第46話 プロゲーマー見習い VS 元・底辺ストリーマー - Round 4


《RISE》MAO部門オンライン予選第7回戦。

 ジンケVSプラムの全勝対決。

 1対1で迎えた最終セット、その第1ラウンド。


 その試合を映した公式配信は、沈黙していた。


『……ぅ……っあ、はっ!? す、すいません! 思わず見入ってしまいました……!!』


 実況の星空るるが、思い出したかのように声を発する。


『なんと言いましょうか、一進一退の攻防です……!! ジンケ選手、プラム選手、互いにまるで退く気配のない、正面からのシバき合い!!』


 ジンケが振るった刀を、プラムが槍の柄で防ぐ。

 プラムが繰り出す槍を、ジンケが刀の鞘でいなす。

 攻と防の目まぐるしい連続。

 ジンケがトラップを置く隙もなければ、プラムが《フェアリー・メンテナンス》のカウントを進める暇もなかった。


『……まるで相撲だ……』


 解説のホコノが、低い声で呟く。


『自分の間合いから出る気が、両者とも欠片もない……。見えない土俵でもあるかのように、互いに1歩たりとも離れない……!!

 そうか、これが答え――最大にして最強の《トラップモンク》対策というわけか!!』

『対策!? と言いますと!?』

『恐れないことだ』


 確然とプロゲーマーは告げた。


『距離を詰めることを恐れない。攻撃を受けることを恐れない。トラップを置かれることを恐れない。トラップを踏むことを恐れない――ただそれだけで、《トラップモンク》は本来の強さを発揮できなくなる。

 恐怖こそがあのスタイルの最大の武器――ゆえに、恐れない者には、ただの《モンク》でしかない!』

『心理戦を拒絶する、ということですか!? しかし、それは……!!』

『左様。――完全なる実力勝負になるということだ』


 完全な実力勝負。

 口で言うだけなら簡単だ。

 だが、自らそれに飛び込むのに、どれだけの勇気が必要か?


『あれだけ圧倒されて、あれだけ思い知らされて――それでも、とプラム選手は実力勝負に持ち込んだ。これは自信ではない。蛮勇でもない。真なる勇気であり、精神の強さ――彼女の心量しんりょうを証明する選択だ!』

『しかし、プラム選手に勝機はあるのでしょうか!?』

『神のみぞ知る』


 ホコノは短く断じた。


『対峙する両者が互いを極限まで高め合ったとき、勝負は天運に任されるのだ』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 オレは、楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 こんなの、一体いつぶりだ?

 ゲーセンに入り浸ってた頃か。それとも、それより前か?


 考えるより前に身体が動く。

 刀を振るい、弾かれ。

 槍が迫り、これを弾く。

 ははは、うまくいかない、うまくいかない!

 心を削り合うような攻防なのに、なぜだか際限なくテンションが上がっていく!


 さあ、次はどうする?

 上段を攻めるか、下段を攻めるか。

 それとも手を緩めて見せようか?

 高速の試行錯誤。

 アイデアが次々と沸き起こっては、それを実行に移してゆく。


 脳がビリビリと震えるようだった。

 オレの発想とプラムの発想が、一瞬の間に何度も応酬されて、そう来るならと、それがアリならと、さらにさらにアイデアを積み上げる。

 まるで無言の議論。

 刀と槍を使ったディベートだ。

 刀を振るうたび、槍を弾くたび、オレたちはたった一つの答えへと突き進んでいくのだ。


 オレとプラム、どちらが先にたどり着くのか。

 わかりはしないし、どちらでもいいんだろう。

 ただ、その過程があまりに魅力的で、オレは我先にと手を伸ばす。


 ――ついてこいよ、プラム。遅れたら承知しねーぞ!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(――遅れないっ!!)


 プラムの脳髄は白熱していた。

 思考さえ追いつかない剣戟の応酬。

 その裏で交わされる大量の情報。

 吹き荒れる着想、発想、アイデア!


