第11話「私も個人で動きたい仕事があるから、今回はクロに任せるわ」


 イノセンスの咲き乱れる浮島からアンダーテイカーがある浮島に戻る際も、シルキーは執拗にゼロの死んだときの様子を訊いてきた。

 勿論、覚えているはずもなく、彼女から死因と死亡場所を明かされても今一つピンとこなかった。

 ただ、生前の情報は明かせないと言っていた手前、聞いても大丈夫だったのかと不安を覚えた。


「死因とか、聞いても良かったのか?」

「駄目ね」

「えっ」


 やはり、明かすのはタブーのようだ。

 あっさりと認めたことに驚いてしまったが、彼女は気にした様子もなく、少し前にオルクスのもとに向かったときのことを話した。


「けど、オルクスに特別許可は貰ったわ。あなたの未練を思い出す手掛かりがあるかもしれないし」

「特別許可が出るなら、最初からそうしてくれれば良かったのに……」

「事情が変わったの。これは、私が転生できなかった未練にも関わることだったから」


 「未練を忘れていて、転生できないから」という理由は、特別許可を出して貰うには十分だろう。

 だが、今になって特別許可を貰ったのは、ゼロが転生できないからという理由だけではないようだ。

 シルキーが抱えていた未練。それが解消するのなら、彼女も転生できるのだろうか?


「じゃあ、解消できたら、シルキーも転生するのか?」

「……いえ。私はできないわ」


 アンダーテイカーを囲う洋館内。部屋の扉がずらりと並ぶ廊下を歩いていたシルキーの足がぴたりと止まった。

 振り向いたシルキーは呆れたように言った。


「もう忘れたの? グリムリーパーは転生が許可されていないって」

「あ……」


 改めて気づかされ、言葉が何も出てこなかった。

 シルキーの言葉には、呆れの他に諦めも含まれている。

 もし、グリムリーパーでなかったとしても、転生するには時間が経っている上、多くのストレイに触れすぎた。門をくぐったとしても、ゼロのように拒絶されるだけだ。

 押し黙ってしまったゼロを一瞥してから、シルキーは再び歩き出す。


「この際、他のグリムリーパーについて回ってもいいかもしれないわね」

「いきなりだな」

「マナを摂取していれば、恐らくグラッジ化は抑えられる。けれど、マナの摂りすぎも、ストレイにとっては良くないはずよ」


 グリムリーパーは生命エネルギーとして必須の物だが、転生するストレイからすれば本来不要なものだ。

 あくまでも仮説だが、冥界の物を摂取しすぎれば、転生にも影響を及ぼす可能性がある。

 ならば、多く摂取してしまう前に、早くゼロの未練を解消しなければならない。


「私も個人で動きたい仕事があるから、今回はクロに任せるわ」

「クロに?」

「本来、グリムリーパーは他のグリムリーパーが担当したストレイには関わらないの。けど、クロは最初からいたし、あなたと同室だから問題ないわ」


 確かに、シルキー以外のグリムリーパーはゼロに関わってこようとはしなかった。視線だけは感じていたが。

 だが、クロは最初に転生の門で会ったため、関わったも同然だ。今も部屋が同じになっている。

 なるほど、と納得しかけたゼロだったが、シルキーがわざわざ「他のグリムリーパー」と言った意味がないことに気づいた。


「ってことは、他のグリムリーパーって言っても、最初から決まってるじゃん」

「クロには言ってあるから」

「聞いてる?」

「揚げ足取りたいだけなら時間の無駄よ」

「……はい」


 シルキーに勝てる気がしたのだが、一蹴されて呆気なく終わった。

 そして、部屋に着くと、今回もシルキーは遠慮なく扉を開ける。荒々しくはないものの、ノックもないいきなりの来訪に、中にクロがいれば揉めそうだ。

 だが、予想に反してクロからの怒号は飛んでこなかった。

 まだ何処かに出掛けているのかとそっとシルキーの後ろから中を覗く。誰もいないのか、室内はとても静かだった。

 ゆっくりと視線を移動させると、部屋を出る前にはなかったはずの黒い何かが、クロのベッドの上にいた。クッションにも見えるそれは、よくよく見れば身を丸めている黒猫……クロだ。

 気配に敏感なはずの動物が、侵入者が来ても眠っているのは珍しい。


(なんか、疲れてる……?)


