転校生はハリケーン。

そのCMは、最近の中高生の話題の的だ。


軽快な音楽に乗せ、壁にペンキ塗りをしていく少女。


高貴なストロベリーブロンドの髪色、ハーフアップツインの髪型。人形のようなグレージュの瞳。それと少しあべこべな農家の田舎娘を思わせるオーバーオール。



親しみやすさと可愛さを併せ持つその少女は、ウエスト公国の第三皇女、国賓でもありタレントでもある、ケイティ・ウエスト。



壁に塗られたペンキの後のアップは、ファッション総合ブランドのケイティ・ウエストのブランドロゴ。


ケイティは、Aガーデンの西の大国、ウエスト公国の皇女にして、今をときめくタレント、ブランドのプロデューサー。



街の巨大掲示板に流れるそのCMを、横目で観ながら。

__そう言えば、ケイティって、シンの元ルームメイトなんじゃなかったっけ。シンのことが好きだとか、アップル&シナモンのサワタリさんが言ってた気がする。



スーリアは危機を感じていた。

なぜなら、ケイティ・ウエストは、その可愛い魅力で世の中のティーンを釘付けにしているからだ。


__あたしの世界の歌姫の座が、危ない。人気取られちゃう!



登校すると、いつもの教室にいつものハルさんの姿が。

「スーちゃん、観たよ。破壊神の生誕祭の日は最高にカッコよかった!」


「ありがとう」


「どうしたの。浮かない顔してる」


「ううん。何でもないの」


「もしかしてコードネーム・ソード&シールドに…じゃなかった。ヤンくんになんかされた?」


「ううん。ヤンくんはあたしと楽しく踊ってくれたよ。てか、コードネーム・ソード&シールドってヤンくんのことなの?」


「あ、いや、それはどうでもいいんだけど、スーちゃんが楽しかったならそれでいいの」


首を傾げるスーリア。ハルさんの瞳を覗き込むと、黒目が泳いでいた。

「何かあたしに隠してる?」


ハルさんは、話題を切り替えて両手のひらを合わせて叩いた。


「そうだ!知ってる?こないだの破壊神の生誕祭って、実はゼロ先生の誕生を祝うものらしいよ!」


「何がそうだなの?」


「あ、いえね。スーちゃんは知ってるのかなって思って」


「知ってる。あにさまの正確な誕生日は本当は分からないけど、新しい年になる近くに破壊神として崇められるあにさまの生誕祭を行うんだよね」


「そうなんだ。ゼロ先生の正確な誕生日は分からないんだ」


「うん。暦のない時代から生きてるからね…てか、ハルさん何かあたしに隠してるでしょう?」


「そんなことはないよ。ゼロ先生に、何か誕生日プレゼントでも贈りたいね」


「いや、その話じゃなくて、あたしはヤンくんのこと…」

スーリアが言いかけるのを阻むように、宇喜田くんが話に割り込んできた。


「聞いた?今日、転入生が来るらしいよ」


「そうなの!?宇喜田くん」


ハルさんは、嫌な話題を避けるように宇喜田くんの元へ駆け寄った。

スーリアはため息を吐く。



「この芸能科にくるんだよね?誰なの?タレント?歌手?ダンサー?」

「それが、なんと…」


言いかけた所で、ゼロが教室に入ってきた。

「おはよう。皆」

「おはようございます」

自分の席に戻りながら、あいさつの声が響き渡る。



「スーリア、ちょっとここにおいで」


ゼロはスーリアに手招きした。


「あにさま?」

「旅に出てるシンから伝言だよ」


渡された紙を見ると、ちょっと読みにくい字で。



「スーリアへ。大晦日から元旦に変わる時、星と夜景の見える公園で持ってる。シン」



首を傾げるスーリア。


「ん?星と夜景の見える公園で持ってる?何を持ってる?」


「あー違う違う。待ってるの間違いだと思うぜ」

と伝言を覗き込みながら言ってきたのは、シンの友人、ゲイル。



「待ってる。ふーん。あのデートした所でね。待ってるわけね。年越しを一緒にしようってことかな?ニューイヤー花火でも観るってことか」

と、読み返すスーリアに、ゲイルはひやかす。


「ヒュー、やっぱりマジで付き合ってるんじゃねーの?スーリア!」


「まさか!あいつ意外とロマンチストなの。花火の色を誰かと語りたいんじゃない?」


