第22話 羅一の反撃

「千歳さん、ありがとう。もう大丈夫だよ。ごめん。本来なら、俺が守るべきはずなのに・・・」


 俺は千歳さんのすぐ後ろまで行き、ぽんと肩に手を置いて話しかける。

 その千歳さんは大分疲れているようだった。そりゃ当たり前だ。さっきからずっとこの光の壁を維持し続けているんだから。体力的にも、精神的にも辛いものがあるだろう。

 彼女に、ミコト様達に迷惑かけた分、この後は俺がしっかりしないと。


「もう・・・っ。遅いよ。大麦君・・・!」


 千歳さんは安心したように柔らかく笑うと、糸が切れたようにその場にどさりと膝をついた。

 その瞬間、俺たちを包んでいた光の壁が消失する。


「ありがとう。今度は絶対心配なんてさせないから」


 そう言って、俺は千歳さんの手をぎゅっと掴む。

 彼女の手の暖かさを確かめる。この人を絶対に、絶対に守るんだ。


「っ! うん。信じてるよ」


 大きく、力強く、頷いてくれた。

 やってやらぁ。みんなの頑張りを、信頼を無駄にしないためにも!

 そう自身を奮い立たせて、俺はぐっと勢いよく敵の方を向いて、


「よう、待たせたな。ここからは俺が相手させてもらうぜ」


 構えをとって、クイクイッと「かかってこい」のジェスチャーをする。

 精一杯の挑発(のつもり)だ。少し自分に似合わないだろうが、堂々としてみた。


『はっ! 誰かがこちらに向かってくると思えば、先程無様な姿を見せた男ではないか!貴様ごときが我に挑もうなどとは・・・」


 猫又は思いっきり鼻で笑ってくる。なめ腐りやがってこんちくしょう。


『調子に乗るなぁっ!』


 言葉に一区切りつけたと思うと、すぐさま飛びかかってきた。

 速い。あっという間に距離を詰めてくる。

 少なくとも、さっきまでの俺だったら、この後なす術なくぶっ飛ばされてるだろうな。

 でも、今回は違う。

 猫又の動きが、スローモーションで見える。

 頭は驚くほど冷静で、とても冴え渡っていた。

 力が、目覚め始めてるのかな。今まで以上の力が。

 根拠もなく、そう思った。てかそうじゃなきゃこの今の俺の状況を説明することができない、と思う。

 猫又が眼前まで迫り、腕を振り上げた瞬間、俺はミコト様の言葉を思い出していた。


 ––––––俺の、培ってきたもの、か。

 そんなの、分かり切ってることだ。

 とにかく、一瞬一瞬を速く! 前に

 それしか、ねぇっ!

 心の中でそう叫ぶと、自然と猫又の前に向かって飛び出していた。

 そしてその脇をすり抜け前に直進する。


 ––––––今まで俺は、速さを表現する際に、一瞬で、とかそういう類の言葉をかなりの頻度で使ってきたと思う。

 でも––––––今回俺が出したスピードは、多分、本当の意味で、一瞬の出来事だった。


 自意識過剰と思われるかもしれないが、当の本人が一番驚いている。

 だって、んだから。

 要するに、俺自身がとんでもないスピードで駆け抜けていった、ということだ。


「嘘でしょ・・・。何あのスピード」


「こ、れは・・・、想像以上だな・・・!」


 神風さんとミコト様、それぞれがそれぞれの言葉で驚きの声を上げる。

 神風さんは信じられないといった表情をしている。いやぁ俺だって信じられないからね?

 ミコト様は少し嬉しそうで、楽しそうな顔をしている。あ、あれ絶対ワクワクしてるわ。

 今ならいける。

 自分の強さを信じられている今なら––––––こいつにだって勝てる!

 さあやってやるぜ、第2ラウンドの、始まりだ!

