第13話 あたらしい殺人

 捜査本部はベテラン刑事の意見を受け入れ、今井千夏の自宅一帯の捜査を開始した。それに呼応するようにマスコミも嗅ぎ始める。当然ながら、警察の思惑が今井千夏の犯行の証拠堅めじゃない事はすぐに解る。だが、何故、警察が今井千夏の自宅周辺に居ただろう不審人物を探しているのか。それが解らなかった。

 マスコミを中心に様々な憶測が飛び交い始める。それはネットにも影響を与え、当初、今井千夏の殺人犯説で盛り上がっていたのが、段々、その矛盾などを指摘する事が広がり始めた。

 だが、それならば、何故、今井千夏は自白したのか。

 その答えを求めて、マスコミもネットも彷徨い始める。


 「この辺は思ったより監視カメラが少ないな」

 ベテラン刑事は今井千夏の自宅周辺を歩き回っていた。住宅街ではあったが、監視カメラの数は少なく、車載のドライブレコーダーなども確認している。

 「田舎ですからね。あまり人が出歩くわけじゃない・・・」

 丹念に聞き込みをしているが、まったくと言って良いほど、情報は集まらなかった。

 その光景を見ているのはマスコミだけじゃない。遠縁坂と由真も見ていた。

 「親戚が居るから何を聞かれたか、お母さんに聞いて貰ったんだけど・・・」

 由真はついさっき、聞いた話をする。

 「なんでも今井さんの家の周辺で不審者を見掛けなかったかって、特にスマホやパソコンとかを持っている人って事らしかったけど」

 「スマホにパソコン・・・なるほど・・・電波泥棒か・・・」

 「電波泥棒?」

 初めて聞く言葉に由真は訝し気な表情をする。

 「電波泥棒はWi-Fiなどの通信用電波を勝手に使って、インターネットなどを使う事だよ」

 「そんな事が出来るの?」

 「あぁ、電波が受信が可能な場所ならね・・・ただ、それでも手動で繋げないといけないから、コードとか入手しないといけない情報はあるはずだけど」

 「難しいの?」

 「まぁ・・・難しいと言えば、難しいね。簡単じゃない。だけど、家庭用のルータ程度なら、それほど難しくない可能性もある」

 遠縁坂の話を聞いて、由真は顔を明るくする。

 「じゃあ、今井さん以外の誰かがネットの書き込みをしたって事?」

 「そういう事になる。今井さんに罪を被せる為に犯人が行った偽装だと思う。警察はそれを糸口に、犯人を突き止めようとしているんだ」

 一つの謎が解けると、警察の動きも解って来る。

 「じゃあ・・・このまま、真犯人が捕まるって事?」

 「それは解らないけど・・・日本の警察は優秀だから・・・」

 遠縁坂はそこで言葉を止めた。

 「もし・・・警察が犯人に辿り着けなかったら・・・」

 由真は率直な不安を口にする。

 「その可能性は・・・否定はしない。ただ、犯人の意図が解らない。色々と考えるけど、一連の行動に理由が付けられないんだ。それこそ、動機すら読めない」

 遠縁坂は自らの捜査ノートを眺めながら考え込む。

 「相手はどんな人だと思うの?」

 由真は犯人の人物像が気になった。

 「僕もそれを少しづつ、作り上げようとしているけど・・・正直、犯人に繋がる情報が少ないんだよね。ただ、神戸茜と言う雑誌記者の事件が殺人だとすれば、きっと、面識がある人物のはずだと思う」

 「面識?」

 「あぁ、名刺を受け取る程度に取材を受けた経験のある人物」

 雑誌記者は周辺を歩き回って情報を得る。だが、必ずしも名刺を配って歩くわけじゃない。ここぞと思う人だけに名刺を渡す。だとすれば、かなり重要な位置に存在する人物であろう。

 「なんで・・・そんな事が解るの?」

 「簡単さ。神戸茜があの場所に行く理由など、普通には考えられない。堤防道路沿いの道。周囲にはコンビニだってありはしない。なぜ、彼女がそこに居たか。答えは簡単。誰かに呼び出されたから。それも重要な人物となれば、スクープを意識して、あのような場所でも行くだろう」

