛けて、どうにか読み切った。こんなに努力したのは、センター試験以来だ。


 陰陽師にそれらしい服装があるみたいだが、本格的に揃えると、郷田の給与三ヶ月分くらい軽く行く。なので、衣装は鴨川の要請があるまで着ないと決めた。


 それに陰陽師の服装は合点がいかなかった。DVDや漫画において陰陽師は悪霊や妖怪と戦う職業。なのに、なぜあんな動きづらく、洗濯もしづらい平安貴族の格好なのか理解できなかった。あれなら、普段着の綿のパンツとシャツのほうが、まだ動きやすい。


 他に必要なものは、呪符を書く紙と筆、紙を切る小刀くらいだった。昨今、刃物に関する規制が強くなっているので、小刀は百均で売っていた鋏に変更した。


 筆は高い物だと、給与一ヶ月分以上する物もある。墨と硯が加われば、馬鹿にできない金額になる。なので、こちらも百均で筆ペン一本を買って間に合わせた。


 和紙は練習用に使うので、五百枚入りを、近くの文房具屋で買ってきた。結果、和紙が一万五千円で、紙が一番高かった。他に必要なものがあれば、必要になった時に買えばいい。


 あとは、呪符を覚える練習をし、祭文と呼ばれる呪文を覚えようとしたが、学習はさっぱり進まない。というか、これ、本当にお手本を見ないで書けたり、なにも見ないで流れるように唱えられたりする人間なんて、いるんだろうか。


 寺の坊主だって、カンペを見ながら経を読む時代だ。陰陽師がノートを見ながら祭文を唱えてもいいだろう。


 そうして、しばらくすると、鴨川から電話が入った。

「知り合いの社長が使っている霊能者がいるんだ。陰陽師にも詳しいようだから、コンサルタントとして入ってもらう。さっそく会いに行け。名前は龍禅巌りゅうぜんいわお先生だよ」


 なんか霊能者の先生というと、胡散臭く感じる。どんな奴だと聞いても、知り合いの紹介なら、鴨川は悪くは言えないだろう。なら、聞くべき点は、一つだ。

「社長、ちなみにコンサルタント料って、おいくらですか」


 鴨川が不承不承にといった具合で教えてくれた。

「君には関係ないよ。でも、また教えないと余計な言葉を口にするかもしれないから、教えるけどね。金は要らないっていわれたよ」


 タダより高い物はない。絶対に詐欺だ。

 この手の詐欺師は三種類いると、大学の霊感商法講座で習った。


一・実績をちらつかせて、最初から多額の金を要求してくる。

二・小さな要求を何度も出して、トータルで大金を持っていく。

三・最初はタダだといっておいて、後から大金を吹っ掛けてくる。


 鴨川は三のタイプに引っかかった。これは、鴨川を守らなければいけない。

 文化事業で働かない社員を一人ぐらい雇っても、損失は、たかが知れている。だが、悪徳霊感商法に嵌ったら、下手をすると会社が危ない。


 別段、愛社精神はない。だだ、《カツの新影》には、従業員三百人の生活が懸かっている。悪徳霊感商法により三百人の生活が犠牲になるのは、我慢ならない。


 それに、俺は《カツの新影》のロースカツ定食が好きだ。霊感商法で会社がおかしくなって、下手なコスト・カットで味が変わっては、堪らない。


《カツの新影》が美味い理由は、肉の旨味と油の旨味だ。特にロースカツは脂身が多いのに、脂身が臭くない。否、脂が香るカツだ。


 独自の脂身のある豚を育てるために、豚は特殊な飼育法を使用している。絶対に、肉の質を落としたら、《カツの新影》の味が出ない。


 あの、ロースカツ定食の味を守るために戦おう。

 龍禅の家は街中にある《カツの新影》本社ビルと反対方向にある。郷田の家からだと、JRとバスで四十五分なので、それほど遠くない。


 龍禅の家には文化事業部の人間としてスーツを着ていくべきか、迷った。文化事業部の人間ならスーツが正しいが、陰陽師として出向くなら、スーツはおかしい気がする。


 文化事業部か陰陽師かで迷ったが、普段着にした。相手は霊感商法の親玉だ。ひょっとしたら、喧嘩になって用心棒みたいなのが出てくるかもしれない。動きづらいスーツでは勝てないかもしれない。


 いざ、戦場へと意気込んで家を出て、龍禅の元へ向かった。

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