四場 ひのき舞台


観客の入場前から20番以下の試合が終わるまで、ボクは入場の邪魔にならない場所にマットを敷くと、その上にじっと座っていた。


もうすぐ、『猟奇殺人鬼ゼラン』との一騎打ちが始まる――。


選抜試合で殺されかけて以来、二度目の対決だ。あの時は実力差が歴然過ぎてなにもさせてもらえなかったっけ。


今でも鮮明に覚えている。


神がかり的に有利な状況で、身体能力をフルに使って、最大限の工夫を凝らして、運も抜群に巡っていたのに、それでもまったく歯が立たなかったんだ。


「まさか、ボクの方から挑戦することになるとは……」


あのとき助けてくれたクロムはもういない。


果たして、再びこのゲートを潜ってここに戻って来ることが出来るだろうか。


アルフォンスたちはギリギリまで一緒にいたがったけれど、ボクは覚悟を決める時間が欲しくて放っておいて貰った。


別れも言ってない、縁起でもないからね。


ティアンは気を回してくれて、今朝も普段通りに振舞ってくれていた。今頃、心配を掛けているだろうな。


コロシアムの音が聞こえる――。


目をつぶってみたり、寝そべってみたり、小心者のボクが押しつぶされてしまわないように、会場の空気に自分を慣らした。


待機中の看守や入場前の闘士たちが、ゴロゴロしているボクを珍しそうに見ている。


祭日の今日はフォメルス王のアナウンスも好調で、会場はよく盛り上がっている。

王自ら盛り上げ役をやる必要もないだろうに、自分も注目を集めたいのだろう。


発声ができているから適任だとはいえるけど。


ああ、いつだってステージに上がるのは怖い。歓声の大きさに臆病なボクが萎縮したらどうしよう、『用意してきたシナリオ』を上手く演じ切ることができるだろうか……。



寝転がって腰を捻るとやりすぎなくらいの柔軟体操をする。


ゼランは反対側のゲートからの入場だ。それは都合が良い。


今日はまだ顔を合わせていないけれど、連日『収監された先で、生きた女の生皮を剥げるとは思わなかったぜ』と、上機嫌な様子だったのできっと約束通りの装備だろう。


もともとが肉屋の主人だからな、さぞや丁寧に皮を剥ぐに違いない。


「……うぅ」


せっかく温めた体から血の気が引いていく、約束を破って悪いけど負けたら自殺も辞さないつもりだ。



「17番、入場しろ!」


看守が出番を教えてくれた。


立ち上がると手足が震えた。武者震いなんて格好の良いものじゃない、単に怖い。


ボクは背伸びをして声を出した。


「アーーーーーーーーッ!!」


闘士の雄たけびなんて聞き飽きているだろう看守たちが、ボクの大声に驚いてる。


それは自分を鼓舞するための雄たけびではなく正しい発声、押しつぶした音ではなく澄んで響き渡った。


喉の調子は良好。


その声に反応してゲートの外ではボクの登場前にフライングぎみの大歓声が起こる。


「はい! 握手!」


ボクは有無を言わさぬ催促で、取り囲む看守達の一人一人とガッチリとした握手を交わして行く。

別段親しくもない看守たちは戸惑いながらもそれを拒否したりはしない。


一人が手を握ってくれる度、運気を分けてもらえるような気がした。

錯覚だろうけど、それで勇気が湧くなら儲けものだ。


「行って来る!」


元気よく宣言した。


「お、おう、頑張れよ!」


囚人を贔屓しない決まりの看守の口から声援が発せられた。


よし、いつもゴミ同然に囚人を扱っている看守から可愛い部分を引き出してやったぞ!


ボクは笑顔で入場ゲートを潜った。



大歓声が叩きつけられて肌が振動する。委縮するな、集中力を高めろ、肩の力を抜け、ここがボクの正念場。


約束通り、ゼランは戦槌を一本構えて広いコロシアムの中央に待機していた。


――よし、第一段階はクリア。


ボクは真っ直ぐに歩み寄って行く。


王の名調子がボクを紹介しているけど、緊張であまり耳に入って来ない。


頂点を取ると宣言した女剣士が、名だたる剣闘士を葬った魔獣の首を落とし、ついに上位へと手を掛ける!


