劣等と紅茶

 テニアは両手を下ろすと、うんざりと返す。


「ちびでしょう。アジア系か、たまたまそういうサイズか。……何かえらく片言と言うか、ぎこちない喋り方でしたから、外人と取るのが妥当かと。ちっともファンタジーじゃない、ゴリラ系魔法でしたけれど。あほみたいにぶっ壊して。……あの身体能力の強化に分かるように、既に存在する事柄に対して干渉する。憑依ポゼッションにはよくある手の魔法です。火を放つだ、雷を落とすだ、魔力を元にゼロから生み出した上に操作するなんて、我々制約コンストレーンツでないと難しいですから。契約相手の脚力を上げ、大ジャンプで空へ跳べは出来ても、空を飛ぶ力そのものを得る事は出来ないのが連中ですかね。所詮、頼る人間あっての悪魔であり、もし単体で憑依ポゼッション制約コンストレーンツが喧嘩でもしたなら、虫のように払われるのは奴らです」

「その虫にディスられたのが許すマジと」

「許すまじですよねそう表すなら。馬鹿なんですか」

「励まそうと思って……」

「要りません」


 そのようなつもりだった態度では全く無いし、寧ろふざけていると一目で分かる。


 そもそも何故あのおっさんシブボイスの影を「あの子」と呼んでいるのかも甚だ疑問と言うか相当にキモいと感じたテニアだが、必要以上に人の趣味を知りたくはないので無視。


「じゃあ、肉体を強化する魔法っていうのは、憑依ポゼッションの方が得意って事なのか」

「まあ生物学的に働きかけて、筋肉量を増やすとかって訳ではないんですけどね。魔法で外的に補助をしているというだけで。あのふざけた建物破壊パンチも、魔力を纏った魔法の拳という事になり、故にあんなちびでモヤシな体格にも拘らず、あのような威力を出せたという訳です。憑依ポゼッションですから、いかにもファンタジーな魔法は持っていないでしょうが」


 ……表現が刺々しい。

 眉をハの字にしながらも、そこには触れないブラスコ。


「ふうん。じゃあ、あの蛇のおばけみたいなのはどうなんの?」


 昨日帰宅しながら、影の特徴について聞いていたテニアは、自身は見落としていた、蛇のようなあの生物についての意見を述べる。


「ああ、あれはやっぱり、憑依ポゼッションそのものではないんですかね? 夜や太陽を浴びない場所でなら、ああして姿を現し、契約相手の援護に回るのはよくあります。憑依ポゼッションは契約相手にべったりですからねえ。『憑依』なんて言葉を当てられる程ですから」

「じゃあ契約相手に蛇みたいな尻尾生やしたりするのは、制約コンストレーンツが使う魔法? 無いものを魔力で生み出すって」


 テニアはブラスコを見ると、足を止めた。


 ブラスコも立ち止まる。


「……魔法を、その元である魔力を、他の生物に直接流し込むのは、それに死ねと言っているようなものです」


 何故そんな事を訊くのかと、テニアは無表情に固まった。


「だから魔法という、外的な形を取るのです。血の味を頼りにして、それを伝って魔力を契約相手に纏わせるんです。剣や鎧を与えるように。そもそも悪魔と人間とは、相容れないものですから。血で仮初の絆を結んで、同調した振りをして。魔力を受け入れられるのは悪魔だけ。その基本を無視して注げば、その生き物は変質してしまいます。毒か、過栄養となって、蝕んだ挙句殺してしまう」

「そんな風に見えた瞬間があったからさ。あの黒い子が使った魔法」


 ブラスコは言うと歩き出す。


「……黒いって、あのちびですか?」


 テニアは続いた。


「そ。ほんの一瞬だけどね。黒い子の足元からじゃなくて、腰からにゅっと蛇みたいな尻尾が」

「それ、は……」


 テニアはブラスコの言葉を反芻すると、考え込むように口元を手で覆う。


 制約コンストレーンツではない。憑依ポゼッションとしても、頼りにしている契約相手をそんな、潰してしまうような魔法など使わない。となれば心当たりは、憑依ポゼッションの依存度をより強くしたような、最早寄生虫と言ってもいい劣等種。悪魔への対抗策を得た人間に、真っ先に撲滅対象とされたので、今も生きているとは思えないが。

 然し、もしそうであれば。


「ご主人」


 口元に手を当てたまま、テニアは低くなった声で呼ぶ。


 ブラスコはそれに、一瞥で応じた。


 テニアはそれに気付いているのか、俯いた視点のまま続ける。


「……もしかするとこの依頼、一万ドルでは、割に合わない内容となるかもしれません」


 前から、黒いセダンが近付いて来た。

 速度を落とすと、ゆっくりと二人の前に停車する。


「おはようございます。ブラスコさん。テニアさん」


 助手席の窓から顔を出したのは、グレブだった。


「おーグレちゃん」


 ブラスコは、ひょいと片手を挙げて挨拶する。


「丁度お迎えに上がろうと思っていたんです。ボスの所まで、お送りしますよ」

「あぁすみませんグレブさん。その前に、煙草屋さんに寄って貰ってもいいですか? 買いに行こうとしてた所で……」


 テニアは申し訳無さそうに言った。


 まだ吸っているのかと、非喫煙者のグレブは一瞬困った笑みを浮かべたが、それでも穏やかな笑みを返す。


「銘柄は? ものによっては店を選ばないと、置いていない事がありますので」

「アークロイヤルで」


 ブラスコがドアを開けた後部席に、テニアは滑り込みながら言った。


「甘いの好きなんですよ」


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