第20話 戦闘開始

 物は見かけで判断してはいけない、とよく言われるが、これに関しては、本当にその通りだと思う。

 俺の目の前にいるのは、猫だ。外見だけ見れば、愛嬌のある顔に、小ぢんまりとした可愛らしい体躯。

 でも、その可愛らしい体躯からは、禍々しいまでの妖気を感じる。

 そして何より特徴的なのが––––––二又に割れた尻尾だ。

 猫は本来の寿命を超えて長生きすれば、猫又と呼ばれる妖怪になり、尻尾が二又に割れ、特殊な能力を身につけるらしい。

 こいつは絶対に猫又、だよな。

 ミコト様は先程、こいつの事を神風さんと妖退治をしていた頃に取り逃がした奴、と言っていた。

 としたらこの猫は相当、いや、凄まじいまでの年月を生きていることになる。

 猫でそんな事、ありえんのかよ。

『ミコト様、本当にあれ・・・』


『あぁ、あの猫には見覚えがあるから、間違いねぇだろうよ』


『でも、ありえんの? いくら猫又とはいえ、そんな長く生きることなんて・・・』


『たまにいるんだよ。猫又にも、寿命なんて関係ないやつがな。あの時ももうだいぶそうだったが・・・もうあいつは猫じゃない。自分の妖気に呑み込まれちまった妖怪だな』


 強い力は自分の身を滅ぼしかねないというのを聞いたことがある。

 あの猫も、そうなってしまったということだろうか。

「ねぇ、さっきから何見てるのお兄ちゃん–––って猫⁉︎ かわいい!」


「お、野良猫かぁ。結構綺麗な毛並みしてんじゃん!」

 真衣は目をキラキラさせながらその猫又に近づいていく。

 弥勒も興味を示したのか、一緒になってついていく。

 おいバカ‼︎ お前ら何やってやがる‼︎

 思わずそう言ってひっぺがしたくなるが、こいつに何を言ったところで何もわからないだろう。おそらく笑い者にされるのが関の山だ。

 おそらく猫又も、この人間の世界に溶け込むために、自分が猫又だと悟られぬように上手く誤魔化して過ごしているはずだ。その証拠に、真衣達は尻尾が二又に割れていることに気付いている様子はない。

神力が使えるわけでもない、普通の人間の真衣や弥勒がわからないのも無理はないだろう。


「大麦君。ミコト様」


 突然、千歳さんの声が聞こえてくる。

 振り向くと千歳さんは俺達を鋭い目で見て、そして声を潜めて、


「なんで・・・黙ってたの?」


 少し怒ったような口調でそう言ってきた。やっぱりわかるのか。この猫が普通じゃないってこと、そして妖の類だってことは。

 しかも俺達が前々からこいつの気配を察知していたことまで見抜いているらしい。

「ごめん、後で話す」


 本当はしっかりと説明してあげたい。でも、今はそれどころじゃない。


 なるべく怪しまれないようにこの猫から真衣たちを遠ざけないと・・・!