「なるほどね。あいつ、自分の見えない色を知りたいんだな」

ゲイルは納得したようで、自分の席に戻っていった。



「ねえ、あにさま。シンはどこで何をしてるの?」


「さあ。小生にも分からないよ。あの子は旅が好きだから、楽しいことを探してるんじゃないかな?」


「そう。あのね、あにさま。シンはスキー合宿の時、あたしに歌わせて何か魔法を使おうとしていたの。何をしようとしてたのかな…」


俯くスーリアに、ゼロは話題をそらした。


「さあ、席に着いて。今日はこの教室に転入生が来るよ」



スーリアは渋々席に着く。

__あの時、シンは一体何をしようとしてたのかな。シンはあにさまを親を殺した仇として憎んでいる部分もあると思うの。あにさまの命とは関係ないんだよね?



考え込むスーリアは、歓声で驚く。



「わー!ケイティじゃん!!」

「ケイティこっち向いてー!」

「ケイティー」



黒板の前に、今話題のケイティ・ウエストの姿があった。


「皆は知っているんだね。この子が今日から皆のクラスメイトになるよ」


ゼロは、ケイティの背中に触れて、自己紹介を促す。


「はじめまして!おいらはケイティ・ウエストこと、W・ケイト・キャスリーン。仲良くしてくれよな!」

「わー!」

と、湧き上がるクラスメイトたちだったが、次の瞬間その歓声は止む。


(え?今おいらって言った?)


(あんな可愛い美少女の一人称が、おいら?)


(よく見たら、服装も制服じゃなくストリート系の私服じゃん)


(え?でも、おいらっておいら?今まで使ってきた、常識だと思ってた国語おかしいのかな?)


(おいら?)


(おいら)

クラス中が考え込む中、ケイティが再び口を開く。



「おいら、ウエスト公国から数年前にこの国に来て、色んな人と仲良くなったぞ。このガーネシア高校芸能科でも沢山の友達を作りたいと思っている。よろしくな!」



「わー!」



再び湧き上がるクラスメイトたち。可愛い声にほだされた。


「ちょ、ちょっと待って。今この子、自分のことおいらって言ったよね。皆騙されてる!」

と、立ち上がったのはスーリア。


__おかしい。おかしすぎる。皆何でこんなに友好的?


「あたしが転入してきた時は、皆、敵意丸出しだったじゃない!どうしちゃったの!?」


クラスの誰かが言う。

「スーリア邪魔!ケイティが見えない!」


__酷い!

ショックで座り直すスーリア。


「おめーがスーリアか!」


ケイティはスーリアを見た。

作り笑いなのか、本当に微笑んでいるのか分からないが、柔らかい雰囲気で笑いかけてくる。


「知ってたか?おいら、シンが好きなんだぜ。巷には色んな噂があるけど、おいらはシンを信じてる。恋の手助けよろしくな!」



__何!?本当にケイティはシンのことが好きなのか!こうやって大勢の前で言ってくるってことは、相当本気!


「手助けも何も、シンはあたしのものじゃないし」

と、スーリア。


「や、違うじゃん。さっきニューイヤーデートしようって誘われてたじゃん!」

と、ゲイル。


「いやいや違うから!ゲイルは余計なこと言わないの!」


「えー?」


ケイティの表情が曇った。

「シンが行方をくらまして数日。スーリアには何か言ってくるんだな」


「だから、違うって!心配しなくてもシンはフリーだから」

と、スーリアが冷や汗をかきだしたのを遮るように、ゼロが言う。


「今日は、終業式。ケイティさんは、新学期から本格的にここに通ってくることになるよ。皆、恋だけじゃなく、勉学の方も手助けしてあげてね」


ギクッとなるケイティ。急いで転校してきたものの勉強のことは考えてもいなかったようだ。


「それから、萌え学的に、ケイティさんは、自分のことをおいらじゃなく私と言うことを勧めるよ」



(萌え学って何?)

と、クラス中が考え出したところで始業のベルが鳴る。


___


終業式は体育館で行われる。終業式の間中、スーリアはケイティからの視線を感じていた。


ーー見てる。見てるよ、あたしを!



