No.TWO あにさまが教師だってマジで。
葉月のその言葉に、どんな決意と意志があったのかを知るには、スーリアはまだ幼かった。自分の存在意義とか存在価値とか、深く考えないようにしていた。
人の作った人。
そんな自分は、望まれて生まれてきたし、期待と希望に満ちた未来が待っているものだと信じて疑わなかった。
ガーネシア病院を後にしたスーリアは、一人、トボトボと家路についた。途中、出くわしたファンにサインをねだられて、握手をし、ファンのTシャツにサインをした。
いつもの監視カメラ付きの部屋に着くと、ボスっと自分のベッドに倒れこんだ。
――あんなに怒った葉月さんを見るのは、初めてだったかも。でも、どうして怒ってたのか、スーには分からない。…深く考えても仕方がないよね。
眠りについて数時間。目を開けると、朝はまだだった。
――葉月さんが言ってたこと、マジかな?なかなかスーに会いにきてくれないあにさまが、本当にスーに会いにきてくれる?また会えるのだとしたら、とっても楽しみ!
夢の中で、あにさまの夢を見た気がする。
あにさまは、昔のままの優しいあにさまで。穏やかに笑ってる。
ん?
おかしいな。
あにさまは無表情なことが多くて、なかなか笑わないのに。
「スーリア、っはよ」
急にクラスメイトのエア・シングリードの姿があらわれる。
――そりゃ、夢だからね。こんな訳分からないことになる訳だ。でも、邪魔!!スーは、あにさまの夢だけ見てたいのに!
でもでも、どうして?
どうして、あにさまの匂いが、あのシンからしたの?
分からないことだらけ。
夢だからね。こんなに混沌としてるのしょーがないけど。
教室で、制服姿のスーは、シンと挨拶してる。
「おはよ」
返事は
「おはよ」
ん?
ん?
シンの前に、ゲームでよく見るフラグが立ってる。
「スーリア、今度の日曜日、デート行かねぇ?」
「行く!or行く訳ないでしょぶぁーか!」
え?
どうしよ。そりゃ、行く訳ないけど。
ちょっと困っちゃう。
スーには、あにさまがいるんデス!
あれ?先生がいるんデス!だっけ。
ああ、何だか急にあたしの曲が流れてきた…
No.two…
あなたとあたしは
ここからはじまるの
いつだって ここが スタート地点
2人ではじめるの
ここが 世界のはじまり
2人だけの世界へ…
はっ!
ヤバい。ヤバい。ラブ脳になってる!
あにさまと先生になら有り得るけど、シンはないから!
混乱したスーリアは、その混沌の渦巻きの中から目が覚めた。目覚まし時計を止める。朝だ。
今日も学校あるんだった!
ウエノのベバリービルズから高級車に乗り、高校まで乗り付けるスーリア。颯爽と車を降りると、学級委員の宇喜田くんが声をかけてくれた。
「スーリア、今日もカッコイイね。おはよう」
「おはよう。宇喜田くん、ありがとう」
教室のドアを開けると、シンの姿が見えた。ボッといっきに顔が赤くなるスーリア。
「なになに〜赤くなっちゃって、スーリア。どうしたん?」
そうからかいながら肩を組んでくるのは、ハルさん。今日もハルさんは、レトロなカメラを首から下げている。
「何でもないよ、ハルさん」
すると、シンはスーリアに気づいてこちらに向かってきた。
「スーリアぁぁあ」
「ひっ」
シンのよく分からない勢いに、思わずカバンで顔を隠すスーリア。
「おまえ、昨日の今日でよくそんな失礼な態度ができるのな」
カバンの向こうに覗くスーリアのおでこを、シンはデコピンした。
「な、なによ」
恐る恐るカバンを下ろし、顔を見せるスーリア。スーリアの目に映るシンは、顔を赤くしていた。
「あー、いや。ちょっとスーリアに聞きてぇことあってよ」
――!!
