第20話 発砲

 突如、失踪した生方泉。

 警察は万が一の事を考えて、大規模な捜索を行っている。

 

 「繁さん、拳銃の携帯指示が出てますよ」

 若槻が上司からの指示をスマホで聞いて、ベテラン刑事に伝える。

 「まぁ、拳銃が奪われてるからな。それで・・・捜査本部は生方泉をどう見ている?」

 「やはり・・・拳銃を所持している可能性があるとみてますね」

 若槻の返事にベテラン刑事の瞳がギロリと光る。

 「確かに・・・失踪したのも、何となくだが、理屈は解る。そして、この先、自分で死ぬか、他人を巻き添えにするか・・・どっちだと思う?」

 ベテラン刑事は若槻にそう問いかける。

 「前者であって欲しいですね」

 「前者か・・・なるほど。だが、母親の話を聞いていると・・・こいつもそこまで度胸がある奴には見えないが・・・」

 「サイコパスは度胸だけの問題じゃないでしょ?」

 「サイコパスねぇ・・・殺しをやる奴は何処か、壊れているんだよ。恐れや恐怖のリミッターが切れているから、人を殺せるんだ。怯えている奴は自ら率先して殺しは出来ないよ」

 ベテラン刑事は生方泉の写真を背広の内ポケットから取り出した。


 金色に輝く薬莢。

 一本、一本を並べる。それらを洗剤と超音波洗浄機を使って、洗う。

 どんな場所にも指紋が付着しないようにするための努力だ。

 それは無論、拳銃にも及ぶ。

 指紋だけじゃない。汗などの体液が付着するのも気を付ける。

 最新の科学調査は僅かな体液ですらDNA鑑定に掛けられる可能性がある。

 油断は禁物だ。

 拳銃の使い方は幾度もモデルガンで試した。実際の反動などは未知数だが、至近距離なら確実にやれる自信がある。

 あとは獲物を待つだけだ。こればかりは自分の都合では何ともならない。

 

 生方泉の捜索は12時を回ろうとしている時刻にも続けられた。その多くは空き家など、忍び込めそうな場所の捜索だった。範囲も広げられた為に、捜査員達も二人一組での行動になっている。

 「繁さん、俺らってずっと働き詰めなんですけど、労働基準法は適用されないんッスかねぇ?」

 若槻が笑いながら隣を歩くベテラン刑事に尋ねる。

 住宅街の暗い路地。唯一の灯りは電柱に着けられた防犯灯の小さな灯りだけだった。

 「うるせぇよ。夜中だから、話声でも苦情が出るぞ?」

 彼等は捜査本部が目星を付けた空き家へと向かっていた。

 「こんなん、巡査にやらせれば良いじゃないかと思うんですけど」

 若槻の愚痴は止まらない。

 「黙れよ。制服には労働基準法が適用されるんだ。あんまり動員が続いたんで、シフトが組めないんだろ。足りない分は俺らの休息時間を充てるだけだ」

 ベテラン刑事は吐き捨てるように言う。

 「マジですか・・・はぁ、憧れで刑事になったけど、こんだけプライベートが削られるとは思わなかったぁ」

 「諦めろ。刑事ってのは損な役回りなんだよ。その代わり、これが終わったら、しっかりと休みを貰え。どうせ、有給も消化してないんだろ?」

 「繁さんは有給を消化する暇があるんすか?」

 「俺は刑事なってから使った事が無いよ」

 「だから奥さんに逃げられるんですよ」

 「黙れ若造。おまえなんぞ恋人も出来ないだろうが」

 「あっ、ひどいッス」

 二人は静かに笑いながら歩いた。一日中、歩いているので、膝が悲鳴を上げそうなぐらいに疲れている。多分、この次の空き家を確認したら、引き揚げだろう。ベテラン刑事はそう思いながら、暗闇の先に灯る防犯灯を見る。

