第一編:学内選抜戦技大会

赤と白の学園生活

第1章1 嗚呼、素晴らしき劣等生




 シオウとリッドが入学したのはルクシャード皇立学園――――――より正式には、ルクシャード皇国皇帝私立学園。



 古くより実力と良い気質を尊ぶ傾向のある国とはいえ、つい近代まではこの手の学校機関といえば、貴族の子息など身分の高い子供しか通えないところだった。

 しかしルクシャード皇国の当代皇帝が今からおよそ12年前、広く学びの機会与えるべしと鶴の一声を発したのをきっかけに、身分に関係なく入学できるよう制度を整え直し、一般者向けの入学試験が設けられた。



「…… “ そのお考えには、友好国の第一王子が誘拐されたという17年前当時の事件に御心を痛められたことも少なからず関与していると思われ―――― 」

 不意に、仰向けで寝転がっていた生徒の両手より本が取り上げられる。

 ページ数の少な目な小冊子を、取り上げた生徒が片手で裏表反転させ、続きを読み上げた。


「 ――――次代を担う子供らを、より有益な若者へと育み、また降りかかる困難を乗り越えられる強さを身に着けさせるべし、という当時発せられた声明からは、友人への悲しみと同情の念が感じられる ” ……って、まーたこんな小難しいのを読んでんのかシオウ?」

「……リッドか。まだ途中なんだ、返してくれ」

 リッドと呼ばれた黒濃い赤髪の少年は、両肩をすくめながら再び本を反転させると、取り上げられたままの姿勢で待機していたシオウの両手に本を戻す。

 するとちょうど表紙が目についた。


「皇室官報誌……しかも最新のとか、本当に本ならなんでも読むんだなシオウは」

 官報誌は、言うなれば国民に皇帝の近況報告であったりその仕事を賛美したりするような内容の雑誌だ。

 要するにこの国のリーダーはちゃんとやってるよー、というアピールやプロパガンダの一環である。

 しかし、現状ではほとんどの人が見向きもしないし、わざわざ手に取って読むこともない形骸化した官製不定期刊行物でしかない。


 別にルクシャード皇帝が国民に不人気というわけではない。

 人々はそんなものを読まなくても知っているからだ、皇帝陛下がこの国をよく治めてくれている御方であるという事は。


 一方で雑誌を発行する部署も、官製品の定期作成という事で半ば惰性化してしまっている。そういう部署でそういう仕事だから、というだけで発刊し続けているだけで、内容も気張ってどうというほどのものはない。

 今では皇立の図書館でさえ、パンフレットと同列の棚に置くレベルであった。


「でも昨日は百科事典読んでたろ、分厚いの。あれはどうしたんだ?」

「読み終わったよ。図書館借りだったからな、返却しないといけないし」

「…アレ、1200ページくらいなかったか? 相変わらずでたらめな読破スピードだな-」




 シオウとリッドが学園に入学して、ちょうど1年が経過しようとしていた。


 それは二人が同級生として互いを知るにも、学園にそれぞれのスタンスで馴染みきるにも十分な時間。一般からの入学であったが、二人はすっかり学園の生徒になっていた。


「でだ、また講師陣が探してたぜ劣等生・・・?」

「ん。……わかった」

 しかしリッドは理解している。シオウがわざと劣等生に甘んじている事くらい。その理由は不明だが、リッドとしてはその事にあーだこーだ言うつもりはない。

 シオウも、リッドには悪意もないし、過度にこちらの領域へ踏み込む気がない事を見透かしている。


 だから寝っ転がっていた身体を素直に起こし、開いていた本を閉じた。呼び出しのお使いを頼まれた同期の労には応えなければなるまい、といった風に。



「しっかし、お前いつもココにいるな。変わってるよ」

 リッドは周囲を見回す。ここは学園の敷地内でも一番辺鄙へんぴな場所だ。

 かつてこの場所にあったという古代ルクシャード王城。いまでは崩れた壁の一部などを残すだけの寂しげな城跡だ。


 かつては中庭であったと思しき場所の、芝生を生やした小さな盛り上がり。そのてっぺんに生えた一本木の根元。

 シオウは大抵、この場所で寝転がって本を読んでいる。彼を探してこいと言われた時はとりあえずここに来れば十中八九居るのだから、探し出すのは容易だ。


「人が少ないし落ち着く。それに静かで穏やかなのがいい」

 確かにこの近くには何か有意義な施設があるでもなく、ほとんどの生徒にとって何らかの通り道にすらならない。

 進んでこんなところに来る生徒はシオウくらいなものだろう。


「はははっ、まるで老人みたいだぞ、それ」

「そうか? ……まぁ、のんびりした空気は嫌いじゃないし、別にいいさ」


「(いや、老人っていうかなんかこう……達観してる感じなんだよなシオウは)」

 年齢は同じのはずなのに、この学園の生徒達の何段階も先を生きているような落ち着きがシオウにはある。

 当初こそ遠目には可愛らしい女子にしか見えなかったが、この一年でシオウという同期の男子生徒が、普通ではない何かを持っているとリッドは思っていた。


 それは忌諱する類ものではない。むしろワクワクする。



「よっこらせ…と。じゃ、ちょっと説教もらいに行ってくる。面倒だけどな」

「そう思うなら真面目に授業受けて、成果出ばいいじゃんか?」

 リッド自身、学園に入学してからというもの、かなり真面目になったと自認する。

 友達と街中を駆け回り、悪戯ばかりしていたのがもう何十年も昔の事ののようにさえ感じるほど、自分は変わったと思っている。


 それは、学園というものがやはり上流階級の品ある生徒が多く通っている場所であるがゆえにヤンチャさを潜め、周囲の雰囲気に合わせてかくあるべし・・・・・・と、己というものを無意識のうちに改めざるを得ないからだ。