 猫又は、今のスピードに少し狼狽えてる様子だった。信じられない、こんなのまぐれに決まっている。と考えているのが顔によく出ている。

 そして、俺の方を見て、


『調子に乗るな! このクソ餓鬼がぁあっ!』


 そう叫んで俺の方へ向かってきた。

 速い、かなりのスピードで距離を詰めてくる。

 でも、見えない速さじゃない。

 かがんで相手の突進を躱す。

 勢い余って相手が俺の後ろへと飛び出す。

 そしてその時、俺は振り返って、全身に光の力を集めて、


「ぬぉりゃぁぁあっ!!」


 全力で相手の背中に向かってタックルした。

 おそらく、一般車の出せる最高時速(大体スピードメーターから推測するに200キロくらい)より何十倍も速い速度が出た。

 タックルした瞬間、とんでもなく低く、重い音が聞こえた。耳が少し痛くなるくらいの。

 相手の背中から、何やらミシとかボキとかそんな音が聞こえた。

 まぁそんなの食らったら、いくら長い時を生きた強者の妖怪も当然ただでは済まない訳で。


『ごはぁぁあっ!』


 顔をひしゃげて、唾を吐きながら体を宙に浮かす。

 俺は猫又の身体にぴったりと張り付き、体重をかけて地面へと叩きつけた。


『ぐ、くそっ!』


 敵は必死に身体を起こそうとするが、俺が背中に乗っかっているのと、今ので骨が一本二本折れているため、上手く立ち上がることができずにいる。

 あくまで致命傷にはなっていないみたいだ。ダメージは相当受けているみたいだが。

 でも、それでいい。俺の仕事は敵を押さえつけること、無力化させることだ。トドメを刺すのは、


「やったな羅一。信じてたぜ」


 ミコト様の仕事だ。

 てかいつから真後ろにいたんだろう。全然気づかなかった。


「ありがとう。ま、トドメはさせなかったけど」


「それでいんだよ。今回は。大事なことに気づけたんだからな」


 そう言って肩にポンと手を置いて語りかけてくる。

 ずっと、ミコト様のようにもっと格闘の技術とか、そう言った面で強くならなきゃいけないのかと思ってた。

 いや、それももちろん大事なのだろうけど、

 多分、それ以前に自分の持ってる強さっていうのを知らなきゃいけなかった。

 新しいことだけじゃない。今まで自分が持っていた強さ、長所。それを自覚しなくちゃいけなかった。それを信じてやらなくちゃいけなかったんだ。

 自分の持っているものを活かせないで、活かそうともしないで、人の役に立てる訳ないよな。

 よくよく考えれば当たり前のことだった。

 でも、そんな当たり前のことに、気づけて本当に良かった。


「うん。ありがとう。本当に」


「うし! じゃあ後は任せろ。巻き添え食っちまうから一旦どいてくれ」


 そう言われて俺はひょいと猫又から降り、少し遠くへ離れる。


『野郎・・・!許さんぞ! お前ら絶対に・・・って、な、何⁉︎』


 敵はぐっと立ち上がり、激昂した顔で叫んだと思えば、驚愕した表情に変わる。


「あ? そりゃこっちの台詞だこのニャンコ」


 あ、ミコト様の雰囲気が変わった。

 めっちゃ怒ってる。オーラが目視出来るほどに。

 地面に地割れが出来、大地が少し震えている。

 怖えよ、超怖えよ。なんだこれ。


「さっきはよくもアタシの大切な奴に手ェ出してくれたなぁ・・・? ホント、舐めてくれやがって・・・。お前の骨が折れてよーが満身創痍だろーがもう関係ねぇ」


『ひ』


 口調がもはやヤンキーみたいなんですが。 何度も言わせてもらうけど神様らしくないよな本当に。

 そんで猫又はめっちゃ怯えてるよそりゃそうだ。こんな気迫を前にして怯えない方がおかしい。俺もこんな怒り方してるミコト様見たことねーもん。

 それは神風さんも同じみたいで、少し肩を震わせている。

 おいおい怯えてんじゃんミコト様、出来ればもーちょい抑えてくれると助か・・・


「羅一、少し黙ってろ」


「はいすみません」


 なんでこーいう時だけ心読むんだ。

 まあ仕方ないっちゃ仕方ないか。

「よーし、んじゃ・・・全力で潰す! 神の裁きだごるぁあああ!」


『ひいいいい!!」

 もう口調に関しては突っ込まないよ?

 ミコト様は拳に全身の力を集約させる。

 そして猫又は逃げた。 全力で逃げた。必死に遠くへ行こうとする。

 ミコト様はその拳に集めた全身の力を––––––エネルギー波にして思い切りぶつけた。

 あれではいくら遠くに逃げようが関係ない。

 一気に距離を縮め、ぶつかり、飲み込んだ。


『うぎゃあぁぁぁあ!』


 光の中から断末魔が聞こえる。

 そして跡形なく消え失せた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る