第5話 転校生

 新島早苗の告別式も無事に終わり、何事も無く1ヵ月が過ぎようとしていた。

 まだ、事件が終わったわけじゃないが、徐々に学校内の空気は緊張が解けつつあった。

 確かに連続殺人が行われた事実は怖いが、それが無差別なのかどうかと言われると、難しい部分もあり、そうであれば、誰もが自分の命が狙われるとまでは考えない。否、考えたくないのが普通だろう。

 マスコミの数を大幅に減らした事も緊張を解く元になっている。

 

 白田由真も普通の生活に戻っていた。まぁ、当然ながら白い目で見られてはいるが、元々、友達の少ない彼女からすれば、大した事では無い。むしろ、彼女からすれば、未だに解決に至らない二つの事件の真相の方が気になる。警察発表は無い。マスコミも何かを嗅ぎ付けた様子も無い。あれからテレビ、ネット、週刊誌に至るまでチェックしているが、情報はまるで無かった。

 このまま迷宮入りするとは考えにくい。日本の警察の捜査力は優秀である。しかし、それでも未解決事件は数多くある。今回もそうなってしまうのか?由真は静かに考える。

 知らない間に朝のホームルームが始まってしまった。「起立」という号令に慌てて立ち上がる由真。

 担任がいつも通りの面倒そうな表情で点呼を始めるのかと思った。

 「今日は転校生を紹介します」

 その言葉に教室中が色めき立つ。転校生なんて高校ぐらいになると珍しい存在だ。その言葉だけでも興味を惹くには充分だった。

 前の扉を開いて、一人の男子生徒が入って来た。

 「遠縁坂正樹くんです」

 「ども、遠縁坂です」

 特に自己紹介などは無く、会釈して終わる。

 美男子

 確かにその類であろう。背丈は少し低めだが、それが幼さを感じさせるけど、爽やかな笑顔をした少年である。当然ながら、女子生徒の多くが黄色い声を上げる。逆に男子は不満な様子だ。

 由真はあまり異性には興味が無い。否、他人に興味が無いのだが、その少年の顔を覚えるべく、見ていると彼は由真を見て、ニコリと口角を上げて笑ったように見えた。だが、由真はそれは自意識過剰だと感じた。相手が自分を見て笑ったと思うのは相手が自分に興味があると思う自意識のせいだ。そう考えて、少し恥ずかしくなる。

 転校生は一番最後尾に新しく置かれていた席に座った。多分、次の席替えでは死んだ二人の席が消えて、そこに補充されるのだろう。転校生がこのクラスに入ったのもそれがあるからだ。

 ホームルームが終わり、僅かな休憩時間の間、女子達は遠巻きに遠縁坂を見ている。男子もなかなか近付けない様子だ。初対面でいきなり声を掛けるのは難しい。特に相手の情報がまったく無い場合はどう話し掛けたら良いか解らないものだ。どらが先に声を掛けるか。ある意味ではそれが互いの上下関係などにも関係する学校カーストにおいては大事な事でもあった。


 転校生

 それは想像もしなかった存在だった。

 私のシナリオの中には無かった者。

 見極めないといけない。

 完璧な計画程、こういった不確定要素によって、破壊される。

 修正する為には、彼を知らなければならない。

 彼はただの傍観者なのか。それともキャストなのか。

 だが、これもゲームを面白くする。

 私は新たに考える事を要求されたのだ。

 そう、すでに考え抜いたはずの事をまた、一から考えさせられるのだ。

 新しい登場人物によって。

 白田由真・・・彼女と転校生・・・どのような繋がりになるのか。とても興味深く、慎重に見ていく必要がある。

 