「なに?」
スーリアは、思い出していた。今朝方見てしまったフラグの夢を。
「なに?ってこたねーだろ。わかってんだろ?オレが言いてーこと」
「え、わかんない。あたし、あんたに聞かれる何かあんの?」
――…スーリア、今度の日曜日、デート行かねぇ?…
――まさかね…
「てか、あたしもあんたに聞きたいことある!」
「お?何だよ?」
「あの、何で、スーのあにさまとあんた、同じ匂いするの?」
一拍おいて、シンは反応した。
「は?」
「あの、スーのあにさまは、スーとは血が繋がってないんだけど、スーの大切な兄様で、今は異国を旅してて、ドロップスっていう乙女の涙を集めてて、何度も手紙送ってるんだけど返事がこなくて…」
「ちょ、ちょっと待て。お前、スーって、お前、自分のことスーっつってんの?」
「え?スーは、スーリア。あたしのことだけど…」
スーリアは、言ってしまってハッとした。
――しまったー!
「ギャハハハハハ!おま、お前、自分のことスーつってんのかよ。幼稚園児か!笑える。バカか!」
――ああああ…
大声でスーリアをバカにして笑うシンに、ハルさんが立ちはだかる。
「ちょっとシン君。いいじゃない、スーリアちゃんが自分のことなんて呼んでようと。てか、むしろカワイイじゃん」
――いいの。いいのよハルさん。本当は、自分のことをあにさまの前ではスーって言ってること隠しておきたかったけど、いいの。よけい恥ずかしいからっ。
ハルさんにおかまいなしに笑い続けるシン。他のクラスメイトも、このやりとりに笑いはじめる。
ウルウルしだしたスーリアの大きな瞳。
「ほら!シン君のせいだよ!スーリアちゃん泣いちゃった!」
「はぁ?勝手に泣けば。墓穴掘ったの自分じゃん」
「ひどい!スーリアちゃんに謝って!」
「謝るわけねーだろ。そいつが悪いんだよ」
「シン君が悪い!」
「いいや、スーリアだね」
恥ずかしさといたたまれなさで、ヘロヘロと床にへたり込むスーリア。顔を手で覆って隠した。ハルさんがスーリアの肩を抱く。
「ほら、謝って!シン君!」
「謝らねーよ。てか、オレの聞きてーこと、こいつ言ったじゃん」
シンの言葉に、はてなマークのクラスメイト達。
「え?」
顔を上げるスーリア。
「俺はさぁ、こいつバカにできるネタが欲しかったの。スーリアにバカって言えるのオレくらいじゃね?スッゲーよな、オレ様って」
笑ってみせるシン。
――な、なにぃい!?
シンは、昨日、ことの成り行きで…というか、シンの言い間違いのせいでスーリアが言った「バカ」という言葉が引っかかっていたのだ。自分のバカのせいで言われた言葉とはいえ、シンはよほど根に持っていたのだろう。
スーリアは、フラグの夢の件がホントにバカバカしくて、少し期待していた自分が恥ずかしくて、再び顔を手で覆って隠した。
「小学生みたいね。皆。ホームルーム始まる。今日は新しい教師来るらしいわよ。席に着けば」
昨日と同じように涼しい雰囲気で、スーリアとハルさんとシンの横を通り過ぎるエメラルド・サンドラ。クラスメイト達は、スッと静かに席についた。
今日の教室は、異様な熱を帯びている。
その人は…てか「人」と言っていいのか分からんが、その「新しくきた教師」は、異質な教師だった。なぜかというと、全身真っ黒な服を着ており、言動もツッコミどころ満載で。
しかも、現代の医療技術では実現するのは不可能とされる青い髪の毛をした、青い瞳の教師なのだ。
新しくきた教師は、真っ黒なマントを翻して、教壇に立った。
その顔を見た瞬間、スーリアの黒い瞳に一筋の光がさす。
「はじめまして。君達の新しい担任になりました。小生、名前をルドラ・シヴァ・ゼロと言います。よろしくね」
無表情で言ってのける教師。教室は、ざわついた。
「ルドラ・シヴァ・ゼロって!あの!?」
「何?ルドラ…なんたらって知ってるの?」
「いや、昔読んだ絵本だったかな。大昔に世界をいったん滅ぼしたとかいう怪物が、その名前だった気がする」
「え?」
「ルドラ・シヴァ・ゼロって実在するの?」
「かつての世界を滅ぼした、畏れの神だったような気もする」
「てか、青い髪の毛いいなぁ」
「まさか、本物じゃないんじゃ…」
「あにさま!」
スーリアは、ざわつくクラスメイト達はおかまいなしに、駆け寄った。
――会えた!本当に会えた!どのくらいぶりだろう。会いたくて会いたくてたまらなかった!あたしの…スーのあにさま!!