 しかし、思えば、簡単なことだ。

 そんなことさせてくれる訳がない。

「ほーら、怖くないよー。こっちにおいでー」

 真衣はちょいちょいと猫又に向かって手招きをする。すると、

「フシャァァァアァアッ‼︎‼︎」

「えっ!?」

 猫又は真衣に、というより俺たちに向かって唸った。

 真衣はビックリして後ずさる。

 その瞬間、猫又の妖気が神社中に漂った。

 紫色にもみえるその妖気は、どんどん濃くなり、周囲を不気味に染め上げる。

 何時の間にか、辺り一面、誰も見えなくなってしまった。

「くそっ! みんないるか⁉︎」


 俺は声を張り上げてみんなの安否を確かめる。

 すると何処からか腕が伸びてきて、俺の手をぎゅっと掴んだ。

 突然のことに、心臓が飛び出そうになる。

 咄嗟に後ろを振り返ると、

「無事だったか、よかった」


 その手の主は、ミコト様だった。


「なんだ、びっくりさせるなよ・・・」


「驚かせたなら悪かった」

 ミコト様は少し安心したような表情をしている。

 取り敢えずミコト様が無事でよかった。あとは他のみんなを早く見つけないと。


「ひとまずこの妖気を払わなきゃいけねーな。よし羅一。少し離れてろ」

 ミコト様はそう言ってぐっと両手の拳を腰の辺りで握ると、

「はっ!」

 思い切り気合を込めた。

 瞬間、ミコト様の体がまぶしく光る。光ったかと思うと、一面の妖気の靄が、一気に吹き飛んだ。


「大麦君!」

 突然、後ろから声が聞こえる。見ると、千歳さんがこちらに向かって走ってきていた。


「よかった。1人になったんじゃないかって思ってた」


「無事でよかったよ。でも・・・」

 上部を見てみると、先程一面を覆っていた妖気の靄が、ドーム状に俺たちを覆っていた。


「これは・・・結界?」


「多分そうだろうな。奴はアタシ達をここに閉じ込めたんだ。誰にも見られずに、思い切り暴れられるようにな」


 俺の疑問に、ミコト様が答える。

 改めて辺りを見ると、弥勒や真衣の姿が見当たらない。

 ここにいないということは、結界の外にいるということだろうか。そうであってくれるといいけど。


『ふふ、久し振りだなぁ、尊ノ神よ』

 何処からか、腹の底に響くような低い声が聞こえる。

 目の前には何時の間にやら、猫耳と尻尾の生えた、少し幼い、小学校5年生くらいの男が立っていた。

 男の猫耳&尻尾とか誰得なんですかね–––––っと、そんなこと思ってる場合じゃない。

「お前は、さっきの?」


『そうだ。お前にやられてから長い年月が経ったな。お前に報復せんと力を蓄えていくうちに、こうして人の姿に化けられるようになった』


「なんでこいつらを巻き込んだ? お前の目的はアタシ1人のはずだろ」


『お前と関係を持つものだからだ。お前と親密な者は全員・・・見逃しては置けぬ。特にそこの男は、お前と特別な繋がりを感じたからな』


「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ってか? ったくよ」


 ミコト様はそう言いながらぐっ、と構えをとって臨戦態勢になる。

 俺も千歳さんを後ろに匿い、構える。

 すると、上から何かが落ちてきた。

「尊ノ神っ!」

 それは大きく叫ぶと、俺たちの目の前で着地した。

 長い髪をなびかせ、姿を現したのは、神風さんだった。

「お前、どうやってここに?」


「神社に妖が紛れ込んだのは、前々から察知しておりました。私も個人的にこの妖を探していたんです。そうしたらここに結界が張られる気配がしたので、上手くこじ開けてきました」

 少し時間がかかってしまいましたが、と神風さんはぼやきつつ経緯を説明する。

 そしてすっ、と猫又を見据えて、

「尊ノ神。手伝います。すぐに終わらせましょう。君は–––––そこの女の子についていてくれ。多分邪魔になる」

 神風さんは、目を細めつつ、俺を見ながらそう言った。

 おいおい、酷い言い草だな。最後のはいくらなんでも–––––

 でも、確かに、今の俺に何ができるか?

 こんな中途半端な奴がでしゃばった所で、確かに邪魔になるだけじゃないか?

 でも、でも、俺だって。そう思うけど、胸に引っかかるものがあって、言葉が出ない。


「羅一。お前が邪魔だとは思ってない。でも、確かに千歳を守る奴は必要だからな。悪いけど、頼まれてくれるか?」

 確かに、千歳さんを1人にするわけにはいかない。

 千歳さんもなんらかの力を持っていることは確かなんだけど、なるべく彼女を戦いには参加させたくない。こういったことに巻き込みたくないのだ。


 それは、俺もミコト様も同じだった。

「わかったよ。千歳さんを怪我させるわけにはいかないしな」


「そっか。ありがとよ。羅一」

「では尊ノ神、いきます!」

 そういうと、神風さんは目を閉じる。すると、ポウ、と神風さんの周囲が仄かに光った。

 確か、神風さんの能力は「先読み」だったか。相手の動向をある程度先まで正確に読めるっていう。

 それで読んだイメージをミコト様に送ってるんだな。


『ふん、準備はできたみたいだな』


「へぇ、待っててくれたのか」


『当たり前だ。奇襲で勝っても、俺の心は満たされない』

 猫又は指をバキボキと鳴らしながら威嚇し、ファイティングポーズを取る。

 ミコト様もすっと相手を見据える。

 お互いが少しにらみ合った後––––––お互いが飛び出してぶつかり合う形で、戦いの火蓋が切って落とされた。








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