 だがシオウは違う。彼は出会ってからこの1年ほどの間、何も自己を変えていない。

 口調・態度・行動と、一切変化なし。環境の変化などどこ吹く風、マイペースを貫いている。


 強いて変わったところをあげるとすれば “ 劣等生 ” に甘んじている点だろう。リッドは入学試験の時の事を思い出した。




――――

――――――――――

―――――――――――――――――――――


『ん、なんだ? 何か質問か?』

 試験監督がそう思ったのも無理もない。何せシオウが手をあげたのは、試験時間のまだ1/3程しか経過していない頃だった。


『えーっと、解答を埋め終えたので……この後どうすればいいですか?』

 その一言で、会場内はざわめいた。


 試験の中身は、様々なジャンルの問題が1枚の試験用羊皮紙に記されていてこれを解くというありがちなペーパーテスト。

 1問1問が一般的な15歳前後の庶民にはかなり難易度の高い問題ばかりであり、必死に勉強してきたリッドでさえ、まだ全体の1/10ほどしか解けていなかった。


『も、もう出来たのか?? …ど、どれ、できたのであれば持ってきなさい。この場で採点し、合否を出すからな』

 監督は言いながら、試験会場内にいる監査官達に順番に視線を送った。

 それはカンニングなどの不正がなかったかを確認する合図。だが全員が首を横に振る。


『どうぞ』

『う、うむ…では見せてもらおう』

 見た目には老練な体育会系の試験監督だが学園では普段、昇級試験作成を担当している。

 今回の試験問題は彼以外が作成したものだが、それでも一目で解答が合っているかどうか解るくらいの頭は持っている。


 そんな彼が、僅か10秒ほどシオウの答案用紙に目を通した後、大きく目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

 他の受験生だけでなく、監査官達もまさかと彼に注目する。


『…ま、満点? 証明問題も計算問題も、…か、解法にもミスは一切ない……だと? こ、この短時間で??』

 再びざわめきだす試験会場。

 今度は試験監督の前でたたずんでいるシオウに注目が移る。あの小柄な女の子(?)が? まさか? インチキじゃないのか?? などとあちこちから驚きの小声があがった。


 結局、監査官の何人かも加わっての丁寧な採点で時間がかかり、シオウの合格通知が出たのは試験時間の半分を過ぎてからとなった。


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――――――――――

――――




「目立つと面倒だ。最低限、卒業できればいいと思ってるしな」

「さよですか。まったくエリート連中・・・・・・が知ったら、嫌味この上ない奴だと思われるぞお前」

 貴族家の生徒達はやはりというかなんというか、一般試験で入学してきた生徒に対してエリート意識剥き出しで見下してくる者が多い。


 だが、そんな彼らが実際に優れているかと言うと、実はそうでもなかったりする。

 ……というのも彼らは家柄などがバックについているため、成績が良かろうが悪かろうが簡単に進級できる。出来なければ体裁が悪くなるので親が学園に働きかけるのだ。


 それに胡坐をかいて勉学を怠っている者は多く、なんちゃってエリートがそれなりの数で蔓延はびこっているのが学園の実情としてある。

 とはいえさすがに成績上位陣は、全ていいとこ出のお坊ちゃまお嬢様達で、しかも本物のエリートたる者たちで占められていて、学園のレベルそのものは落ち込んでいるわけではない。

 そんな一部の真なるエリートの威を借りて、貴族の上流階級の家柄だから自分達も凄いと威張っているダメな貴族ボンボン達。


 リッドも何度か腹を立てた事がある。


 だが、それでも問題となるところにまでは発展しなかった。それは一重にシオウのおかげだ。

 彼がいると不思議と、腹の立つ連中にいきどおる事が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 普段から怠惰で気だるげ、けなされようが悪態つかれようがどーでもいいといった感じで相手にしない。自称エリート達は毒気を抜かれ、劣等生らしい腑抜けだ、とか捨て台詞を吐いて立ち去るのが、連中との摩擦の際の顛末としてパターン化している。


「(もしかしたらシオウがいてくれなかったらオレ、とっくに問題起こして学園から追い出されてたかもしれないなー……)」

 この1年の付き合いで、なんとなくだがシオウという友人の存在が自分の中で定まりつつある。

 何かしてくれそうな、何か隠し持っていそうなこの女子みたいな容姿の男友達。そして毎日何か面白い、刺激的な出来事を起こしてくれそうな期待感を抱いてしまう、そんな友人だった。









