【第三話 脳内イメージ】

 俺は、戦国武将の上杉謙信を崇拝している。苗字は武田だがな……。

 戦国時代最強の武将とも言われ、義に篤く、戦の時は必ず大義名分を掲げ、数多くの合戦に明け暮れた無欲の男だ。


 欲深く、あれもこれもと初詣で願い事をする俺が、無欲の男を崇拝するのは変な話かもしれない。しかし、自分の持っていないものを強みにしている相手に対して尊敬の念を抱くという考え方も、アラフォー世代を謳歌する男たちが持つ特徴の一つではないだろうか。


 ――我あればこそ毘沙門天も用いられる。我なくば毘沙門天もありえない。


 これは、上杉謙信の言葉である。

 神がかり的な戦勝を重ねる事で、謙信は自らを戦の神である毘沙門天の化身と考えるようになり、その信仰は年々深くなったという話は有名だ。


 この多聞寺は、その毘沙門天が祀られている寺である。たまたま墓参りする機会のあった菩提寺で、たまたま毘沙門天を知り興味と好意が高まっていった少年時代。そうした「たまたま」の背景から、毘沙門天を崇拝していた謙信にも憧れを抱くようになるのは、自然の流れというものではないだろうか。


 単純な発想か? いや、そういうものだと俺は思う。


 二体の小鬼は、だいぶ近くまでのそりのそりと迫って来ていた。

 俺は迎撃の構えから右腕を前へ伸ばし、ゆっくりと左手の人差し指と中指を立てて口元に当てた――いわゆる陰陽師構え。もちろん、習ったとか伝承を受けたとかではなく、お座なりなものである。


「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」


 そして、毘沙門天の真言を唱えた。これは、ちゃんと覚えたものだ。学生時代に見た戦国モノ映画のワンシーンで、上杉謙信役だった俳優が唱えていたものである。その姿は、めっちゃカッコ良かった……だから俺も、何か困った事やピンチに遭った時は、いつも口癖のように唱えていた。とはいえ、俺が真言を唱えたところで、別に何かが起こるわけではない。


 己の気分を奮い立たせるだけの、単なる「気付け」的な呪文ですよ。着物姿の美しいマダムを前にしてるんだし、ちょっと格好つけたくもなるじゃないですか。


 しかし、この日ばかりは少し様子が違った。

 真言を唱えた直後、突然「ブオォォン!」という音が鳴り、目の前に俺の背丈くらいはあろうかという赤胴色の棒が現れたのだ。そのまま、伸ばしていた右手へ吸い寄せられるように浮遊し、俺の手によって握られるのをフワフワと待っている。


「え? 何だこれ?」


 何が何だかわからないが、とりあえず浮いている棒を握った。あ、軽い……職場では終始パソコンとにらめっこ状態で、運動不足と筋力レベルの低下が注意勧告されている俺だが、これは楽に振り回せそうじゃないか。


 振りまわした事もない長い棒を、映画の中の僧兵みたいに軽々とブン回し、ピタっと右の小脇に抱えて左手を前に伸ばす。なんだ、このイメージ通りに動いてくれる棒は? 気分はすっかり毘沙門天だ。ちょー気持ちイイ!


 俺の軽快な動きに呼応して、小鬼たちの動きが止まった。歯軋りするような苦しい表情と、荒い鼻息とも呻き声とも聞こえる呼吸は相変わらずだが、それも慣れてくると可愛らしく見えてくる。しかし、油断してはならない。ここは先手必勝だ!


 俺は姿勢を変えて、小脇に抱えていた棒を振り上げ、まずは右側の小鬼に向かって一気に間合いを詰めた。そして光芒一閃――振り下ろした棒が、小鬼の頭へモロに直撃する。するとどうだろう、頑丈そうな頭部へ当たる手応えを感じぬまま、シャボン玉が弾けるようにプチンと小鬼が消滅してしまった。


「へっ? 楽勝? 抵抗しないの?」


 小鬼からは血も出ない。緑色だか青色だかわからないけど、体液のようなものも出ない。悲鳴すら上がらない。それはまるで、ゲームの中で勇者がモンスターを倒した瞬間のように、突然パッと消え失せてしまうような感じだった。

 もう少しこう……なんて言うの? 簡単にやられたとしても、もっと臨場感というか「やられたぁ!」的なリアクションがあってもイイんじゃないかしら?


 しかし、拍子抜けしている場合ではない。楽勝ムードなら、このまま一気に残りの小鬼も片づけてしまおう。俺は振り下ろした棒を、そのまま左へ薙いだ。ちょっと無理な体勢だったが、棒は軽いし当てるだけで何とかなりそうな気がしてきたので、なりふり構わず小鬼の胴へ当てにいく。


 ――プチン!


 ほーらね! 小気味良い快感。当てるだけでシャボン玉のように弾けて消えるんですよ。いいじゃないか、いいじゃないか! この調子なら、小鬼が何十体と出てきようとも、延々と戦う事ができそうじゃないか。


「さあ、次はどいつだ。腕くらべは終わりか。井の中の蛙ども!」


 決まった! カッコ良く決まった! 調子に乗ってきた俺は、棒をドスンと地面に突き刺し、次なる刺客を待った。


 ――俺あればこそ毘沙門天も用いられる。俺なくば毘沙門天もありえない。

 

 上杉謙信の言葉が若干アレンジされて脳裏に甦る。

 そうだ! 謙信の後継者は、この武田信治様なのだ――。




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