只今ビジネスデート中。
「ヨシコさんって、となりのクラスの女の子なの?あにさまが来てから教室出てったけど」
「ああ。あいつはとなりのクラスの相撲部所属の女子。いつもオレの筋肉を試しに来るんだよ」
「へ?筋肉を試す?…それって違う気がする」
「違うって何が。ヨシコは来るたんびに俺に突進してきて、相撲やったり、握力比べたり、前回みたいに自分を持ち上げてみせろって挑戦してくるんだぜ?」
「あの…相撲って、どんな感じではじめたの?」
「んー、わたしを抱きしめてみせなさいって言ってきやがったから、ハッケヨイノコッタ!ってはじめた感じだな」
「…じゃあ、握力比べは?」
「あいつが、どうしてわたしに構ってくれないのって手を掴んできたから、掴み返して、オレが一本とったんだよ。あいつおもしれーよな。いつも俺に負けるくせに挑んできてよ」
「…あんたってホント…」
呆れたスーリア。ため息を吐く。
「そのため息は何だよ」
「あんたって、ニブイんだね…」
「ニブイって何だよ。わっかんねー奴だよな、お前って」
そう言いながら、シンは、運動靴の紐を結んでいる。Tシャツにスウェット姿だ。
ここは、シンの行きつけのトレーニングジム。
沢山のトレーニングマシンを前にして意気揚々と準備をしている。靴紐を結び終えると、準備体操で体をならす。
「さー、今日もシックスパックつくんぞー」
腕に伸びをさせて、鼻歌まじりにトレーニングマシンに向かっていくシン。
ーー何?シックスパックって!?
「スーリアも行くぞ。オレが色々教えてやるよ」
「はい?」
「はい?ってお前、一緒に筋トレするんだろ」
スーリアの姿もバッチリ、スウェットと運動靴姿だ。
「待って待って!シックスパックって何?」
「シックスパックも知らねーの。簡単に言うと腹筋のことだよ」
ーーそれって、あたしが筋肉モリモリになっちゃうってこと!?
黙り込み、身動きができなくなるスーリア。
「ほら、綺麗なシックスパックつくりてーだろ?行くぞ」
スーリアの手を取るシン。
「いやいや、あたしは違うから!」
ーーあたしはシックスパックなくていいから!
「ほらほら、スーリア。シンくんと一緒に行かなきゃ。シンくんに手取り足取り教えてもらいなさい」
と、そこでカメラ片手に二人の会話に割り込んできたのはサワタリ。
「あの、あたしは無理だから!シンだけ撮ればいいじゃない」
「それじゃあデートにならないでしょうよ。これは、初々しいカップルの青春の一コマ。筋トレデートなんだから」
そうなのだ。
今日はスーリアとシンのデートの日。そして、そのデートはサワタリに買われている。
ーー何で嘘でここまでしなきゃいけないの?あたしは、筋肉モリモリなんて嫌!歌を歌ってる時に、ベリーダンス衣装からゴッツゴツの腹筋が見えるのは、あたしの美学に反する!
「そもそも筋トレデートって何?初めて聞くんだけど」
と、スーリア。
「彼氏の好きなことを、彼女もやってみたいと言う。彼氏は照れつつも自分のテリトリーに彼女を迎え入れ、二人の仲はますます深まる…それが、筋トレデートだよ!」
と、サワタリ。
「きめーなサワタリ。なんか言い方がきめー」
と、シン。
「いやね、シンくん。こっちはフォローを入れてあげたんだけど」
というサワタリを横目に、シンは尻込みするスーリアの元に来て、手を取った。
「大丈夫だスーリア。オレがついててやるから、やってみよーぜ?」
「う…ん…でも、あたしは筋肉モリモリは嫌…」
スーリアは、照れ隠しもあってか視線を落とす。
「筋肉モリモリにはそうそうならないって。お前、体型維持にエクササイズしねーの?」
「まあ、するけど」
「そうだろ?フィットネスでな、筋肉をつけて基礎代謝を上げることで、今のキレイな体型が崩れにくくなるんだぜ。そう思えば、筋肉つけることはそー悪くはないだろ」
「まあ、そうだね。悪くは…ない…か」
「じゃ、行くぞ」
と、スーリアはシンに手を引かれトレーニングマシンに体を装着した。
「ヒュー」
と言ったのはサワタリ。
「ここの筋肉を意識して動かすんだぞ」
シンの言葉を聞きながら、言われた通りにシンの触っている筋肉を意識しながらマシンを動かすスーリア。
「キツい…シン、あたしもう、これ以上は動かせない」