とか何とか、観客を盛大に煽っているのがぼんやりと聞こえた。


本当のボクはヘタレだけど、舞台上のボクはハッタリが効いているな。


ボクはこのコシアムの『花方(はながた)』。そして対戦相手は巷で有名な大量殺人犯、実績もたしかな『実方(みがた)』だ。


注目の一戦になる。



ボクはゼランの間合いの外で立ち止ると、相手を挑発するかのように笑みを浮かべた。


ボクの姿を見たゼランの表情には戸惑いが浮かび、客席からはどよめきが起こる。


ティアンはまだ普及していない最新の武器と言っていたし、洗練されたデザインが武骨なものよりボクに似合うだろう。


ゼランの顔面が怒りに染まる。


「てめえ、騙しやがったなッ!!」


今更、おまえにそんな言葉を吐く資格はないんだよ。


ボクはレイピアを華麗に抜き放つ。見栄えの良い抜き方を、闘い方より入念に練習して来た。


女剣士の華麗な振る舞いに客席は湧き上がる。


左手には盾ではなく短剣を装備、レイピアとダガーの二刀流だ。


ボクは声を張って叫ぶ。


「無差別大量殺人犯、ゼラン!! 善良な市民である、か弱き女性や子供たちを、歪んだ欲求の捌け口に残酷な手段で殺した蛮行、ボクは絶対に許さない!!」


烈迫の気合を込めた口上が響き渡りると、客席が興奮のるつぼと化す。


「そうだ! その外道を許すな!」「やっちまえ!」「イリーナ! 結婚してくれ!」


全ての歓声がボクへの声援に集約した。


「だけど、結婚はしない!!」


プロポーズを力強く断ると、場内に笑いが巻き起った。


客をいじって笑いも提供していく、冗談を拾われた彼も悪い気はしてないはずだ。



歓声一色の雰囲気、たまらずゼランが叫ぶ。


「おい! コイツは俺を騙して、卑怯者だ!」


事前に用意してきたボクと違ってセリフが纏まってない様子。


それにゼランの声は戦場で号令を出したり、大観衆に向けて語ってきたフォメルス王とは違う。

対面の相手を騙したり、恫喝したりする使い方に慣れた発声ではこの大歓声を割って客席に届けることはできない。


正しい発声ができているボクの声だけが観衆に届く。


「ボクはおまえに戦槌を使えって言ったけど、自分も使うなんて一言もいってねーよ」


ゼランにだけ届く声で挑発する。


「――ボクは約束を破ってない、お前の早とちりだ。バーカ、バーカ!」


得意武器という表現をしたから勘違いするのは当然だ。


だけどさ、装備にハンデを付けてもらったくらいで、おまえの要求と釣り合うとは思ってないぜ?


ボクはレイピアで空を斬って十字を描き、縦に構えて祈る様なポーズを取った。

無駄な。否、印象的な動作に観客はボクに釘付けになる。


「重症のところを卑劣にも狙い撃ちにされ、無念にも敗れたわが友クロム!! その仇、討たせてもらうぞ!!」


ボクの小細工はおまえに劣ると言っていたな。だけど、ボクたちのそれはまったくの別物だ。


おまえの小細工は個人を支配するが、ボクの小細工は場を掌握する。


フィールド魔法発動って具合だ。この一戦、会場の全てがボクの味方でゼランの敵になる。


「やってくれたな、小細工のお嬢ちゃんよおッ!!」


全ての観客が相手を応援し、自分を罵倒してくる。彼には世界を敵に回して闘ってもらう。


もう、ギブアップはできないぞ。


「腹式呼吸もできない奴が、劇場でボクに勝てると思うなよ?」



ドラが鳴らされ試合開始の合図。


ボクは半身に構える。レイピアが前、ダガーが後ろだ。


さて、この位のハンデでボクとゼランの実力差が埋まればいいけど――。





『コロシアムの流儀』▶︎

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