スーリアの周りだけ、空気がキラキラと輝きだす。ハートが飛び交う。期待に満ちたスーリアの瞳。
「あにさまー!久しぶり!会いたかった!」
と、頭突きをくらわせそうな勢いのスーリアの頭を、ガシッとゼロは右手で止めた。
「あーにーさーまー!近づけないー」
スーリアの両腕が、クルクルと空回りする。ゼロは鉄壁の無表情で言う。
「久しぶりスーリア。小生も会いたかったよ。でも、今は授業中。席につきなさい」
(はぁ!?スーリアと得体の知れない新任教師が知り合い?)
さらにザワっとなるクラスメイト達。
「えー?あにさま、今は授業中じゃなくてホームルームの時間だよ」
キョトンとして言うスーリア。
「そうなの?」
ゼロもキョトンとする。クラスメイト達は心の中で思った。
(そうだよな。授業中じゃなくてホームルームの時間だよな)
頭を掻きながら、申し訳なさそうにゼロが言う。
「小生、学校の教師をやるのは100年ぶりくらいでね。色々忘れていることがあるんだ。そう言えば、昔もホームルームの時間ってあったよね」
!?
(100年て!単位間違えてんじゃねーの?)
と、クラスメイト達は思った。
「え?あにさま、前にも教師をやってたことがあるの?」
スーリアは、興味津々でゼロの顔をのぞき込んだ。
「あるよ。自己紹介がてら皆も聞いて。小生は不老不死で、千年以上この世界で生きてる。というか、千年生き抜いた辺りから自分の年を数えなくなったよ。教師にはけっこう前からなってる。正式に教員免許を取ったのは、東照機国で法が整備されて教育者育成法が成立してからだから…何百年前だろう?」
!?
(不老不死て!大丈夫か、この教師!)
と、クラスメイト達は思った。
「小生は、東照機国で教員免許を取ったよ。でも、心配しないで。このAガーデンでも教員として認められてるから。普段は、スラムや過疎化の進んだ地域で、小さい子たちに紙芝居を見せているよ。今回、この高校で君達と、教師と生徒という立場として出会ったのは、小生の気まぐれ。何となく教師になろうかなって思って…っていうのもあるけど、小生の小さな妹と同じ時間を過ごしてみたいっていうのもあるかな」
ゼロの目配せに、スーリアはドキュンっとなって目がハートへと変わる。ゼロは、再び教室全体を見渡す。
「そんなこんなで小生をよろしくね。皆」
(え?これ、なんかのドッキリじゃねーの?このツッコミどころ満載の教師!)
と、クラスメイト達は(以下略。
(…てか、今更だけど、この教師の一人称「小生」なんだ…)
「それで、皆にもう一つ伝えなければならないことがあるんだ」
ゼロは、教室の出入り口を見た。
「入っておいで」
そのゼロの呼びかけで、ドアが開く。ボロボロの服をまとった少年が入ってきた。
金髪で、筋肉隆々。腰には演舞刀をさしている。そして、両目には呪文のようなものが書かれた包帯が、ハチマキのように巻かれている。
「新しいクラスメイトって訳じゃないんだけどね。君達もよく知っているクラスメイトだよ」
?
