第4話

∇∇∇


 午前中の授業が終わり、生徒たちは食事を求め食堂へと向かう。

 一息つくと隣のヒューバレルが話しかけて来た。


「ねね! レイラ一緒に食べよう!」


「まあ、いいけど」


「本当? じゃあ、二人きりで食べようか」


 変に流し目を送ってくるヒューバレルに呆れた目線を返す。

 なんとなくこいつの性格がわかって来たような気がする。

 そんな話をしていると、センドリックがヒューバレルの発言を無視して声をかけてくる。


「では、レイラ。私もご一緒させていただきますね」


「僕も一緒するねー」


「うん、喜んで」


 センドリックたちなら、色々教えてくれるだろう。

 にこりと笑って話を受けると、ヒューバレルが騒がしくなった。


「えー!? 俺の時と対応が違うんだけど!? どういうこと、これ!?」


 ギャーギャーとうるさいヒューバレルを放っておき、サッサッと荷物を片付けるとセンドリックたちの案内の元、食堂へと向かった。

「ちょ、待てって!」と言いつつもヒューバレルが後ろから追ってくる。


「そういえば、貴女の家ってここ、王都から結構遠い気がしたのですが……王都に移られたのですか?」


 半歩先を歩くセンドリックが若干不思議そうに問いかけてくる。

 それはそうだ。何せ私の家、つまりウェストル家は、辺境に領地と屋敷を構えているのに関わらず、王都によほどのことがなければ居ないので、王都に屋敷を持たないのだ。

 王に呼び出されたりすれば宿を取るだけで、用事が終わればそのまま領地に帰る、結構風変わりな公爵家としても貴族の間では知られている。

 そのことを聞かれて、苦笑いを口に浮かべてセンドリックを見る。


「いや、移ったわけじゃなくてね。朝早く出発しただけだよ」


 そう言うと、追いついていたヒューバレルが驚いて声をあげた。


「え!? そうなの!? 大変じゃない? 何時間かかった?」


「まあ、四時間くらいかな」


 朝出発したのが、大体五時くらいだ。

 答えると、驚愕したような顔で三人が見てくる。


「ええ? なんでこっちに引っ越さないのですか?」


「僕、そんな早く起きれる気がしない……」


 軽く顔を青ざめさせているキースにヒューバレルが肩をポンと叩く。


「万年寝不足みたいなお前には無理だろうよ」


 若干残念そうなものを見るヒューバレルにキースが同意する。


「やっぱりそうだよねー。僕もそう思う」


「いや、それよりも」


 ヒューバレルが私の目の前に回り込んでくる。両肩にヒューバレルの両手が乗せられる。強制的に足が止められた。


「レイラ、なんだったら俺の家に来てもいいんだからね? と言うか、おいで! 是非とも! なんだったら二人暮らし、してみる?」


 スパンッ!!

 徐々に近づいてこようとしているヒューバレルの頭に打撃が入った。とてもいい音が廊下に響き渡る。手も離れた。


「っ、いてええええええええええ!」


 一瞬の間の後、ヒューバレルの絶叫が響いた。


「何をセクハラしようとしているのですか、公の場で」


 センドリックが冷ややかな笑顔でヒューバレルを諭す。

 しかし、ヒューバレルも懲りないのかセンドリックに食ってかかる。


「別にセクハラじゃないし! レイラが大変そうだから助けようとしただけだし!」


「ヒュー、二人暮らしに誘っている時点でセクハラに値しますよ」


 センドリックがヒューバレルをあだ名で呼ぶ。さすが幼馴染みだけあって親しいものだ。


「でもさー、やっぱり宿とかどこか暮らす場所整えた方がいいんじゃないのー? さすがに毎日往復四時間もかかるの大変じゃない?」


 間延びした声でキースが提案してくるが、それに頷くことはできない。


「私もそうした方がいいとは思うんだけど、家でどうしてもやらないといけないことが毎日あるから」


 面倒だなと思いながらも毎日していることを思い出しながら、返答をするとキースが首をひねる。


「それって君じゃないとできないの? 例えば家のメイドとか」


「うん、ダメなんだ。ウェストル家、直系が代々やらないといけないことだから」


「ふーん……大変なんだねー」


 私の両親が家にいないことは貴族の間ではわりと有名なことだ。兄弟姉妹もいない。

 一人っ子がここまで大変だとは、知らなかったよ……。

 ゆったりと納得するキースがまた食堂を目指し歩き始める。私もとりあえず歩を進めるとセンドリックとヒューバレルが横に並んだ。


「え、じゃあ毎日四時間かけて学校くるの?」


「まあ、そうなるね」


 そんな話をしていると、そういえばとセンドリックがヒューバレルに向いた。


「ヒュー、あなたの家の商品に確か馬車に取り付けるといいものがありませんでした?」


 馬車に?


「あー! あるよ! 車輪につけるとスピードが上がる液体『スピードあがルンルン』とか、馬車のソファーの上につけるマット『腰が楽々ぽん』とか。あとは……、馬に飲ませると持久力をあげる『馬力アップ王』もあるよ!」


 え、ネーミングセンス。なにその名前? 誰がつけた? 

 お前か、ヒューバレル。


「ネーミングしたの、また妹さんですか?」


 妹か。マイラちゃんのことだろうか。


「そうなんだよ。マイラがさー親父にこの名前がいい! とかって言ってさー。親父も姉貴とか妹たちとかに甘いから、結局そのまんま言った名前になってるんだよ。『馬力アップ王』は俺の案だけどな!」


 ふふん! と誇らしげ胸を張ったヒューバレル。

 センドリックはクイっとメガネの位置を直した。


「あなたのネーミングセンスも大概ですけどね」


 ぼそりと、小さく呟いたのにもかかわらず、ヒューバレルの耳に届いたのかヒューバレルが軽くセンドリックの頭を叩いた。


「聞こえてんぞ。俺は満足してるよ、自分のネーミングセンス!」


「なら、自分の子供の名前は妻か誰か他の人につけさせるといいですよ。私もあなたにだけは名付け親は頼みません」


「あ、それ僕もー」


 結構ひどいことを言うセンドリックにキースが同調した。


「え、お前もかキース!!」


 友人二人に裏切られたヒューバレルがこっちを縋るように見る。

 え、こっちに来る? まじでか。


「レイラはこんなこと言わないよね? 俺にも名付け親できると思うよね?」


 悪いけど……。


「私も無理」


「なんでー!? ひどいや……」

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