 「なるほど・・・。それだと・・・」

 由真は何かを思い浮かべるように考える。

 「考えるまでも無い・・・犯人は僕らの教室の誰かだ」

 遠縁坂の言葉に由真はドキリとする。犯人が自分のクラスに居るかもしれない可能性は高い事は予想していた。だが、その可能性が著しく高まった事に少し驚く。

 「誰?」

 ついぞ、由真は彼に犯人が誰かを聞いてしまう。

 「それが解れば・・・簡単だけど・・・この刑事さん達から貰った容疑者リスト。これをしっかりと潰していく事が先決になったわけだ」

 

 今井千夏の拘留は1週間で終わった。

 本人の精神状態も問題が無いとの見解がカウンセラーが出されたからだ。

 千夏は留置所から女性警察官二人に捕まれ、出される。

 「よう・・・お嬢ちゃん。ようやく娑婆にお戻りか?」

 そこに姿を現したのはベテラン刑事だった。

 「娑婆・・・私は犯人なのよ・・・良いの?このまま、外に出してしまって・・・また、新しい殺人が起きるわよ?」

 「そいつは怖いな。だが、安心しろ。お前の事は警察官がしっかりと24時間、監視してやる。殺しなんかさせないよ」

 ベテラン刑事は千夏に対して笑った。千夏を捕まえている女性警察官が嫌な顔をしながら、千夏を連れて、その場を後にする。

 「繁さん、やり過ぎですよ。本当に誰か殺したらどうするんですか?」

 若槻が心配そうにする。

 「ふん、事実、あの子の身辺には警察官が張り付く。無論、あの子が殺人をする可能性と・・・」

 「殺されるかもしれない可能性ですね?」

 若槻が千夏の背中を見ながら呟く。

 「あぁ・・・犯人が別に居るとすれば、狙われる可能性は高い。どんな犯人か解らないが、あの子の嘘は犯人のプライドを踏みにじった可能性が高いからな」

 「犯罪者のプライドですか?よく解りませんね」

 「解らなくていいさ。だが、怨恨や金銭が目的じゃない殺人ってのは一番厄介だ。特に犯人の気持ちを推測するのが難しい。普通じゃ無い奴の思考だからな。だが、そんな奴等こそ、プライドの凝り固まりみたいなもんだ。自分の思い通りにいかないとすぐに癇癪を出す。今回はそうなる気がするんだ」

 ベテラン刑事は胸ポケットから煙草を出す。

 「おい、ここ、どこに喫煙所あるんだよ?」

 「表しかありませんよ」

 ベテラン刑事は左手で古びたクロームのオイルライターを持ちながら外へと向かった。

 

 1週間か・・・。

 長かった。

 私の名誉を奪ったあいつが出て来るのだな。

 忌々しい。

 何食わぬ顔で警察署から出てくるのだろうか?

 その姿を見る事が出来ないのが残念だ。

 ネットを幾ら検索してもさすがにその動画はアップされていない。

 操り人形の分際で、人形師の手元から勝手に抜け出ようなんて・・・

 実に・・・実に悔しい。

 あの白田由真ですら、私の思惑通りに、必死に犯人捜しをしている。この一週間、遠縁坂正樹と共にクラスの人間に聞き込みなどをしていたようだ。微かに聞き耳を立てた感じだと、かなり良い感じに容疑者を絞れているようだ。このままにしておけば、やがて、私の元へとやって来るかも知れない。

 実にそれは楽しい事なのだが・・・その前に私はやらねばならない事がある。

 私のシナリオに大幅な修正を加える事になったあの愚か者に制裁をしなければならない。それは私自身への罰でもある。私は彼女を選んだ責任がある。

 解っている。

 だからこそ、私自身の手によって、あいつを屠る。

 それこそ、責任の取り方である。あの愚者にこれ以上、愚かなマネを重ねさせはしない。

 私の作品をこれ以上、貶めるような事などさせるものか。


 今井千夏の家に到着したのは午前中だった。マスコミは集まっているが、警察官が規制線を敷いて、排除している。玄関のチャイムを押すと、母親が姿を現す。明らかに怒っている様子だったが、千夏の顔を見るなり、涙を流す。

 「お母さん、門前で警察官が二十四時間、立っています。何かあれば、話し掛けください。それと娘さんはあまり叱らないでください。これぐらいの年頃だと周りが見えていない事なんてよくありますから」

 女性警察官はそう言い残し、その場を立ち去った。

 千夏は両親から説教はされたが、やはり、娘の事が心配だったのだろう。それほど、厳しい説教では無かった。それから、久しぶりのちゃんとした風呂に入り、血自分のベッドに入り込む千夏。色々とあったが、確かにバカな事をしてしまったと後悔の念が湧き上がる。

