第3話 つづきの殺人

 白田由真は翌日には釈放された。

 無論、それは彼女に掛けられた嫌疑が不十分だったからに過ぎない。

 しかし、世の中とは世知辛い。

 一度、逮捕されてしまえば、あたかも犯人のように扱われる。

 無論、彼女も同様だ。

 彼女の家の前にはマスコミが集る。

 未成年者による殺人なので、プライバシー保護の観点から警察も周囲を警備して、行き過ぎたマスコミの行動を規制しようとする。

 学校は唐突の事で休校となっていた。尚且つ、無駄に外出をしない。マスコミなどに事件や学校の事は話さないなど、徹底的に指導が行われた。

 マスコミは学校付近で見掛けた同年代の少年少女を捕まえては、あれこれと尋ねているようだ。だから、私は外出しない。

 人から何かを効かれるのは虫唾が走る。

 私の楽しみは私だけが貪れば良い。

 昨晩は由真は警察でどんな取り調べを受けたのだろうか?

 彼女は今、何を考えているのだろうか?

 あぁ、それだけを考えて、私は眠れなかった。

 釈放されたと言う事は当然、嫌疑不十分だったのだろう。そうだ。彼女は犯人じゃない。警察もなかなか賢いじゃないか。それとも未成年者が容疑者で臆しているのか?慎重になる事は大切だ。こんな所で冤罪によって、ゲームが終わってしまってはつまらないからな。

 

 由真は自室で考え込んでいた。

 両親や姉は不安そうにしている。だが、由真を信じていた。

 警察では嫌疑不十分だった。証拠となる画びょうから指紋や体液が出なかった。犯人は計画的に犯行を行っている。画びょうはどこにでも売っているようなありふれた物。販売経路などは警察が追っているだろう。そこで犯人の足取りが捕まれば良いが、そんな容易い相手では無い。

 数多く売られている物なら、近くの店で買った物では無い可能性もあるし、遥か以前に購入された物かも知れない。販売経路から犯人を特定するのは困難。むしろ、針に塗られた毒物から探るのが常套だろうか?

 画びょうの針に塗られたのはテトロドトキシン。フグなどが体内に保有する毒物である。フグはこの毒を持つ為に、調理に関しては国家資格を有した者しか調理が出来ないし、摘出された毒が蓄積されている部位はしっかりと保管され、管理される。廃棄処分に至るまで、それは法的にも徹底されている。

 近所でフグを扱う業者は全て、警察の取り調べを受けているだろう。仮にそこから盗まれた物であるならば、それだけでも犯人特定の鍵となる。だが、それも可能性としては薄いだろう。むしろ、考えるならば、自らフグを吊り上げるという選択肢がある。自分で釣ったフグならば、入手経路を特定するのは困難である。今頃は学校関係者で釣りをする者が調べられているだろうか。

 由真にそんなアウトドアな趣味があるわけじゃない。それも警察は把握しているだろう。だが、それで完全に容疑者から外れたわけじゃない。

 由真がこの手詰まりな状況に頭を悩ませていると、スマホの着信音が鳴った。それはSNSの着信である。由真は友だちがあまり居ないせいで、この手のアプリをあまり使わないが、それでも学校からの連絡網として活用されている為に入れていたのである。

 相手は同じクラスの新島早苗。

 学級委員長を務めるぐらいに真面目で成績優秀な生徒だ。

 

 -二階堂由美さんを殺害した犯人が解ったみたいなの。あなたの容疑もこれで晴れるかも知れないから、一度、話しがしたいの。今夜、公園で会えない?-


 あまりに怪しい投稿だった。これは罠だと考えるのが普通だし、どこぞの推理小説のようにヒョイヒョイとこれに釣られて、公園に行くバカは居ない。むしろ、これは真犯人を釣り上げる絶好のチャンスだと考えるべきだろう。