「これくらいでキツいんか。負荷を軽くするか?」
「いい。もうちょっと頑張ってみる」
「負けず嫌いだな。あんま頑張り過ぎんな。ちょっとキツいくらいでちょうどいいんだから」
スーリアは、体にかけていた力を抜いた。
「っはぁ」
「ほら、頑張りすぎだぜスーリア」
自分の首にかけたタオルで、シンはスーリアの汗を拭った。
「こんなに苦しいこと、よくやるね、シン」
「オレがジムに通うのは日課で習慣だからな。好きでやってるし」
「日課で習慣って、スゴイね」
「まーな」
シンは、スーリアの頭をクシャクシャに撫でた。
カシャカシャカシャっ。
カメラのシャッター音が響く。サワタリが至近距離から二人を撮っているのだ。
「スーリア、ピースサイン、ピースサイン」
シンはスーリアの肩を抱きながら、ポーズした。
「シンくん。自然でいいんだよ」
と言ったサワタリのカメラには、満面の笑みでピースするシンと、困り顔のスーリアがいた。
「次は、場所を移すよー」
スーリアとシンは、サワタリの車に乗り込み場所を移動する。
空中を走る車は、摩天楼の間をぬっていく。
スーリアは見た。浮いている複数のスクリーンに、歌うスーリアの姿。
「…がんじがらめの日常なんて、殻を破っちゃって、本当のあたし、解放しよう…」
この曲は、退屈な日常と凝り固まった常識から逃げ出したい女の子が主人公のアップテンポのダンスナンバー。
ーー真実のあたしは、この曲とは違う。日常ががんじがらめなんて思ってないし、自分の殻になんて閉じこもってなんかいないし、現状に満足してる…そんなはず。
複数のスクリーン画面が「スーリアは天駆天瑰のシンと交際中!」という字幕と共に切り替わる。
「天上が堕ちてくる前に、駆け抜けろ、連れてくぜ、自由へ、TENKUTENKAI」
天駆天瑰のヴォーカル、ヤン・クールマ・リの声に乗せて踊るシン。
疾走感溢れるダンスナンバー。この曲は彼らを代表する曲。スーリアももちろん知っている。
迫力ある映像の中で、何で好きでもないのに付き合っていることになっているのかと、自分に問いかける。
ーー何だか皆、浮かれちゃってる。あたしだけを置き去りにして。こんな騒ぎになるのを望んでなかったはずのシンまで、何だか乗り気だし。
「お前、オレに見惚れてんな」
物思いに耽るスーリアに話しかけるシン。
「別に!見惚れてなんかいないけど」
「嘘つけ。画面のオレをじーっと見てただろ?」
「それは別に見惚れてた訳じゃない!」
むくれるスーリアを無視して、上機嫌なシンはその自分の曲を口ずさみ、指でリズムをとる。
「駆け抜けろ、俺の手をとれ、自由へ、俺について来い、手に入るさ、自由が」
「何そのチグハグな歌詞は」
「あ?実際の歌詞だよ」
「俺の手をとれって、俺について来いって言ってるのに、何で自由へ向かって行って、自由を手に入れることができると思ってんの?」
嫌味で言ったスーリアだったが、シンはニッと笑ってスーリアの頭をクシャクシャにする。
「いいんだよコレで。スーリアも、オレに黙ってついてくりゃいいんだよ。自由ってやつが手に入るぜ」
「何言ってんの訳わかんな…って」
言いかけて、スーリアの視線の先にあるものが見えた。
「嘘、どうしてあんなとこにいるの?」
スーリアは驚いている。
「何だよ。何が見えんの?」
シンはスーリアの視線の先を振り返り見る。
「「あ」」
「あにさま!」
「ゼロじゃねーか!」
二人は声を合わせた。
「二人とも、運転中に立ち上がると危ないよ」
と、驚いてサワタリ。
スーリアとシンは、車の窓ガラスに張り付き、夢中になっている。
「あにさまー!気づいてー!」
「ゼロどころじゃねー、葉月もいるじゃねーか!」
手を振るスーリアの視線の向こうには、あるビルのフロアがあった。
全面ガラス張りの、ちょっと昔の香りのしそうなそのフロアは、喫茶店のようにテーブルが置かれており、複数の老人たちに混じってゼロと葉月が向かい合って座っていた。
「ん?シンって、葉月さんとも知り合いなの?」
「ああ。言ってなかったっけ。葉月とは戦友」
「センユウ?」
「イクサのトモと書いて戦友」
「それって、なんか戦争に行ってたみたいな言葉」
「戦争な。まー、一緒に戦ってたことがあるんだ」
