第2話

 私から見た、アスウェントの右隣に向かう。一つ席を空けて、隣に座ろうとしたが、それをアスウェントに止められる。


「えー! 遠慮しないでさ、すぐ隣に座ってよ! 俺が授業中、助けてあげるよ」


 ほらほら、と自分の隣の席を引き、座るように手で椅子を叩いて促してくる。

 アスウェントのキラキラとした新緑の瞳がこちらを見る。


「え……っと、じゃあ、まあ。失礼しますね」


 断ってもきっとまた勧めてくるであろうアスウェントに面倒くさくなり素直にアスウェントの隣に席を移す。


「じゃあ改めて、ヒューバレル・S・アスウェントだよ。ヒューって呼んでね」


「あ、はい。レイラ・H・ウェストルです。レイラでお願いします」


 とりあえず自己紹介を返すと、アスウェントがぷぅっと顔を膨らませた。


「えー、なんで敬語なんだよー。タメ語でいいじゃん。同い年だし、同じ公爵家でしょ?」


 そうグイグイ話を進めてくるアスウェントに、離れたいなぁと思いつつ言葉を返す。


「あー、じゃあコレでいい?」


「うん、すごくいい!」


 言葉遣いを軽く崩すと、アスウェントは顔を綻ばせた。

 ニコニコとしているアスウェントがそのまま手を私に伸ばした。なに? と首をかしげると、「仲良くなるための握手」と言って手を私の方にもっとグイッと寄せてくる。

 戸惑いながらも手を握り返すと、アスウェントは意地悪そうにニヤリと笑い私の手を自身の口元へと寄せた。軽くチュッと音がして手が口元から離れる。


「ふふ、びっくりした? って、あれ?」


「あの、手を離してもらえます?」


 顔がなんとなく険しくなっているのがわかる。たぶん目も嫌いな虫を見る目でもしているのだろう。鳥肌が全身を襲う。ポカンとした顔のアスウェントが私の言葉に、ハッとして顔を戻すとそのまま手を離さずに逆に、私の手を両手で包み込むように持った。


「あれ? 照れてるの? 急に敬語になっちゃって……大丈夫! 照れなくてもいいんだよ」


「照れてもいないですし、早く手を離してくれませんか?」


 硬くなった声で返答をしながら、手に力を入れると簡単にアスウェントから手が離れる。距離を開くようにアスウェントから目をそらすと、アスウェントが今度は驚いたように顔を覗き込んできた。


「ははぁー、これは嫌われちゃったかな?」


「いえ、嫌ってはおりません。嫌うほど、あなたを知りませんから。ですが、あなたが苦手な部類の人間であることは、はっきりと確信しました」


「うわー、なかなかキツイことを言うねー。わかったわかった。謝るから許して、元のタメ語に戻ってよ。同い年で敬語なのは隣のこいつだけで十分だから」


 そう言いつつ、私とは逆の位置でアスウェントの隣に座っている人物を親指で指し示す。そこに座っているのはソルゲア家の次男。名前はセンドリック・P・ソルゲアだったはずだ。


「初めまして、ウェストルさん。センドリック・P・ソルゲアです。以後よろしくお願いします」


 アスウェントの陰から顔を覗かせて、ソルゲアが丁寧に挨拶をしてくる。私も同じように対応する。


「あ、はい。レイラ・H・ウェストルです。よろしくお願いします」


「私の敬語は癖付けているだけですので、お気になさらず。私にも敬語ではなくても構いませんよ」


 癖付けている……。なるほど、ソルゲア家は代々宰相職を務めているから今から、そういう習慣をつけるためにやっているのか。宰相は外交官も務めているはずだ。

 思わず感心してしまう。


「なるほど。大変……だね」


 せっかく言ってくれたので敬語を取り外す。


「いえ、今ではもうすっかり慣れましたから」


「いやー、こいつ昔は結構口悪かったんだよ」


 アスウェントが少し期待した目でこちらを見つめてくる。私が次に出す言葉が敬語かどうかが気になるのだろう。


「……二人は幼馴染なの?」


 もうアスウェントが面倒臭くなって、タメ語に戻すとアスウェントが顔を輝かせた。


「いや、後ろのこいつも幼馴染だよ」


 キラキラとした顔のアスウェントが自分の背後を指差す。


「キース……って、おい! キース寝るな!」


 後ろを見ると、一段上にいるルフォスは顔を腕に埋めていつのまにか寝ていた。頭の金髪が一面に見える。

 それを軽くアスウェントが揺らして起こすと、うーんと気だるそうにルフォスが顔をあげる。


「んー? 僕のこと話してたのー?」


 まだトロンとした顔でこちらの方を見るルフォスは、なんだか癒し効果が出ているようで見ているとホッとする。


「そうですよ。キース、また何か夜遅くまでやっていたのですか?」


「……ん、妖精と人間の関係性の論理解析と考察のレポート書いてた」


 ルフォスが目をコシコシと人差し指でこすると、目を開いた。潤んだ、透き通るような黄の瞳がこちらを見つめる。


「またそんな小難しいことやって。なに? 公爵に言われてるの?」


 顔をしかめながらアスウェントがルフォスにきく。


「うん、まあね」


「そうでしたか。大変ですね」


 ソルゲアが労ると、ルフォスがコクリと頷いた。


「で、僕の話してたんだよね?」


「あ、そうそう。ほら、レイラちゃんに自己紹介して」


 いきなりのちゃん付けにゾワリと全身の鳥肌がたった。


「アスウェントさん。やめて。切実にやめて」


 思わずアスウェントに詰め寄りながら言い募る。

 いきなりの真顔にアスウェントが驚いたように目を見開く。


「え? 今の何がダメだった?」


「ちゃん付けはやめて」


「えー? 嫌なの? ちゃん付け」


「やめて」


 そう言うと、悩むようにアスウェントがこちらを見る。


「じゃあ、なんて呼んだらいい? あ、言っとくけどウェストルとかさん付けとかはなしね」


「レイラでいいよ」


「マジで!? やった! じゃあ俺もヒューね。もしくはヒューバレル。そう呼ばないと、またちゃん付けするから」


「わかったよ」


 渋々了承すると今度は後ろのソルゲアが口を開く。


「私の方もセンドリックでいいですよ。レイラさんと呼んでもよろしいですか?」


「うん。なんだったら、さんとかいらないし」


「そうですか。ではレイラで」


「改めて、よろしく。センドリック」


 ソルゲア……、センドリックとの話が終わると間延びした声が間に割り込む。


「じゃあー、僕もキースでいいよー。敬語もいらないし」


 ルフォスが眠たげにこちらを見ながら口にする。


「そう。まあ、改めてよろしくね」


 うんー、と返事をしてキースはまた顔を伏せ寝始めた。

 そして授業が始まった。

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