 由真はすぐに警察に電話をした。

 すぐに由真を取り調べたベテラン刑事達が自宅にやって来る。突然の事で、周囲のマスコミ達も色めき立っている。彼等は警察官が規制している間に刑事達は家へと上がり込む。

 「これがその投稿です」

 由真はスマホの画面を見せた。刑事達はそれをじっくりと見る。

 「おい、この相手の娘の所在を確かめろ」

 刑事がそう指示を出す。

 「しかし・・・犯人が解ったって・・・どういう事だ?」

 ベテラン刑事は頭を捻る。犯人が解れば、警察に通報するのが普通だ。それを何故、同級生に告げる必要があるか。まったく不合理としか言えない行動だった。

 「繁さん、新島早苗の家に連絡をしましたが、本人が朝から家に居ないそうです」

 「本人のスマホは?」

 「そちらも掛けていますが、応答がありません」

 「位置を確認しろ」

 ベテラン刑事は嫌な予感がした。若い刑事が捜査本部に指示して、新島早苗のスマホの位置情報を確認させる。ただし、これには色々と許可が居る為に、実際は新島の母親の携帯によって、行って貰う事になる。

 数分が長いように思える。ベテラン刑事は無言だった。彼と相対する由真もこの重苦しい空気に嫌気が差していた。

 「繁さん・・・スマホの電源が切られているようです。位置情報を確認が出来ません」

 若い刑事の報告を聞いた瞬間、ベテラン刑事は立ち上がり「バカ野郎」と一喝する。

 「緊急事態だ。すぐに通信会社に記録を取らせろ。違法も糞も無い。殺されているかも知れないんだぞ?」

 ベテラン刑事に怒鳴られて、若い刑事は飛び出して行った。

 「ちっ・・・まさかと思うが・・・これは陽動じゃないよな?」

 ベテラン刑事は嫌な目つきで由真を見た。

 「陽動って?」

 由真も訝し気に彼を見て、問い返す。

 「実はすでに、殺していて、その発覚を遅らせると同時に自分のアリバイを作るとかってトリックじゃないよな?」

 「なぜ・・・私がそんな事を?」

 ベテラン刑事は由真の部屋の中を見渡す。

 「どうも、推理小説が好きみたいだからな・・・」

 「私が・・・推理小説に感化されたとか?」

 由真の問いにベテラン刑事は何も答えなかった。

 その日、深夜まで警察は新島早苗の行方を探したが、発見に至らなかった。ベテラン刑事は由真に警備と称した監視の女性警察官を残して、戻って行った。

 

 ベテラン刑事は考える。普通に考えれば、由真に犯行は無理だ。何故なら、彼女の家は周囲を警察とマスコミが取り囲んでいる。その中で発見されずに外出など不可能に近い。

 ならば・・・誰が?

 それは真犯人なのか。それとも共犯。

 どちらにしても、まずは新島早苗を見付けださねばならない。

 通信会社から通話記録などが出て来た。深夜にも関わらず、300人規模の捜査員がスマホの位置情報が最後に確認された場所に向かった。そこは街の外れにある廃工場がある場所だ。

 あまり人が近付かない場所である。暴走族や不良などが集まる事から、普通の人は危険だとして、決して行ってはいけない所になっていた。

 パトカーが難題も廃工場の敷地内に入り、パトランプとヘッドライトで敷地を照らす。誰か居る様子は無い。警察官や私服刑事達が鬱蒼とする敷地内を歩き、崩れそうな外観の廃工場に入る。中はガランとしている。その中をハンドライトで照らす。

 「隈なく探せ!遺留品などがある可能性があるからな!」

 指示が飛び交う。警察官達は地面を這うように捜し歩く。

 一人の警察官も同様に地面を見ていた。その時、彼の頭に何かが当たる。彼は機械か何かかと思い、見上げた。照らし出されたそれは首を吊った人だった。すでに汚物が垂れ流しの状態になっており、それが死体である事を物語っている。警察官は悲鳴を上げる事も出来ず、ただ、目を丸くしているしかない。

 廃工場に設置されていたチェーンブロックを使って首を吊っていたのは新島早苗である事が両親によって確認されたのは深夜遅くだった。

 ベテラン刑事は司法解剖に運ばれる前の遺体を眺めた。現場の刑事が殺人現場や死体を目の当たりにするのはドラマと違って、実際にはあまり無い。現場保存や遺体保存の観点から、それらに直接触れるような捜査をしないからだ。