 放課後

 白田由真はいつも通り、帰宅しようとしていた。

 「白田さんだね?」

 声を掛けて来たのは転校生だった。

 「えっと・・・」

 由真はすぐに名前が浮かばない。少し変わった苗字だなと言うぐらいしか覚えていないからだ。

 「遠縁坂です」

 彼はそんな由真を察してか、自ら名乗る。

 「あぁ・・・ごめんなさい。それで何?」

 「いえ、とても興味があったので声を掛けさせて貰いました」

 「興味?」

 興味があると突然、言われて、何だか恥ずかしくなる由真。

 「この教室は二人の生徒が亡くなっているんですよね?」

 遠縁坂の発した言葉に、由真は途端に機嫌を悪くする。

 「あぁ、気分を害して申し訳ない。こんな話を突然、されれば、誰だって嫌になりますよね。特にあなたは・・・」

 「解っているなら・・・」

 由真は少し怒気を孕んだような声に、自分で驚いて、止めた。

 「あの、勘違いしないで聞いて貰いたいのですが、僕はあなたを犯人だとは思っていません。ネットなどではあなたを犯人扱いにしているのもありますが、どれも中途半端な情報を元にした憶測のみです。それに憶測だけで言うのなら、ネット上の犯人捜しはとんでも無い事になっていますよ」

 遠縁坂の言葉に由真は興味を持った。最初の事件以来、ネットは怖くて、この事件の事を検索などしていない。

 「自殺した生徒や担任の教師。親。とにかくこの学校に関係する者、皆が犯人扱いにされていますよ。まぁ、全ては警察もマスコミもしっかりと情報を流していないからでしょうけど」

 「そうなの・・・」

 誰が犯人かは特定されてない。当然だろう。由真自身、マスコミが流す情報だけではとても誰が犯人かなど予想もつかない。

 「あなたは・・・この事件に興味があるの?」

 由真がそう尋ねると遠縁坂はニコリと笑った。

 「僕はこの事件が気になるから、この学校に来たんだ」

 そう答えた時、由真は一瞬、彼が何か途方もない怪物に見えた。

 「この学校に転校してきたのは・・・この事件を追うため?」

 「いや、元々は親の転勤だよ。さすがに高校生の身分で事件を追うために転校までは出来ないよ。ただ、当初、転校するはずだった学校を止めて、こちらに編入することにしただけさ」

 遠縁坂の話に由真はじっくりと聞き入ってしまう。

 「へぇ・・・編入ってそんな簡単に出来るの?」

 「僕は国立大学の付属高校だったからね・・・偏差値的には無試験で入れるよ」

 普通なら嫌味な言い方も、爽やかな笑顔で言う彼ならば、嫌味に聞こえなかった。

 「それで・・・私に興味があるって事は・・・事件についてよね?」

 つまらなそうに由真は彼に尋ねる。

 「あぁ・・・なかなかネットやマスコミの情報では具体的な事がまったく解らないからね。直接、聞きたかったんだ」

 

 「転校生?」

 ベテラン刑事は驚いた。

 「はい、あのクラスに配置されたみたいで」

 「学校はバカなのか?」

 ベテラン刑事は咽そうになりながら言う。

 「とは言っても、今はクラスの数も少ないですからね。他のクラスってわけにいかなかったんでしょう」

 「まぁ・・・そうだけど・・・まだ、未解決な殺人事件があるクラスによく転校しようと思ったな・・・そいつ」

 捜査本部はまだ、立っているが多くの捜査員は別の事件の捜査に入っている。幾ら凄い事件でもいつまでも同じ事件に捜査員を張り付けておくことは出来ない。大抵の場合、刑事は幾つも事件を掛け持ちしている。

 「その辺はよく解らないんですけど、どうやら、本人が望んだようで」

 「ふーん・・・物好きも居るんだな」

 警察は転校生に対して、あまり深くは考えていなかった。ただ、捜査が継続中であることを考えると、少し厄介な存在が増えたなぐらいだった。


 遠縁坂と由真は夕暮れが近付く教室の中で話を続けていた。

 「最初の二階堂由美さんが殺害された時に君は彼女の机を蹴り飛ばした。それを同級生に見られて、犯人扱いされたわけだね?」

 「えぇ・・・」

 二階堂由美の席だった机を見る。そこにはまだ、一輪挿しが置かれている。

 「彼女が朝、指に刺した画びょうに毒が塗られていた可能性があるから?」

 遠縁坂の質問に由真は首肯する。

 「なんで毒だと思ったの?」

 「それは・・・二階堂さんの姿から、毒の可能性があったから」

 「なるほど・・・確かに・・・君のさっきの二階堂さんの姿についての描写ではそうだろうねぇ。だが、それが画びょうだと思ったのは不思議だね」

 その言葉に由真は少し眉間に皺を寄せる。

 「疑うの?」

 「疑うって言うか、疑問だよ。画びょうの針程度の毒で人が死ぬかどうか。それよりも失踪中の数時間の内に何者かに毒を飲まされるとかした方が確実じゃないかな?僕としては君が画びょうに毒があると思った事、それを確かめる為に机を蹴り飛ばした事はあまりに不合理な気がしてならないよ」