 パン

 乾いた破裂音が背後から聞こえた。それは鼓膜を破りそうな程に耳に痛みを走らせる。

 「なっ」

 ベテラン刑事は振り向こうとした。隣で立っていた若槻の身体が前のめりに崩れ落ちるのが見える。

 パンパン

 連続で鳴り響く銃声。刹那、ベテラン刑事の横っ腹に衝撃が走る。

 「うっ」

 振り返ったベテラン刑事はそこに立つフードを目深に被った人を見た。暗くて解り難いが、伸ばした手の先には黒い何かが握られている。

 拳銃だ。

 咄嗟に解った。彼の右手は懐のショルダーホルスターに入れた拳銃を握ろうと伸ばされる。

 パンパン

 だが、目の前で二度、光った。衝撃が左足と左腕に走る。

 熱い

 痛いより先にそう感じた。身体は衝撃に吹き飛ばされるようにバランスを崩し、何も出来ないままにアスファルトの路面に倒れ込んだ。

 「ぐやあああ」

 声にならない悲鳴。それでもベテラン刑事は相手を睨むように見た。相手は手にした拳銃をその場に投げ捨て、その場から走り去っていく。

 逃がさない。

 ベテラン刑事は激痛の走る身体を無視して、右手を懐に伸ばした。そして、拳銃のゴムグリップを握る。だが、それを引き抜く前に彼の意識は薄れていった。


 翌朝のニュースでは大きく報道がされる。

 由真は不安そうに両親と共にニュースを見ていた。

 「怖いわね。あの奪われた拳銃が使われたんですって?」

 母親が不安そうに告げる。

 「あぁ、警察官が襲われたんだから、彼等の拳銃も奪われたのかな?」

 父親も不安そうに述べる。

 「警察官一人が死亡、一人が重傷です」

 アナウンサーが被害者の詳細を報じた時、それがあのベテラン刑事達だと解った。それを見た由真は慌てて、遠縁坂に連絡をする。そして、すぐに彼の家へと向かおうとした時、玄関のチャイムが鳴る。

 由真は面倒だと思いながら玄関の扉を開く。そこには背広姿の男達が5人、立っていた。

 「白田由真さんだね?任意で同行を求めたいんだが?」

 中年の男性が警察手帳で身分証明を見せて、由真にそう告げた。


 突然の事で驚いた由真だったが、刑事達に従い、警察署に同行した。取り調べ室に座らされ、目の前には先程の刑事が座った。

 「君がここに連れて来られた理由は解りますか?」

 彼は開口一番、由真にそう尋ねた。そう尋ねられても由真には心当たりも無く、無言で首を横に振るだけだ。その様子を見て、刑事も嘆息して、一枚の写真を見せる。

 「拳銃?」

 そこには拳銃の画像が載っていた。

 「昨日の事件で使われた物です」

 刑事がそう告げる。由真は初めて見るそれを興味深げに眺める。

 「これで・・・警察官が殺されたのですか?」

 由真は恐る恐る尋ねる。

 「えぇ・・・そうです。刑事が二人・・・撃たれました」

 刑事は控えめな声で呟く。

 「あの・・・これと私がどう・・・関係しているのでしょうか?」

 刑事は無言で一枚の紙を取り出した。それは以前、捜査の参考として由真が提出した指紋のサンプルであった。

 「この拳銃からあなたの指紋が検出されました。この赤い丸で囲ってる部分はそうです」

 拳銃の写真には確かに赤い丸で囲われた箇所が三か所程度ある。

 「私の・・・指紋?」

 由真は不思議そうに尋ねる。

 「えぇ・・・あなたの指紋と合致する指紋がこの拳銃には残されていた」

 呆然とする由真。

 「あの・・・これは事件の関係者全員に調べさせて貰ってる検査をさせてください」

 鑑識の職員が取調室に入って来て、由真の右手や左手などに薬品を吹き掛ける。

 「あ、あの・・・これは?」

 由真は驚いて、刑事に尋ねる。

 「硝煙反応を見ています。使われた拳銃は回転式拳銃。通常、拳銃は回転式、自動式に限らず、銃口以外の場所から発火に用いた硝煙が漏れ出る。それらは手や腕、顔などに付着します。それを薬品で化学反応をさせると、目で見える形になると言うわけです」

 吹き掛けてから、少しの間、待つが、何も変化は無かった。刑事と鑑識の職員は互いに顔を見合わせから、納得したように由真に話し掛ける。

 「すいません。検査はこれで終わります」

 薬品が拭き取られ、取り調べが再開される。

 「硝煙反応は出ませんでした。ただ、これは入念に体から硝煙を洗い落とせば、良いだけの事なので、時間が経った現状では無かったからと言って、意味は成し得ません。それだけは理解しておいてください」

 刑事は慎重に言葉を選んで由真に説明をしている様子だった。

 「あの・・・撃たれた刑事さんの容態はどうなんでしょうか?」

 由真は心配そうに撃たれた刑事の事を尋ねる。

 「あぁ・・・防弾チョッキを着ていたから、命に別状は無い」

 刑事は突然の問い掛けに無防備に答えてしまった事を少し後悔しつつも、気を取り直す。

 「それより・・・君は生方泉さんについて、何か知ってないかな?」

 「まだ、見つかってないんですか?」

 逆に問い掛けられ、刑事の方が詰まる。

 「質問をしているのは私の方なんだが・・・」

 「すいません。ただ、よく知っている刑事さんだったもので」

 「繁さんを?」

 由真の言葉に刑事の方が驚く。

 「はい。よく、話を聞かれたものですから・・・」

 由真はまさか捜査情報を貰ったなどとは言えず、口籠ってしまう。

 「なるほど・・・じゃあ、あなたの事をよく知っているわけですね・・・」

 刑事は少し考え込んでから、席を立つ。

 「今日は任意ですので、どうぞ、お引き取りください」

 そう言われて、由真は解放された。

 

