ガクエンスー

SS 1119

プロローグ

プロローグ

 山の頂上から広がる夕暮れを、俺たちはぼんやりと見ていた。傍にあったベンチに腰掛けると、心地いい風がふわりと体を包む。

 「すごいよ、賢さん。まさかここまでスムーズに走るなんて」

 興奮が止まらなかったのを、俺は今でも覚えている。

 「だろ?  とはいっても、まだツメが甘いな。もう少し柔らかい乗り心地にしないとダメだ」

 その人は得意そうに微笑みつつも、まだ満足いかないといった表情だった。

 「え~、まだイジるの。もう殆ど完成してるようなもんじゃん」

 「確かに、コイツはもうポンコツじゃぁない。けど、だからこそ完璧な状態に仕上げたいんだ。そうそう、いいニュースもあるぞ」

 そう言うと、その人は手元にあった新聞紙を投げて寄こした。なぜだか記事はぼやけて読めない。しかし、不思議とその内容はわかった気がした。

 「……賢さん、これマジか」

 「ああ。政府がついにゴーサイン出したらしい。これから先、社会は変わるかもしれないな。冷え切った日本のモータリゼーションが再び沸騰するのもそう遠くはねぇだろう。睦、お前その時どうしていたい? 」

 「わかんないよ、そんな先のこと……。けど、そうだなぁ、自分だけの車に乗れていたらいいなって思う」

 俺の返事にその人は一拍おいてから、軽くボンネットを叩きながら返した。

 「そうか。じゃぁ、お前が免許取ったらこの車やるよ。それまでに完璧な状態に仕上げといてやるから」

 「え、ホント!絶対だよ? 」

 「おう、約束する。だからお前も、今は辛いかも知れねぇけど、精一杯生きろ。そして、いつかこの景色をもう一度見に来よう。お前の運転でな」

 「うん。じゃあ、賢さんも元気でね。車の世界で一番になるんでしょ? 」

 「当ったり前だ。よし、そろそろ行くか。早めに現地入りしておきたいしな」

 グーッと背伸びをして、乗り込もうとドアハンドルに手を掛けようとしたところで、視界が霞み始めた。目の前にある笑顔も、眩しい日差しも、徐々に薄れてゆく。

  代わりに、無機質なグレーの天井が姿を現した。

 そう、全ては夢だったのだ。

 けど、何で今更こんな辛い夢を見なきゃならなかったのだろう。

 苦い気持ちを引きずったまま、俺はクローゼットに向かった。

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