 「私が間違っていたと?」

 「そうだね。もし、それに気付いたとしても、君は冷静に警察の到着を待って、説明するなり、もしくは黙っていた方が良かった。君の不用意な行動が、捜査の初動を混乱させた可能性もある」

 遠縁坂に言われて、由真は押し黙った。確かに彼の言われる通りだったからだ。自分の好奇心の為に、警察をミスリードさせたかもしれない。そうなれば、犯人が野放しになっているのは自分の責任だ。

 「まぁ、深く考える事じゃないよ。そもそも、その程度で初動を誤るとすれば、それは警察が愚かなだけ。君の責任じゃないよ。ただ、犯人はそう言った君の好奇心の強さを利用して、罠を仕掛けていたようにも思う。まぁ、君がそんな行動をしなくても自然と君の机の中に忍ばせられていた毒付きの画びょうを警察は見付けていたとは思うけどね」

 遠縁坂の説明に由真は悔しそうに聞いているしか無かった。

 「しかし、やはり、現場に来て、当人に聞くと、色々な事が解る。マスコミやネット情報は信用が出来ないな」

 遠縁坂は二階堂の席の周囲を見て回った。

 「あなたは犯人が解るの?」

 由真がそう尋ねると、彼は首を横に振る。

 「いや、全然。何せ、情報が足りない。僕は勝手な想像をしているわけじゃない。想像を膨らませるだけなら、幾らでも犯人なんて作れる。同級生でも教師でも親でも、愉快犯ならこの学校の関係者じゃないかも知れない。この学校に来ることが出来る者。それが全て容疑者だよ」

 彼の言葉に由真は戦慄した。

 「そうだ。相手がただの殺人鬼ならば、誰でも良いんだよ。ただ、殺すのにあたって、共通性が欲しかっただけかもしれない。この学校のこのクラスの生徒。それだけの共通性で殺人を犯しているかも知れない。しかもその選定においては自らの因果など何も関係ない可能性だってある。そうだろ?それこそ、電話帳か何かで適当に捲った頁にあったのがこの学校かも知れないんだ」

 遠縁坂はそう言うとニヤリと笑う。それが益々、彼の中に眠る狂気を由真に感じさせた。

 「全ては情報だよ。欠けている情報を集めて、パズルを組み立てるようにするのが推理だよ。僕はミステリー小説を書いているわけじゃないんだ。ここで起きた事件の推理をする為にはここで起きた全ての情報を集める事が大事なのさ」

 その言葉に由真は衝撃を受けた。推理は想像じゃない。事実となる情報の組み合わせなのだ。

 「そうね。・・・だったら、その情報を集めるのが犯人に繋がるってわけね」

 「その通りだよ。だから、地道にこうして、情報を集める。それはどんな些細なことでも構わない。それらを繋ぎ合わせるんだ。そしたら、きっと犯人が見付かる」

 由真は遠縁坂にある種の恐怖を感じながらも、自分の中にある好奇心と繋がるような彼に徐々に飲み込まれていくような気がした。


 遠縁坂正樹

 彼は白田由真に近付いた。

 危険だ。

 あまりに危険な人物だ。

 殺すか?

 その存在は私の計画を破綻させる可能性が大きい。

 抹消すべき存在ではあるが、それを安易に実行するわけにはいかない。

 理性を失った計画など、上手くいくはずが無い。

 私の完璧な計画を一時の気分で、自ら破綻させるなど愚の骨頂だ。

 奴を消す為に計画を修正しよう。

 まぁ、ゲームの難度が上がっただけで、楽しみは増えたのだと思えば良い。

 新しい標的。

 新しいシナリオ。

 計画は大幅に狂った。

 あの転校生は必ず殺す。そう私の中の何かが囁くのだ。

 

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