 「若いのに・・・」

 ベテラン刑事は拝む。

 「彼女が・・・真犯人ですかね?」

 隣の若い刑事が尋ねる。確かに、犯行を苦にして、自殺と言うのは考えられる。

 「まだ、解らない。彼女の所持品が無いのも気になるしな。細かい死亡時刻などが明らかになるまでは、まだ、別に犯人が居ると思っていた方が良いだろう」

 「じゃあ・・・連続殺人事件の可能性もあるってことですか?」

 若い刑事の言葉にベテラン刑事は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 廃工場を中心に早苗の遺留品の捜索が夜明けまで続く。そして、廃工場に続く道の路肩で遺留品が発見された。スマホと財布。財布の中身は二千円と小銭。カード類が数枚である。

 「スマホの中身は?」

 ベテラン刑事はスマホの方を気にした。

 「鑑識の方でチェックしているそうです。どうやら壊れてはいないそうですが」

 若い刑事がそう返事をする。

 「ふん・・・中身が消されていれば、他に犯人が居るって事だ。しっかりとその辺の形跡も確認させろよ」

 「はい」

 

 由真は眠れなかった。隣に眠らずに見張っている女性警察官が居るのもあるが、新島早苗の行方が気になるからだ。

 何故、新島早苗は自分にあんなメールを送って来たのか?あまりにも謎だった。新島早苗ともこれまで仲が良かった事は無かった。仮に犯人が解ったとしても、呼び出される理由が解らなかった。

 そうやって悶々としている内に朝はやって来た。リビングに行くと、家族が騒然としていた。テレビでは女子高生が自殺したと騒ぎになっているようだ。

 「新島さん・・・自殺したの?」

 テレビでは早苗の写真が出されている。まだ、二階堂由美の事件と関係性まで言及されていないが、多分、そこにも飛び火するだろう。由真は愕然としながらも、これでようやく容疑が晴れると思った。新島早苗が何故、自殺しかは解らない。だが、普通に考えれば、彼女が二階堂由美を殺して、逃げ切れないと思って、自殺した。当たり前のようなシナリオが出来上がるからだ。

 

 今頃、由真は安堵しているだろう。自分に掛けられた嫌疑は一人の女子高生の死によって、終わりを告げたようにも思える。

 だが、そんな簡単に終わるわけがない。そもそも、新島早苗は犯人でも無ければ、自殺でも無い。彼女は私が殺した。私が呼び出し、私が首吊りに偽装して殺した。首吊りに偽装する絞殺方法は地蔵運びという方法がある。相手と背中合わせになり、相手の首に掛けた紐を持って、相手を自分の背中に乗せて屈むだけだ。相手は自分の背中の上で背筋を伸ばした状態で首を絞められる。それによって、紐の跡が首吊りと同じ場所に来るのだ。

 あまりにも簡単なトリックである。だが、それ故に効果的だ。このような簡単なトリックならば、アホな警察でも気付くだろう。いや、それですでに別の手は打ってあるので、必ず、彼等はこれが自殺じゃない事に気付くはずだ。そうして、警察は更なる疑念を由真を含めて、クラスメイト達に向けることになるだろう。

 

 警察は早苗のスマホの分析していた。通信会社からの協力も得て、分析がなされていた。すると、すでに消されたメールがある事が発見された。

 早苗の死体が発見されてから半日以上が経った。

 捜査本部では司法解剖とスマホの分析結果が報告される。

 居並ぶ捜査関係者達は真剣な表情で鑑識からの報告を聞いている。

 司法解剖された結果、死因は窒息。紐によって、強く首を絞められた為である。その紐は首吊りに使われた物と合致する。ただし、自殺か他殺かまでは言及されていない。

 次にスマホの分析である。確かに白田由真へのSNSのダイレクトメッセージが発信されていた。だが、スマホの異常な点も確認された。このダイレクトメッセージが発信される前に受信していただろうメッセージが消されている。そのメッセージを復元させたところ、それは彼女をこの場所に呼び出すメッセージだった。そして、そのメッセージには謎の添付ファイルがあったようだが、それは何処にも残されておらず、復元も出来なかった。

 「メッセージの送り主は誰ですか?」

 ベテラン刑事はそう尋ねた。

 「送り主は・・・白田由真です」

 その報告に戦慄が走った。

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