「!?」
驚くスーリアを無視して、シンは笑いながらゼロと葉月を指差した。
「見てみろ。あいつら将棋なんてやってるぜ。ジジイかよ」
ゼロと葉月は、その若い見た目に似合わない緑茶の旨みの香り漂うフロアに居た。
このビルは色んなテナントが入っていて、このフロアは老人たちの喫茶スペース兼囲碁や将棋の憩いの場だ。
青い髪の死んだ目をした青年と三つ編みおさげのブロンドヘアの見た目はイマドキ女子が、畳に正座で向かい合い、将棋盤をみつめている。
ゼロが、落雁という栗の風味の茶菓子をカリッとかじり、駒をさした。
「ねぇゼロ、あんたがガーネシアに来てあの娘の先生になって、あの娘と封印の少年を巡り会わせて、これからどうするつもりなの?」
「うん。小生の目論見通りに事が進んでいるね」
「目論見通りって、あんたどこまで本気なの。自分の望みのために、あの娘を、やっぱり利用するのね。あの娘の気持ちなんておかまいなしに!」
ゼロは、葉月の責めるような言葉に、無表情をキープしながら少し押し黙った。
「ねぇゼロ、あの娘にはあの娘の宿命を言わないで。封印の少年をこれ以上、彼女に近づけないで欲しいわ」
葉月は、横に置いた緑茶を飲んで言う。ゼロがおもむろに口を開いた。
「それは無理な話…だと言えるよ。もう、彼らの運命と宿命の歯車は動き出してる」
カッとなった葉月。
「ええ、そうでしょうよ!あなたの立てた計画通り、まるでドラマみたいに二人は惹かれあってるみたいね。二人で出かけたんですってね、夜景を観に。世間にパパラッチされたんですってね、その夜。いい見世物にされて、本当にあの二人が可哀想だわ!」
「しっ」
ゼロが人差し指を口に当てて、黙るように目配せする。
何のことかと思った葉月がゼロの視線の先に見たのは、車に乗ったスーリアとシンの姿だった。
「あら!あの二人何で一緒にいるのよ!?」
「今日はスーリアとシンはデートなんだ。なんでも、アップル&シナモンっていう雑誌でデートの特集みたいなのやるらしいよ」
「まあ!」
葉月は何か言いたげに恨めしそうな目をしてゼロを見る。
「ほら、次は葉月の番だよ」
ゼロは将棋盤を指差した。
「誤魔化すんじゃないわよ」
と、葉月はイーっと歯を見せて駒を盤上に置いた。
「ハハっ。二人は仲がいいなぁ」
無表情で笑うゼロは、透明なガラス窓の向こうでこちらに熱い視線を送るスーリアとシンに手を振る。
スーリアとシンは、ゼロがこちらに気づいたことに、車内で歓声をあげている。
「しらばっくれんな。ボケジジィ」
と、毒を吐く葉月は正座していた足を崩して伸ばし、スーリアとシンに見えない所で、向かいのゼロを蹴った。
ゼロは言う。
「どんな目論見があったとしても、仲良きことは美しきかなって昔から言うでしょ?」
「バカじゃないの。仲良きことの果てに、あんたの死があったら、あの二人立ち直れないわよ?」
葉月は真剣な顔で。ゼロは微笑む。
「笑ってやって」
葉月はゼロに促され、スーリアとシンに手を振った。
スーリアが、狭い車内いっぱいに大きく手を振り返す。
「葉月さんまで手を振ってくれた!」
「ん。ジジイやババアに混じって、あいつら枯れてんな」
ゼロと葉月を指差しニヤニヤするシン。
「葉月さんとあにさま仲いいんだなあ」
「は?あいつらデートとかって雰囲気じゃねーぜ」
「もちろんでしょ。あにさまとデートなら、あたしがする!」
「あー、お前がブラコンなのはわかったから」
「もしもし。そろそろ行くけどいいかい?」
サワタリは言う。
車を空中で止めていたため、交通渋滞寸前だ。後続車に促され、車を発進する。
スーリアは、横目でゼロと葉月を見送った。
「サワタリさん、さっきから気になってたんだけど、どこ行くの?デートなら筋トレデートで十分じゃない?」
車がビルの谷間を走りながら、サワタリは答える。
「筋トレデートは、序の口だよ。次行くとこは、もっとテンション上がるとこ」
「テンション上がる?」
首を傾げるスーリア。
シンがハッとして手を叩いた。
「コスプレすんだろ?」
サワタリは、サングラスの奥でニヤリと笑った。
「そうだよ」
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