 捜査本部では檄が飛ぶ。

 「お前等、これでは犯人に良いように弄ばれていると言われてもおかしくないぞ?」

 捜査一課長は捜査員を前に怒鳴り散らす。だが、その怒りも当然ではあった。現場に遺留品まで残されて、彼等は犯人特定に至れていない。

 遺留品は拳銃。それには白田由真の指紋のみが検出された。

 刑事以外、目撃者、映像などは無い。

 学校関係者からは硝煙反応は出なかった。

 アリバイが無い者は何人か居たが、それですなわち犯行可能とは断定が出来ない。

 「可能性としては生方泉だ。何としてでも、居場所を突き止めろ。必ず、この街に潜伏しているはずだ。こうなれば、総動員して、ローラー作戦を行う」

 捜査一課長の指示の元、警察官だけじゃなく、警察職員まで動員され、街全体の捜索が開始された。マスコミの報道も過熱し、10万人都市である田舎街は人で溢れ返る感じだった。

 当然ながら、市内の全学校が休校となり、企業も一部が休みとなった。街から一般人の姿が無くなり、警察官かマスコミだけとなった。


 ベテラン刑事はベッドの中で意識を取り戻した。それに気付いた看護師が慌てて、医師を呼びに行く。

 「痛っ」

 彼の左腕に激痛が走る。それで全てを思い出した。

 「撃たれたんだったな・・・若槻は?」

 周囲を見渡すが、個室なので、他にベッドが無い。

 「ちっ、どうなってやがるんだか・・・」

 そこに医師が姿を現す。

 「あぁ、先生、ちょうど良かった。俺の同僚はどうしている?一緒に撃たれて運ばれたと思うんだが・・・」

 その問い掛けに医師は驚く。

 「そ、その・・・亡くなられました」

 医師は少し口籠るが、素直に若槻の死を告げた。

 「そうか・・・どうやって死んだ?」

 ベテラン刑事の問い掛けに医師は少し深呼吸をする。

 「後頭部から一発の銃弾を受けて・・・即死です」

 「至近距離から一発か・・・そいつは死ぬわな・・・若いのに」

 ベテラン刑事は窓の外を見た。夕闇に染まろうとしている空。

 「おい、若いの。捜査はどうなっている?撃った奴は捕まったか?」

 警備の為に立っている警察官にベテラン刑事は呼び掛ける。

 「じ、自分は捜査に参加しておりませんから解りませんが、まだ、犯人は捕まっていないようです」

 若い巡査が緊張した感じに答える。

 「そうか・・・あれだけ派手に撃っていきやがっても捕まらないか。なかなか考えたもんだな・・・」

 彼はベッドから立ち上がろうとする。だが、左足に激痛が走る。

 「ちょ、ちょっと、無理はしないでください。左足も弾が貫通しているんですから・・・」

 「こんな傷ぐらい、どうって事は無いんだよ。くそっ・・・解った。俺のケータイやノートを持って来てくれ」

 ベテラン刑事は若い警察官に怒鳴るように指示した。

 

 一人・・・やり損ねた。

 やはり防弾チョッキを着用していた。それと拳銃もだろう。

 危なかったかもしれない。

 仕留め損ねて、反撃をされたら、射撃訓練を受けている警察官側が有利だった。

 万が一にも撃たれていたら、例え、ケガで済んでも、それが確かな証拠になってしまう。久しぶりに全力で疾走した。

 笑いが込み上げる。

 警察からは硝煙反応を調べられたが、検出はされなかった。当然だろう。拳銃はビニール袋に包んで発砲した。銃口から出た硝煙以外は袋の中。その袋も拳銃を捨てる時に捨てた。風に飛ばされてどこかに消えたかもしれない。

 そして、拳銃には白田由真の指紋を付けておいた。

 当然ながら、白田由真は拳銃に触れた事など無い。だが、それをどのようにして、再現したかと言えば、事前に採取しておいた彼女の指紋をデジタルで読み込み、それを元に3Dプリンターにて、精細な指のレプリカを作る。あとはそれに牛脂を付けて、拳銃に圧し付けるだけだ。

 失踪した生方泉の指紋にしなかったのはあくまでもゲームを当初の目標に戻す意図があるからだ。このまま、生方泉に全てを押し付けたとしても良いだろうが・・・それでは私が面白くない。

 これはゲームなんだ。楽しまなくては・・・

 

 

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