 ただ、何できない自分が悔しかっただけだったのだ。誰かに認めて貰いたい。それだけの気持ちだった。それがまさか、殺人犯だと偽ってしまうとは自分で考えてみても愚かな行為だと千夏は思った。

 「明日、ちゃんと謝ろう」

 彼女は両親にしっかりと謝ろうと誓った。

 

 翌朝、門前に立つ警察官は腕時計を見た。時刻はすでに8時30分を回ろうとしていた。彼はそれを不審に思った。何故なら、父親はいつも8時前に出勤しているはずだからだ。しかし、娘が久しぶりに戻って来て、休みでも取ったのかも知れない。彼はそう思って、ただ、立番を続けた。

 しかし、9時を過ぎても何も反応が無かった。警察官は不審に思い、確認の為に玄関へ向かった。チャイムを押すが誰も応答する気配が無い。慌てて扉を開こうとするが、鍵が掛かっている。彼はすぐに警察用の携帯電話で警察署に連絡を取りながら家の周囲を探る。居間の窓から中を覗くが、誰か居る気配は無い。掃き出し窓のガラスを必死に叩くも反応が無い為に、彼は警棒を取り出し、ガラスを割った。

 「今井さん!今井さん!居たら返事をしてください!」

 彼は大声を出した。だが、その瞬間、異臭を感じる。その途端、喉に激しい痛みを感じ、息が出来なくなる。彼は口を抑え、必死にその場から逃げ出そうとするが意識を失ってしまった。

 

 「硫化水素?」

 ベテラン刑事は驚いた。

 「はい。現在、除去作業中ですが・・・通報をした警察官が中に入った途端にかなりの濃度の硫化水素を吸ったようで、意識不明の重態らしいです」

 「それで・・・住人は?」

 「除去が住まないと、救出活動は不可能だと」

 「死んでいる可能性が高いな」

 ベテラン刑事は今井家に何が起きたのかを考える。

 「本人によるものか、家族による無理心中か・・・」

 若槻が先に告げた。

 「自殺か無理心中・・・硫化水素なら元になる洗剤とかを買い求めているはずだ。近くの販売店を調べろ。本当に自殺か無理心中かを調べないとな」

 ベテラン刑事の指示に若槻は不可解な表情をする。

 「繁さんは、今回の件、自殺や無理心中じゃないと思っているんですか?」

 「さぁな・・・だが、それも含めて、裏を取るのが俺らの仕事だ。まずは使われただろう道具を本当に今井千夏や家族が購入しているかを調べる」

 

 今井家の一階の殆どで致死量に近い濃度の硫化水素が採取された。発生源は風呂場。風呂桶に相当量の薬品が入れられていた。今井家は古い造りの家の為、24時間換気の設備が無い事で、そこで発生した硫化水素が外に漏れずに溜まった事が原因であった。

 硫化水素の除去作業に半日が掛かり、防護服と防毒マスクを装着した消防士が家族の救出のために中に入った。今井千夏と夫婦は二階に眠っていたようだ。消防士によって、彼等は連れ出され、外で待機していた医師によって、死亡が確認された。ただし、硫化水素による中毒死は夫婦だけであり、今井千夏は毒物による中毒死であった。

 使われた毒物は採取された血液等から科捜研に回され、テトロドトキシンであることが確認された。だが、警察は三人の死因だけを発表して、記者会見を終えた。無論、記者からはこれが無理心中なのかどうかと質問は相次いだが、全ては捜査中の一言で終わった。

 

 警察の記者会見は夜の10時を回るぐらいの時間だった。

 今井千夏の死は多くの人に衝撃を与えた。だが、由真は異変を感じていた。

 確かに、罪の重さを感じて、自殺する事はあるだろう。だけど、警察の記者会見でも二階堂由美殺害の件に関しては一切、発表していない。

 警察はまだ、千夏が二階堂由美殺人の犯人だと結論付けてはいない。

 何かがある。

 由真は直感して、その事を遠縁坂に伝える。彼も同様に感じていたようで、この事件は警察が発表が出来ない何かがあると感じていた。


 ー多分・・・これは他殺だと思うー


 遠縁坂から送られてきたメッセージに由真は息を飲んだ。

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