 本来の限界なんてとっくに超えている。

 働きすぎたコンピューターのように、頭が熱を放っていた。

 それでも、と心臓が脈を打つ。

 終わりたくない。

 終わらせたくない。

 この試合を、この時間を、この楽しさゲームを!


 槍と刀がぶつかる一瞬で、百の言葉よりも雄弁な意思が交わされた。

 互いの意思を互いの中に受け入れ合い、自分の解釈を加えて相手に返す。

 それは、どれだけ言葉を費やしても足りはしない、世界一濃厚な対話だった。


 だが、どんなことにも終わりは来る。

 楽しい時間にもおしまいはある。


 ジンケの刀が轟然と稲光を放ち、プラムはそれを防げなかった。


 袈裟掛けにダメージエフェクトが散る。

 プラムは力なく吹き飛ばされ、ジンケは血振りをするようにして、刀身に残った雷を散らした。

 制限時間、120秒。

 それが尽きたのは、ちょうどそのときだった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……はあ……はあ……はあ……」


 肩で息をする。

 身体が疲れるわけでもないのに乱れる息を整えていく。

 それでも、頭の中の熱は逃げ去らない。


「…………はは」


 プラムが、オレを見ていた。

 その瞳に、意思がたぎっていた。


 ――まだ、ありますよ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ――ああ、まだあるな。


 瞳の輝きからジンケの意思を読み取った直後、失われたHPとMP、そして制限時間が補充される。


「ふふっ」


 また、120秒。

 たったの2分間が、これほどまでに待ち遠しい。

 まるで恋だけれど、だとしても、プラムが恋したのはジンケではなかった。


 彼とのゲームに恋をした。

 人を好きになったことなどないプラムの、これが初恋だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 クエスト先でぶつかったのが、プラムとの出会いとも言えない出会いだった。

 今日、アリーナのロビーで会ったのが、初めての会話だった。

 なのに、なんでだろうな。

 話した数でも闘った数でもずっと多いニゲラやコノメタよりも、プラムの方がよく知っている。


 普段は人見知りで、ゲームをするときだけ負けん気を発揮するとか。

 槍をずっと使っていて、リアルでもついうっかり構えを取ってしまうことがあるとか。

 子供の頃に長い黒髪をクラスメイトに褒められたのが嬉しすぎて、未だに髪型を変えられないでいるとか。

 聞いたこともなく、話したこともないことまで、なぜか知っている。


 闘えばわかり合える――なんて、そんな安いバトル漫画みたいなことは信じちゃいない。

 きっと、リアルで殴り合いの喧嘩をしたって、相手のことなんてこれっぽっちもわかりはしないだろう。


 もっと単純なことだった。

 オレたちみたいな人間にとっては、一緒にゲームをすることが、会話よりも濃厚なコミュニケーションになるんだっていう、ただそれだけの話だった。


 オレがゲーセンに入り浸り、集まってくる中学生とか高校生とか、会社終わりのサラリーマンとか普段何してんだかわかんねーオッサンとかと笑い合っていたように。

 プラムがゲーム配信を見て、コメントをして、自分でも配信するようになって、学校でする会話の何倍もの言葉をネット越しに交わしたように。


 オレたちはゲームという名の言語を交わす。


 オレはオレのことを語り。

 プラムはプラムのことを語った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 プラムは人見知りだ。

 普段、まともに話すのは家族くらいだ。

 だから、無理だと思っていた。

 クラスメイトや親戚の人たちやテレビの中の人やネットの向こうの人や漫画に描かれたキャラやゲームで動くキャラのように、喋り合って、語り合って、自分の中を明かし合って、通じ合って一緒くたになって、何の遠慮も隔たりもなく同じ時間を同じように過ごす――

 ――そんな難しいこと、できっこないと思っていた。

 今だってできるわけないと思っている。

 配信で喋るのは当たり障りのないことばかりで、自分のことなんか全然話せなくて、こんなのはちょっと声を出すのがうまくなっただけだって自己嫌悪に陥ったりしている。


 けれど――けれど。

 思えば、昔からそうだった。

 人と話すことはできなくても、人と遊ぶことができた。

 思ったことを話せない自分を、ネット回線が他人と繋げてくれた。

 格闘ゲームで難しいコンボを決めたとき、プラムには確かに悲鳴を上げる相手の姿が見えていたし、デジタルTCGで詰みの状態に持っていったとき、プラムには確かに諦念を浮かべる相手の顔が見えていたのだ。