「いいですか、シオウさん。この学園のレベルは確かに高いですけどね、もう少し気合を入れてキチンと努力なされば、貴女あなたはもっと成績を伸ばすことができるはずです」

「……はぁ、精進します」

「この半年くらいそればかりじゃありませんか! 本当にやる気はあるのですか? 貴女はこの春で2年になられるのですよ!? 進級試験の結果もギリギリではありませんか。そのような態度では下級生に示しがつかないとは思わないのですか!?」


 ・


 ・


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「お疲れさまです、ネーリ先生。かなりヒートアップしていましたねぇ」

 同僚の教師が、ねぎらうようにお茶を淹れて持ってきてくれたのを、ネーリは首から上だけを軽く傾けて会釈しながら受け取る。

 彼女はまだ新米。半年前にこの学園の教師になったばかりだ。


「まったく、あのむすめは本当に…。あんなにやる気のない生徒が、栄えあるこの皇帝様の学園に一体なんのために入学したのやら」

 ネーリは貴族の出であるが皇帝が示した若者の育成方針に感銘し、自ら教師の道を望んだ者だ。それゆえ念願の教師になれたという事も重なって、その教育熱は教師陣の中でも群を抜いている。



「まぁまぁ、そう肩を張らないで。生徒にもいろいろいますからね、一筋縄では上手くいかないクセある者の一人や二人、毎年の事です。特に一般入学者は家柄ある生徒とは違って皇国全土からやってきますからねぇ、引きこもごもですよ」


「それは、わかっておりますけれど…。私も身分に関係なく学ぶ意志ある生徒には、ぜひ素晴らしい大人に成長してもらいたいのです。なのにあのシオウさんは!」

 ネーリの情熱に対してシオウはまさに天敵のような存在だった。彼女にしても教師になるにあたり、不良生徒の存在は覚悟していた。

 けれどシオウ相手には打てどおだてど、まるで空を舞うシーツを殴っているような虚無感しかない。


「(このままじゃネーリ先生、自信喪失しちまうかなー)」

 熱血になればなるほど、自分の教育指導が効果を成さなかった時の心の折れ方はヤバイ。先輩教師としてはどうにかしてやりたいが、彼もシオウという生徒の手ごわさはこの1年でよく理解していて、良い対応の仕方を知っているワケでもない。


「(うーん、正直打つ手がなぁ。問題起こしてるわけでもないし、…むしろ大人しい生徒だからな。成績以外で態度に問題があるわけでも……まぁ身だしなみは多少問題があるといえば……いや、問題になるようなものでも)」

「どうかしたんですか先生方?」


「あ、フラッドリィ先生、お疲れ様です。いやぁ、ネーリ先生が生徒の事でちょっと悩んでらっしゃるみたいで」

「ほう? ……もしや、シオウの奴ですか?」

 名前が出ると同時に、カッとネーリの両目が見開いた。


「そーです! あのですよ! くううう、あのはホントにもうっ! あんなにカワイイのに不真面目でっ! いくらお説教してもやる気を出してくれないしっ」

「「(ネーリ先生、可愛いものに目がないんだな)」」

 道理でシオウにやたらと突っかかるわけだと、男性教師陣が心中で納得する。


 確かに劣等生で同級全員の中でも圧倒的最下位だが、彼以外にも指導すべき生徒はいないわけじゃない。

 しかしネーリが呼び出して説教するのはいつもシオウだけだ。その謎が解け、同時に軽く呆れる。



「なるほど。まぁシオウに関してはなかなか難しいでしょうな。ただ……」

 そう言ってフラッドリィは自分の教卓をまさぐりだした。上質な木製の机の上に大量に載せられている羊皮紙の束から一枚取り出し、それをネーリに見せる。


「これは…? 入学試験の…え、満点?!」

「ネーリ先生、受験者の名前のところを見て下さい」

「…? こ、これっ、し、シオウちゃん・・・のテスト結果ですか!!?」


「「(ちゃん・・・?!)」」


「え、ええ。それも歴代最速通過者です。去年の試験監督は私でしたからね、そりゃあ驚きましたとも」

 それを聞いてネーリは再度、羊皮紙を舐めるように目を通す。

 問題は決して易しいものではない。だが全問正解は見ての通りだが、さらに解いたスピードも速いとなれば話は違ってくる。


「で、でも! じゃあなぜシオウちゃんは??!」

「さぁ、試験がたまたま分かる問題ばかりだったのか、あるいは入学してみて学園で何か意欲の削がれるような事でもあったのか……まぁ理由はわかりませんがね。ネーリ先生は半年前からですが、シオウの奴は最初からあんなでしたよ」

 つまり入学後からずっと最下位をひた走っているという事だ。


 フラッドリィにしてもなぜなのかは気になっているが、何かあるのだろうと軽く考えるにとどめている。

 教師という立場上、一人の生徒にかかりっきりになるわけにはいかない。




「そ、そうですか。でも、でもやれば出来る娘なのですね、シオウちゃんは!!」

「ああ、それとネーリ先生。喜んでるとこ悪いんですが」


「はい?」


「……男子ですよ、彼―――シオウはね」







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