 理由は分からないが、纏う雰囲気がどことなく辛そうに見える。

 突然、姿を消していたクロだが、離れていた間に何かあったのかと心配になった。

 一方、シルキーはつかつかとベッドに歩み寄ると、容赦なくクロの首根っこを掴み上げた。


「起きなさい駄猫」

「ふぎゃっ!?」


 何とも荒々しい起こし方だ。ゼロのときはデスサイズを使用していたため、まだ可愛いほうかもしれないが。

 熟睡していたらしいクロからは猫らしい悲鳴が上がった。

 手から逃れようとじたばたと宙を掻いて暴れるクロだが、掴み起こしたシルキーは冷静な表情のまま言う。


「まったく。これから仕事だっていうのに暢気に寝てるんじゃないわよ」

『ああ!? 俺がいつ寝ようと関係ないだろ!?』

「さっき回収したのはあんたじゃないのに、何をそんなに疲れてるの」

『うるせー。さっさと下ろせクソアマ、っと!?』


 悪態を吐いたクロだったが、直後に手を離されるとは思っておらず、また驚きの声を上げた。それでも華麗に着地をしたのはさすがと言うべきか。

 体を振るって気を取り直したクロは、ベッドの上でシルキーに体の側面を向けてお座りをして横目で彼女を見る。猫の姿だが、口元はどこかにやついているように思えた。


『ったく。「ゼロにマナを与えて、異常が出ないか少し様子を見たいから待って」って言うから待っててやったのに、なんでこんな目に遭わされんだ』

「え?」

「かっ、勘違いしないでちょうだい。異常が出れば、対処に走らなきゃいけないのは私なの。別の仕事があるのに、あなたのことで余計な気を遣いたくないのよ」


 ゼロの視線を受けたシルキーは、照れ隠しなのか突き放すように言ってそっぽを向く。その耳は赤く染まっている。

 すると、人の姿を取ったクロがベッドに腰掛けたまま、にやにやとシルキーを見て言った。


「素直じゃねーのなぁ」

「煩いわね。本当のことを言ったまでよ」


 開き直ったのか、シルキーは耳や頬から赤みを消し去り、平然とした顔でクロを見て返した。

 クロはクロでこれ以上、彼女をいじる気はないようで、「へいへい」と適当に相槌を打つとベッドから立ち上がった。


「休憩は終わったか?」

「ええ。もう十分よ」

「よっしゃ。なら、行くぜ。ゼロ」

「もう行っていいのか?」


 ゼロの休憩は終わったとして、クロは大丈夫なのか。辛そうに見えた手前、すぐに向かってもいいものかと心配になる。

 だが、そんな心配など無用だと言わんばかりに、クロはゼロの頭を軽く叩くように撫でた。


「平気だ。そんな簡単に消滅するほど、グリムリーパーは柔じゃねーからな」

「……分かった」

「まぁ、この回収が終わったら、またすぐ戻ってくる予定だ。一回くらいなら辛抱できる」


 やはり、それなりに疲れてはいるようだ。次の回収はどんなものか分からないが、面倒を見てもらうからには、できるだけ負担が掛からないようにしたい。

 三人で部屋を出て、アンダーテイカーの転送の泉に向かう。

 途中、様々なグリムリーパーが行き交っているが、やはり、シルキーが言っていたように関わりを持ちたくないのか視線を感じても合わさることはない。

 ゼロは疎外感を覚えつつ、シルキーとクロから離れないよう、そして、競うように先を進む二人に追いつくためにも歩調を速めた。

 転送の泉がある温室に辿り着いた頃には、ゼロは現世に行く前から疲労を感じてしまい、激しく後悔した。


「それじゃ、くれぐれもコイツに借りを作らないように」

「う、うん……。借りというか、足は引っ張らないようにするよ」

「じゃんじゃん作ってくれてもいいぜ? お前が転生した後、こいつに請求するから」

「作ったら問答無用で門に放り込むから」

「クロ。俺、邪魔しないように控えてるよ」


 ケルベロスに食べられるところを想像して、絶対に借りは作るまいと決心した。

 クロは「はいはい、じゃあ頑張って」と面白くなさそうに言うと、自身のランタンを取り出して杖の石突きで泉の表面を突く。


「それじゃ、一狩り行くぞ」

「あれ? なんか聞いたことあるかも……」

「気のせいだろ。ほら、迷子になんなよー」

「うわわわ。行きます行きます」


 クロはゼロを置いて一足先に泉に飛び込み、ゼロも慌ててその後を追った。

 はぐれないように、と手を繋いでくれたシルキーは優しかったのだと思い知った瞬間だ。

 一人、転送の泉のある温室に残ったシルキーは、二人がいなくなったことで軽く息を吐く。

 泉の上に浮かんでいた陣が光を弱めていき、水に溶け込むように消えていったのを見てから、自身のリストを取り出した。


「ゼロが迷子になったら、ただじゃおかないわよ」


 リストを開けば、一番最初のページに転送の門をくぐっていないストレイ……ゼロの内容が出てくる。

 死因の箇所に書かれた「転落死」の文字。一見、自殺を図ったのかと思わせる死因だが、自殺者であれば「自殺」もしくは「要注意」と補足があることがほとんどだ。しかし、ゼロの場合はそういった記述が一切ない。

 仕分けを担当したグリムリーパーに問い合わせても、「亡くなる前後の記憶が曖昧だが、彼のイノセンスの状態からして問題はないだろう」とのことだった。実際、問題は起こっているのだが。


「これだから、現場を知らないグリムリーパーは嫌なのよ……」


 ぼやいたところでどうしようもないのだが、思わず愚痴を零してしまう。

 諦めつつも次のページを捲れば、新しい回収の対象者が載っていた。それも、大きな問題点がある。


「こっちはこっちで、『グラッジ化の兆候有り』なんて書くくらいなら、最初からスレイヤーに回してほしい案件ね」


 回収対象者の顔写真の上側に押されていた赤い判子の文字に、眉間に皺が寄るのを感じた。

 ゼロとイノセンスを見に行った際、白や青、赤に混じって、紫に色づいていたイノセンスがあった。

 あのとき、ゼロに説明する必要はないと思って黙っていたが、紫のイノセンスはグラッジに変わりかけているストレイを示す。それが、シルキーの新しい回収対象者だ。

 転送の泉は元の静かな水面を湛えている。


「はぁ……。仕方ない。腕を見込まれて回されたなら、グリムリーパーとしては誇りに思わないとね」


 リストを仕舞い、ペンダントをランタンに変えた。

 転送の泉を突いて現世と繋ぎ、心を落ちつかせるために深く息を吸って吐く。

 「よし」と小さく意気込んでから、泉へと入った。



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