第39話

 走るように促されケイラが走り出す。どうやら近道をして、屋敷に帰るようだ。誰ともすれ違わない。

 私に気を使ってくれているようで、衝撃が足に響かないように随分ゆっくり走ってくれている。

 しかし、ニールは黙ったままだ。……多分、いや、絶対すごく怒っている。激怒に近い状態だろう。

 どうするべきか悩んで、とりあえず言わなければいけない事を言おうと口を開く。


「ニール、助けに来てくれてありがとう」


「……」


 ニールからの返事は無い。


「あー。その、さ、ごめん」


 ニールの目線がこちらに、ちらりと向けられる。そしてそのまま戻る。

 ……さて、どうするべきか……。

 言葉が続かなくて、口をつぐむ。

 しばらく沈黙が続くと、ニールの方からため息が聞こえた。


「……なんで俺が、怒っているのか本当に分かってるのか?」


 まだ、声が怒っているようだが何も反応が無いよりましだ。

 ニールの質問に頭を巡らせる。


「えーと、怪我したから?」


 これかな、というのを口に出す。


「違わないけど、違う! この馬鹿!」


 すぐさま、よくわからない否定のされ方をされた。しかも罵倒付きだ。

 怒りのボルテージがもっと上がっているようだ。


「いいか? 俺はお前のなんだ?」


 唐突な質問に戸惑う。


「えっと……私の右腕で」


 ちらりと顔色を見る。

 ……怒りが和らいでいない。どうやら、答えが違うみたいだ。


「相棒で……」


 また、違う。


「兄弟子で……」


 あ、微妙に顔が動いた。……あー、そうだ。一番大事な、当たり前に感じていた関係が残ってた。


「大事な、兄貴分だよ」


 最後にそれを言うと、やっとニールの顔が完全にこちらに向く。


「そうだ、俺はお前の兄貴だ! それにお前は俺の妹だ! 本当に、分かっているのか!? この意味が!」


 吹き出したように、ニールの怒りがこちらに向く。


「俺たちは家族なんだぞ! 俺は孤児だった! それが、あの爺さんとお前って言う大事な家族を得たんだ。それが……。家族が、こんなことに巻き込まれて、心配しない馬鹿がいると思うのか!?」


 この馬鹿! と、もう一度罵倒される。

 そうか、心配だったのか……。そう、か……。

 胸の奥が少しだけ温まったような気がした。

 ニールの手が私の手に重ねられる。ニールの手が熱く感じられた。なぜだろうか。


「お前は! なぜルフォスの奴だけを逃したんだ!? お前も一緒に逃げられただろう!?」


「……あー、キースが犯人たちの本命だったから。それに、すぐに誰か来るかなー、と思って時間稼ぎ」


「"かな"!? 確信もないくせに動くんじゃない! お前は自分の身をかえりみなすぎる! こんな、ベルベナの祝福までつけられやがって! 俺たちが来なかったら、どうするつもりだった!? お前のことだから、それでもいっか、とか思ってたんだろう!? 足が切り落とされても、手が無くなっても、目を取られても、お前は同じことを思ったんだろうよ! でもな! 俺は、違う! 今回どれだけ俺が肝を冷やしたか……!」