 直接対峙しなくても、直接盤を挟まなくても、対戦相手は確かにそこにいた。

 プラムのプレイに感嘆し、あるいは嘲笑し、あるいは賞賛して降参し、あるいはキレて回線を切断する『相手』が、明確にそこにいた。


 少なくともプラムにとって、ゲームは世界と繋がるためのツールだった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 オレにとって、ゲームは自分を保つための杖だった。

 勉強、運動、芸術。

 世の中の様々な評価軸の中にあって、唯一、他人より優れていると感じることができたのが、オレの場合はゲームだった。


 オレは何かしらに優れていなければならなかったのだ。

 南羽を守れる奴であるために、南羽が頼れる奴であるために、オレにはどうしても長所が必要だったのだ。


 他人にできないことができるようになるのが快感だった。

 どれだけうまくなっても壁にぶつからないのが爽快だった。


 オレを押し進めるエネルギーみたいなものが、ゲームをしている間だけは尽きなかった。

 勉強やスポーツにはどうやっても費やせない時間と手間を、ゲームになら無尽蔵につぎ込むことができた。


 かつて、有名なゲームメーカーの社長だった人が、こんなことを言ったという。

 労力の割にうまくできることが、その人の長所なんだと。


 だからオレにとって、ゲームこそが長所だった。

 誰かに誇れる、たった一つの取り柄だった。

 矮小なプライドを支える、1本きりの杖だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 120秒が尽きた。

 HPが多い方に白星が渡った。

 しかし、第3のラウンドが始まる。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 プラムには、ジンケほどに切実な理由なんてありはしなかった。

 ただ人見知りの彼女を、ゲームが慰めてくれていたというだけのことでしかなかった。


(――ああ、でも)


 理由は違っても。

 衝動は違っても。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 オレなんて、くだらないプライドのためにゲームを使っていたくだらない奴でしかない。

 それを切実だというあんたの方こそ、純粋で尊い人間のように、オレには思える。


 ――ああ、でも。


 願望は違っても。

 欲求は違っても。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(――あたしたちは)




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ――ゲームがなければ、生きられなかった人間同士だ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「―――だから!!」


 プラムの槍が紫電を纏った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「―――勝つッ!!」


 オレの刀が稲光を纏った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『しょっ、正面衝突ぅ――――――ッッ!!!』


 プラムの《雷翔戟》とジンケの《雷轟刃》が激突したその瞬間、実況の星空るるが叫び声を上げた。


『ついに放たれた《ブロークングングニル》を、ジンケ選手が超人的な反射神経で相殺しに行ったああああッ!!!

 しかし、しかしっ! これは―――!?』

『威力負けだ!!』


 ジンケの《雷轟刃》が途中でキャンセルされ、《シダ院の戒杖刀》が弾き返される。

 遮るものを失ったプラムの槍が、雷を纏ったままにジンケを貫いた。


『さぁくれつゥ―――――っっ!!! ジンケ選手のHPが激減ンンッ!!!!』

『麻痺が入るぞッ!!』


 ジンケのアバターを帯電エフェクトが覆い、その動きが停止する。

 その間に、プラムの手に槍が戻った。

《ブロークングングニル》。

 数秒のクールタイムを挟み、再び槍が雷を纏う!


