第32話 違和感

 翌日、昨晩女中さんが用意してくれた布団からむくりと起き上がり、眠気覚しに頭をぶんぶんと横に振る。

 今は朝の6時、昨日女中さんから明日の朝ご飯は6時半からですよ、とは聞いていたから、目覚めるには少し早いかちょうどいいくらいの時刻だろう。


 目覚めはあまり良くなかった。でも最悪というわけでもなかった。要は普通よりちょっと悪いくらいだ。

 慣れない部屋での就寝、というのももちろんあったけど、昨日の一件についてうんうん唸っていたせいで上手く寝付けなかったという方が正しい。


 全く、自分がこんなに優柔不断だとは思ってなかったよ。

 未だミコト様にどんな顔して話をすればいいのかよくわからない。

 取り敢えず、眠気覚ましに外にでも出ますか。

 布団から立ち上がって布団を綺麗に畳んでから部屋の外へと出ようと襖を開けた。


 綺麗に手入れされた日本庭園を横目に、俺は長い廊下を進む。

 日差しが適度に庭を照らして、池が、植えられた木々がより一層映えて見える。

 そんな光景に少しばかり心を癒されつつ、てくてくと歩を進めていく。


 暫く歩いていると、近くから床を強く踏みしめる音が聞こえた。

 確かこの先にあるのは––––––武道場だっけ。

 少し気になって、早足で武道場まで近づいき、引き戸を僅かに開いて中を伺う。


 音を響かせていた張本人は、俺のよく知る人。

 –––––そういえば、ミコト様がこんな風に一人で鍛錬してるの見るの、初めてだっけ。


 ミコト様は目を閉じたままふぅ、と息を吐く。背筋を伸ばし、腰の辺りで握り拳をぐっと握っていた。うっすらと汗を滲ませていることから、短く見積もって30分くらい前から始めていたのだろう。


 数秒間程、その姿勢を保った後、目を見開いて、ゆったりと構えを取る。


 そのあと素早く右、一呼吸置いて左、と正拳突きを放った後、空気を薙ぎ払うように鋭い上段蹴りを空に打ち込む。

 そしてその足を折りたたんだ直後、流れるように左足を前に踏みしめ、右手で掌拳を放った。


 その瞬間、心地いい風が周囲にふわりと舞う。


 思わず見惚れてしまうほどに綺麗だった。

 普段のあっけらかんとした雰囲気とは全く違う、凛としていて、引き締まったような雰囲気を宿していて、それが一つ一つの動きをより映えさせて。

 まるでそこに敵がいるんじゃないかと錯覚してしまうくらい迫力があって、動作一つ一つが躍動していた。


 ミコト様は再度目を閉じてゆっくりと最初の構えに形を戻すと、俺が見ていることに気づいたのか、ちらりとこちらを見て、


「ん? あー起きたのか。おはよう羅一」


「うん、おはよう」


 比較的アッサリとした挨拶をお互いに交わす。

 でも、お互い話すことがあまりないせいか、少しの間、静寂が場を包む。まぁ、俺自身には今は少しミコト様と話すのが気まずい、という理由もあるけれど。

 それはいいとしても、全くと言っていいほど上手い話題が出てこない。なんでだろ、いつもならは ポンポンと上手い話題が思いつくはずなのに・・・。


 見ればミコト様もすごく気まずそうな顔をしている。何か、何か話すことは、えーっと・・・。


 ・・・あ、ししおどしが鳴った。好きなんだよな、この音。あーいい音だなー。


 って違う!

 なに現実逃避してんだ。何か話題を見つけないと。流石にずっとお互い何も言わないまんまはちょっと嫌だ。


「あ、そうだ。ミコト様ってさ、毎朝そうして自主トレしてんの? なんか新鮮だな」


 ようやく捻り出せた話題はそれこそ普遍的なものだった。どうして今まで思いつかなかったんだろうかと不思議になるほどに。

 ミコト様は少し可笑しそうに笑って、「なんだ、そんなことかよ」と呟き、


「当たり前だろ? 普段から鍛えておかねーと、体が鈍っちまうからな。正直、妖退治だけじゃ動き足りねーしな」


 ま、朝起きんのは少し苦手だけどな、と呟きつつも、ぐっと握り拳を握って、前に向かって突き出して見せた。

 まぁそれは俺にとってミコト様らしい答えで、何故だかそのらしさが、今の俺には、より光って見えた。


 でも、今はその光は少し俺には心苦しくて、より心の靄が深まってしまう。


「そっか。それじゃ、俺も少しトレーニングしてから朝飯にしようかな」


「お、精が出るねぇ。組手でもするか?」


「いや、流石に朝起きたばっかだからさ。そこまで激しいのは遠慮しとくよ。軽く柔軟と筋トレする程度にしとくさ」


 少し体を動かせば、この心の靄は晴れるだろうか。そんな思いで、俺は体をぐいっと上へと伸ばす。


 そういえば、

 ミコト様がさっき拳を握って突き出したとき、少し表情に陰りが見えたのは気のせいだろうか?

 少し疑問に思って、体を伸ばしながらちらりとミコト様の方を伺ってみるが、特に変わったところは見られなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る