(言っていることが分からない。突然の新しい教師に、正体不明の少年に。理解が追いつかないんデスガ…)
と、クラスメイトた(以下略。
「ほら、シン。来るんだ」
ゼロが呼びかけたのは、エア・シングリードだ。
シンは、ふわぁっとあくびをして立ち上がった。ゼロを見つめて言う。
「コレで貸し一つ終わりな。ゼロ。お前さ、オレを利用するのはコレで最後にしろよ。都合よく妹の監視役させやがって」
シンは、教壇にいる両目に包帯が巻かれた少年の前に立った。
「久しぶり。オレ」
少年は言った。
「ああ、久しぶり。オレ」
シンは、体が透明になった。そして、少年の体に重なるように、その姿を消した。
「オレの名前は、エア・シンヴァラーハ。…つっても、エア・シングリードでも全然いいんだけどな。オレの分身と今まで仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくな」
シンは、教室中に響き渡る声で言った。そして、自分の目に巻かれた包帯を取る。
開いた両目は碧眼だ。
シンは、二つに別れた同一人物だったのだ。
「はぁ!?」
「え、シン君て分身だったの?」
「俺たち騙されてたのか?」
「騙されてたの?あのバカに」
「バカのくせに、人を騙せるんだ。分身でクラスメイトを欺く、そんな姑息なことよく考えついたな」
「ねぇ、バカなのに」
「おいおいおーい!聞こえてんぞバカって!オレはバカじゃねー。つか、騙してねーから。オレは、スーリアの監視役としてもう一人のオレを作り出したの!」
シンはクラスメイトにツッコミながら、スーリアの頭に手を乗せた。スーリアはシンを見る。
「気に入らねーけど、ゼロは、特別この女、スーリアを気に入ってんだよ。前に、どうしても近況が気になるから、側に行って逐一情報を報告しろって言われたんだよ」
そのシンの言葉に、スーリアはゼロを見た。ゼロは微笑みを返した。
「スーリア、小生は、いつもスーリアを思っていたよ」
スーリアはポッと頬が赤くなった。
「じゃあ、シンと小生の人は、前から知り合いってこと?」
「ん?小生の人って、小生のこと?」
ゼロの疑問にクラスメイトは答えた。
「小生の人って、先生のことです」
「そうか。そうだね。小生は、小生の人なんだね」
ふんふんとうなずく「小生の人」もとい、ゼロ。
(ややこしや〜)
と、クラスメ(以下略。
「そう、小生とシンは昔からの知り合いだよ。君達がシンに出会うより前からだね」
(へぇー)
と(以下省略。
「じゃあ、授業に入ろうか。皆、現代文のテキストを開こう」
(え?ちょっと待って。まだ解けない疑問が沢山あるんだけど。てか、次の授業も小生の人が担当?)
「あにさま、スー、何か、あの、理解が追いつかないというか、聞きたいこと沢山あって…このまま授業になっても頭に入ってかないっていうか…ごめんなさい。あにさま」
おどおどしながらゼロに言うスーリア。
(よくぞ言ってくれた!スーリア!)
「スーリア」
ゼロは、スーリアの頭を優しく撫でて、真顔で言った。
「君も席について、現代文のテキスト開こう。シンも、ね」
いっきにガクゥっとなる教室。
(結局、疑問は解けないままなんだな…)
自分の席に戻り、言われた通り現代文のテキストを机の上に広げるスーリア。シンは、何食わぬ顔で、クラスメイト達と同じように現代文の授業を受けはじめた。ボロボロの服のまま。腰に物騒な演舞刀をさしたまま。
「シン君、シン君。ちょっと、その格好どうにかならないの」
と、シンにヒソヒソ声で話しかけてきたのは、学級委員の宇喜田君。シンは、黒板を見つめながら答える。
「いいだろ。どんな格好でも。誰かに暴力振るうわけでもなし、誰かに迷惑かけるわけでもなし」
「でもね、シン君。学級委員として言わせてもらうけど、風紀的にどうかと思うわけだよ。ここはやっぱり制服着てもらわないと」
すると、二人の間に風が走る。
宇喜田君は、驚いて言葉を失った。風の走った先を見ると、教室後ろの壁に、チョークが刺さっていた。
「宇喜田君。私語は禁止だよ」
ゼロは、チョークを投げていたのだ。2本目のチョークを手に取ると、ゼロは不敵に言った。
「久しぶりだな。チョーク投げ。今度は、宇喜田君の眉間に的を絞ろう」
(…チョークって、壁に刺さる物だっけ)
宇喜田君は思い切って反論してみる。
「先生。失礼かとは思いますが、先生は、ルールを破られるおつもりなのですか?シン君は、制服を着ていません。これは、風紀を乱す決定的なルール違反です!」
すると、ゼロはハッとした表情になった。
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