「なー、スーリア。おめー、シンの何なんだ?」


終業式から教室に戻る途中で話しかけられた。


「別に。ただのクラスメイトだけど」

「そんな訳ないだろう。シンはお前を彼女だと言ったらしいじゃん」

「それは、ただの方便。シンはあたしを一人にしないように、守ってくれただけなの」

「ずいぶん深い仲なんだな」

「あんたこそ何なの?シンのことが好きなら、好きって直接本人に言えばいいじゃない」

「おいらは会う度に言ってるぞ」


「そ、そうなの?」


「本気にしないんだ。アイツ」


急に泣き出しそうになるケイティに、慌ててハルさんが駆けつける。


「待って待って。泣かないで、ケイティ。おーよしよし」

ハルさんはケイティを抱きしめた。


「スーちゃん、あんまりいじめちゃダメよー」

「いじめてないし!」

目をまん丸くするスーリア。


「おいら、シンとは別の学校でもいいと思ってたんだ。前は。帰る場所が一緒だったし、同じ家で、リビングで他愛もない話ができてたから」

と、泣き出しそうな目を擦り、言うケイティ。


ほんの2ヶ月前までシンとケイティは同じレモンハウスに住んでいた。リビングを中心に、おはようからおやすみまで一緒だったのだ。


「シンが家を出てってから、すっごく寂しかったんだぜ。全く接点が無くなったし。テレビ番組で見かけてたシンは、最近、画面の向こうにも居なくなった。聞けば、行方不明だって言うじゃねーか」



世間には秘密にされているが、シンは誰にも行き先を告げずに姿を消した。ケイティは心配でしょうがなかったのだ。

「シンの近くにいたい。ただの同居人じゃなく、もっと近くに」



__そうなんだ…



「おいら、急ぎ過ぎたのかな?待ってれば、帰って来てくれるのか?」


またもや泣き出しそうになるケイティ。居ても立っても居られずに転校してきたのだろう。



「おいおいスーリア」


クラス中がガヤガヤしだした。

クラスメイトたちがこぞってスーリアを責めはじめる。


「ちょっとスーリア。自分がシンの彼女だって言いたいのは分かるけど、あんまケイティをいじめんなよ」


「スーリア、ケイティが可哀想」

「スーリア、いい加減にしたら?」

「そうだぞスーリア」

「スーリア、このタヌキ顔のエセ歌姫」


ーーんん?


「ちょっと、今どさくさに紛れてあたしをタヌキ顔のエセ歌姫って言った!?」


教室に着くと、皆ぞろぞろと帰り支度をしている。


「言い逃げすんなー!あたしをタヌキ顔のエセ歌姫って言った奴出てこーい!」


叫ぶスーリアを後にして、クラスメイトたちは下校していく。


「てか、あたし別に、ケイティをいじめてないからなー!」


スーリアは、教室の窓を開け、下に広がる校庭を歩いて行くクラスメイトたちに叫んだ。



「誰も返事をしやしないんだから。もー」

と、振り返ると、そこにはケイティとゼロがいた。

なんだか揉めている。

「先生、何でそんなに頑ななんだ。おいらは自分のカタイ意志で、自分をおいらと言っているんだ」


先ほどの萌え学の件だろう。ゼロはケイティに自分のことを私と言わせたいらしい。


「そうかい?無理してヤンキーキャラにならなくても、君はそのままで可愛いよ」

と、無表情で口説き文句を言うゼロに、ケイティは嬉しそうな顔をする。

「何!?先生も可愛いおいらを狙っているのか。おいらの可愛さ、恐るべし」



ケイティがこちらを見ているスーリアに気づいた。

「スーリア!」

「ん?」

「スーリアあのな」

「あ!あのさ、あたし別にあんたのこと嫌いじゃないし、いじめようとも思ってないから!」


「そんなことはわかってる。おめーに誤解されないように、先に言っとくな」

ケイティの次の言葉を聞く瞬間、スーリアは目をつぶる。


__きっと、シンには近づくなとか言われるわ。あー、やっぱりあたしって、どこに行っても敵を作りがちなのよね。人気者の宿命だわぁ。



「おいら、スーリアと一番の友達になりたいんだ。シンを好きな女の子どおし、仲良くしようぜ?」


「え?」


「おいら、おめーがシンと噂になってから、仲良くなれそうな奴だと思ってたんだ。よろしくな!」


「あたしと、友達になってくれるの?」

「うん」


「へ?」


事態が飲み込めないスーリアの前に、握手の手が差し出される。


「こちらこそ…よろしく…」


スーリアはケイティの手をとった。ケイティは満面の笑みで。少し照れくさそうにしている。


スーリアもつられて照れ笑いをして、握手の手をぎゅっと握った。



「仲良きことは美しきかなって言うよね」


握手の手を覗き込まれて、驚いた。ゼロだった。


「あにさま!」


それで思い出した。

こないだのホリデーは、破壊神の生誕祭。てことは、ゼロの誕生日を祝う時期が来たってことだ。



「スーリア、また新学期でな!」

ケイティが去って行った。


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