『二撃目ェ――――ッ!!!』


 プラムの手から轟音と共に槍が放たれたその瞬間、ジンケの身体から帯電エフェクトが消え去った。

 しかし、


『間に合わんッ!!』


 防御も。

 回避も。

 今から始めるには遅すぎる。

 できることはせいぜい急所を外すことくらいだったが、そうしてもなお、ジンケのHPが残るとは思えなかった。


 この一発を耐えれば、逆転の目も有り得たかもしれない。

 麻痺が入るかどうか、どれだけ続くかどうかは、一定の確率内で時の運ランダムだ。

 連続《雷翔戟》が成立するのは、その中でも特に運が良かった場合のみであり、次も同じだけの時間動けなくなることは、到底有り得ることではない。


 勝負の女神が、プラムに微笑んだ。

 ここに来てジンケは、運に嫌われた。

 ――勝負は時の運。

 極限の闘いにおいては、勝負は天運に任される。



 だからそのとき、ジンケは道理をねじ曲げにかかったのだ。



『ぁッ……!?』

『むっ……!?』


 それは、幻聴であった。

 有り得るはずのない音に、実況解説の二人は口を塞がれ、コメントもまた不意に途切れた。


 そう、有り得るはずがない。

 試合中の選手の声は、本人以外の誰にも聞こえないのだ。

 聞こえないはずなのだ。





 なのに、彼らはジンケの咆哮を聞いた。

 画面上で大きくアギトを開けた彼を見て、ありもしない雄叫びを聞いた。





 雷を纏った槍が、猛然と彼に迫る。

 対して、彼が取った行動は、回避ではなく――

 左手に握った仕込み刀の鞘。

 その鯉口を、迫る槍の穂先に向けることだった。


 まさか、と。

 口に出す暇すら、もはやない。


 鯉口は正確に、槍の穂先を受け止めた。


 バリバリと凄まじい電撃をまき散らしながら、ジンケの身体が後ろに滑る。

 しかし、彼は倒れなかった。

 雷槍の切っ先もまた、彼には届かなかった。


 仕込み刀の鞘が、バリンとガラスめいて砕け散る。

 それと共に、威力を出し尽くした槍もまた四散した。


 ジンケのHPは――残っている。

 余波だけで赤くなるまで削られながら、それでも残っている。


 プラムの手に槍が戻った。

 三度、槍が雷を纏うことはなかった。

 ジンケは麻痺していない。

 ただ撃っても避けられる。

 しかし、そのHPは風前の灯火―――!!


 ゆえに、導き出される行動はひとつ。

 プラムは自ら、間合いを詰めていく。

 彼女のHPはまだ半分も割っておらず、どう打ち合っても逆転するHP差ではなかった。

 どう――打ち合っても。


 ジンケの口が、動く。

 ショートカットを詠唱するそれは、今までのどれとも違う動き。


 これまでにジンケが使用したショートカットは4種類だ。

《パラライズ・トラップ》《エクスプロージョン・トラップ》のトラップ2種。

 風属性魔法攻撃の《エアガロス》。

 そしてカタナ系体技魔法の《雷轟刃》。

 ――しかして、設定できるショートカットの数は5枠だった。


 最後のショートカットが、ここに開陳される。

 それは、《モンク》というクラスとして、至極真っ当な魔法。

 だが、対人戦で普通に使えてはあまりに強すぎるということで、通常時に比べて消費MPが大幅に上方修正されている魔法。



 ――赤く染まっていたジンケのHPが、半分ほども回復した。



『べッ……!!』

『《回復魔法ベケマール》―――ッ!!』


 残りMPのすべてを費やした回復魔法が、HP差をイーブンに戻した。

 しかし――プラムはすでに、間合いを詰めてしまっている。

 たった数合しか保たない、ボロボロの槍を手に。



 ジンケの口元が、薄く笑っていた。

 ここに、彼が用意した最後のトラップが、結実したのだった。



 プラムは槍を失うリスクを避けようと、体技魔法を中心に立ち回る。

《ブロークングングニル》の理屈で、体技魔法であれば耐久値を失っても復活するからだ。

 ……だが。

《雷翔戟》を連発した後の彼女に、そう何度も魔法を使っていられるほどのMPは存在しない。

 もはやプラムに、勝機はなかった。


『けっ……決着っ!!! 《RISE》MAO部門オンライン予選第7回戦! 最後の全勝対決を制したのは、ジンケ選手―――!! 脅威の新スタイルを引っ提げ、見事1位で予選を突破ああああっ!!!』


 文字の歓声が、配信画面を埋め尽くした。

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