破滅に捧ぐ

 少女はそのまま頬杖をつく。


「……可哀相なのはお互い様だと思いますけどね。あの子、自分の姿も上手く形に出来ないから、私が魔法でやってあげないとただのもやって言うか、霧みたいになっちゃいますし。私が疲れて魔法を組めなくなったら、口を利く事も難しくなって。今まで一体、どうやって生きて来たのか」


 それは手の掛かる弟でも見るような、穏やかな目をしていた。

 やっと年相応と言うか、十代の女の子らしい表情を見せた少女に、ブラスコは言う。


「君が死んでしまうと、あの蜥蜴くんも困っちゃうよ」

呪いカースが宿主を気にしますか」


 少女はわらう。


「短い周期で契約相手を変えていくのが彼らでしょう? その中の一人に、特別気持ちを傾ける事なんて。どうせ食い潰してしまうのに」


 それは、自分に言い聞かせているような響きがあった。

 先程蛇から見えたように、彼女らにも絆のようなものはあるのだろう。


 ブラスコはにやりと笑う。


「そうかい? 俺はあの蜥蜴くん、君を思ってると感じたけどなあ」

「あなた達の目的は何なんですか。裏切られたご様子でしたけれど」

「また照れちゃってえ。話変えようとしないでよ。つまり君は、拾った短い命を、どこにいるかも分からないギャング達への復讐の為に燃やしている訳だ」

「ええ。まんまと邪魔されてしまいましたが。私は話したんです。あなた達も目的を明かすべきではありませんか」

「目的ねえ」


 ブラスコは肩を竦めると、テニアを見る。テニアも困ってブラスコを見ていた。

 その通りで、二人は宙ぶらりんの状態なのだ。確かに依頼主である雪村には、少女を捕まえろとは言われてはいるが。


「……確かに、そんな感じかな」


 ブラスコはすっかり困ったようで、また肩を竦める。


「ああ、あのジジイ」


 忌々しげに吐き捨てる少女。


「雪村様ね。雪村アベラルド様」


 ブラスコは眉をハの字にした。


「へえ日系人ですか。奇遇ですね」

「ハッハァ俺も日系だ。それを言うなら君は日本人って感じの顔だけれど……名前は何て言うの?」

「ヤクザ者に個人を特定させるような情報は流しません」

「つれないなあ」

「おじさんが馴れ馴れしいんでしょう。移動の際そこの奴が言ってましたけれど、知らない子供を庇うなんて」

「テニアです。テニア・ダンテス!」


 雑な扱いを受け怒鳴るテニア。

 ブラスコもおじさんと呼ばれるのは辛いらしく、しょんぼりと肩を落とす。


「お兄さんもおじさんじゃなくて、 ブラスコ・グロッシュって名前があるんだけどなあ……」


 苛立ちに、少女は僅かに声を荒げると立ち上がる。


「ああそうですか。それで一体、何をやろうとしてるんですか」


 そう繕った態度の裏で、少女は冷静に二人を見据えていた。


 確かに不死とは厄介だ。だが、テニアを黙らせれば切り抜けられる。面倒な魔法を使うようだが、彼女自身はそこまで頑丈という訳ではない。先程グレブに銀で撃たれた事は確認しており、故に慌てて自分に噛み付いてきたのは分かっている。


 悪魔に医者はいない。薬となるのは食糧と同じ人間だ。食って治そうとしたのだろう。喉にくっきりと付けられた彼女の歯形が、当時の焦りを痛い程に伝えていた。


 不死という、余りに馬鹿げた力を持つからだろうか。少女にとってテニアとはその魔法に比べ、酷く脆弱に映った。昨日トニス・ダウアを巡って戦った際も、制約コンストレーンツの割に大した事が無いと。

 そもそも、どうせ安定した食料確保と、身の安全の為に契約を結ばなければならないとしても、自身にもその不死の魔法をかければ、昨日や先程の立ち回りも、もっと上手くやれたのではないかとも思ったが、この通り変わり者である。何かこだわりでもあるのだろうが、そんな事に関心は無ければ、利用しない程人情を重んじる少女でもない。


 疲弊しているとは言えどクロちゃん――。相棒のクロクスは、今ブラスコ達の足元だ。意表を突く事でなら永劫の悪魔だろうが、不死身の魔法使いだろうが負けはしない。


 こうしている間にも、命を削って放つ魔法が、死なない程度の奴らに負ける訳にはいかないと。


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