 ニールは重ねた手を握りしめる。


「今だって、気付いているのか!? こんなに手が冷たくなっている!」


 ニールの熱い手が、私の手に熱を移そうとするように強く握り締められる。

 そうか、私の手が冷たくなっていただけか。てっきりニールの方の体温が異常に上がっているのかと。

 ジワジワと染み込む温もりに、体の力が抜ける。

 ほぅ、と息をついた。

 安心すると同時に、なぜだか息が詰まる心地がした。

 ……よく知っている、体の反応の前兆だ。できれば、抑えたい。というか出したくない。

 奥歯を噛み締め、重ねられたニールの手を強く握りかえす。

 そのことに気が付いたらニールが、呆れたように深い溜息をついた。


「お前は……また、そうやって我慢しやがって……」


 手から温もりが離れる。その代わりその手は私の後頭部に回り、抱きかかえられる。

 ニールの胸に顔が埋まる。

 子供の頃から嗅いでいる匂いが鼻に滑り込む。安堵が体を包む。

 手が頭を何度も軽く叩く。まるで子守唄のリズムに合わせるように、なだめるように、何度も叩く。まだ髪は地底湖の水で濡れているし、爆風などで埃っぽい。

 しかしニールは子供の頃に慰めてくれた時と同じように、同じ動きを何度も続ける。

 徐々に押さえ込もうとしたものが表へと浮かび上がる。

 息が詰まり、鼻がツンと痛む、すぐに目頭が熱くなった。

 ……あー……、もういいや。抑えるのも疲れた。それに今日はもう、本当に疲れた。

 諦めてグッタリと体の力を抜く。ニールはそれを受け止めた。


「はぁ、まったく……。本当に世話の焼ける妹だよ、お前は」


 溜息をつきながらもずっと手は動いている。

 ニールもどうやら今日は溜息を多く吐く日のようだ。


「……ごめん、ニール。……心配かけさせた」


 ニールの胸元が湿っていく。

 少しの間を置いて、またニールが溜息をつく。


「……わかった。仕方ない……。今回はこれで勘弁してやるよ」


 コクリと頷く。

 その拍子に一緒に流れ出ていた鼻水がニールの服につく。ズビッと鼻をすするとうわっ、とニールが嫌そうな声を上げる。


「レイラ、それを俺の服につけるなよ」


「ごめん、それもう遅いわ」


 ∇∇∇


 こうして、一夜の騒動は秘密裏に幕を下ろした。

 攫われた三人は簡単な聴取の後、無事家に届けられた。

 キースも同様家に届けられ、聴取された。攫う本命がキースである事がわかり、厳重に警備がなされることになる。王から一週間は様子見として、家にいるようにとの事が言われる。これからは、どこへ行くにも護衛がつくようになるそうだ。

 レイラもあの夜に無事家にたどり着いた。

 ニールの手助けにより片足を治療。当分は松葉杖で歩き回ることになる。そしてヒューバレルが言った通り、その次の日には聴取のためにヒューバレルとアレクが訪れた。

 聴取の後、レイラにもキースと同じように一週間の様子見を言い渡された。

 レイラはその日の夜に闇の女王レーニゲンの元へ行き、先日来れなかったことを謝罪した。レーニゲンは盛大に拗ねていたが、特に問題と言えることはなかった。

 レーニゲンに「一人で飲むのは虚しいだけだ、今日は此方が満足するまで付き合ってもらうぞ」と言われ夜明け近くまで森の中にいることになった。

 ちなみにキースとレイラを含め他の捕まっていた人に塗られていた『ベルベナの祝福』は六公爵家の一つ『薬のネローア』が除去剤を処方した。


 捕らえられた三人。

 『司書さん』と呼ばれていた、『ディライラユーニン・レイロ』。

 ひょろ長い体系の『ベングース』。

 がたいのいい男『ロイス』。

 この三人は騎士団によって捕らえられ、尋問された。


 分かったことは、ベングースとロイスはただの雇われの小悪党だったと言うこと。仕事は、ある数人の運び出しの協力。報酬は金。

 雇ったのは自爆した男『ヨイン』だったと言うこと。

 それ以外はベングースとロイスは特に何も知らされておらず。ディライラユーニン・レイロも口を割らなかった。

 ディライラユーニン・レイロは決して何も喋らなかった。


 ヒューバレルは、当主ジェームズとの取引は半分失敗半分成功という形になった。

 ジェームズはヒューバレルに女王が二人いることと、ウェストル家がその守護者であることだけを教えることとなった。ウェストル家の役割まだ全てヒューバレルには明かさず、自分でレイラから聞き出すことで手打ちとされた。

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