第22話 プロ見習いは戦法を進化させる
オレはランクマッチ・ルームの扉の上にある表示を見上げていた。
【741】
本来なら、そこはD5からS1までのランクが表示されている場所。
そこに3桁の数字が並んでいるということは――S1までの通常ランクを超えたことを意味していた。
「……ッし……!」
ランクマッチを始めて、大体5日くらい。
オレはゴッズランクに到達した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「はい。ご褒美のエッチな自撮り画像」
「当たり前のように何を渡してくれてんだ!」
いちおう中身を確認した。
たくさんの鶏が映っていた。
「……リリィ」
「うん」
「これは自撮りじゃなくて地鶏」
「冷静に突っ込まないで……」
「無表情でしょうもないボケ挟んでくるんじゃねえ!」
予想以上にしょうもなくて鳥肌立ったわ。地鶏だけに。
「実は、一応本当に撮ったんだけど、さすがに恥ずかしくて」
「……ほう」
「というか、よく考えると、そういう画像をMAOでやり取りするとBANになるから、やめた」
「くっ……!」
コンプライアンスめ……!
「じかに目にできる日をお楽しみに」
「はいはい」
「ところで、どこに向かってるの?」
オレたちは一時、アグナポットを離れていた。
ずっと北東にある街へポータルで移動し、そこからさらに徒歩で移動中。今は緩やかな山道を登っている。
「ゴッズランクに到達したのはいいんだが、やっぱり厳しさを感じてきたんだ。このままじゃゴッズ50位以上は難しいと思う」
「《ブロークングングニル》、一過性の流行に終わる?」
「今のままならな。別にティアーランキングに載るのが目的じゃねーけど」
オレが使い始めた戦法がいつの間にか流行していて、目を疑ったもんだ。
まさかわずかな動画から、あのバグ一歩手前の現象を分析されるとは思わなかった。
「このスタイルは基本的に《クリティカルランサー》として戦って、どうにもならない相手の時だけ《ブロークングングニル》戦法に切り替える。
でも、それには致命的な弱点がある。
《ブロークングングニル》をやるときは、槍の耐久値をギリギリまで削る必要があるから、どうしても序盤が防戦になるんだ。耐久値をうまく調整する前に、そのまま押し切られて負けるってパターンが、あまりに多すぎるんだよ」
「うん」
「それに、《クリティカルランサー》として戦うパターンのときも、《フェアリー・メンテナンス》っていう役立たずのスキルを入れてる分、パワーが落ちる。元からそんなにパワーのないスタイルなのに、さらに役立たずのスキルが入ってちゃ、勝てるもんも勝てねえ。
純正の《クリティカルランサー》が増えてるらしいけど、これはその辺りが原因じゃねーかな。『このスキル抜いて、普通に戦ったほうが強くね?』って思った奴が多いんだ」
「じゃあ……」
リリィの銀髪がさらりと揺れた。
「《ブロークングングニル》って……実は弱い?」
「弱い。開発者が言うのも何だが、今ティアー3にいるのが奇跡に思えるくらい。それが何十戦か使ってみての結論だな」
はっきり言って、インパクトだけだ。
高威力の投擲系体技魔法をバンバン撃ちまくれるのは、かなり楽しいんだけどな。
「でも、改良の余地はある」
「改良?」
「《クリティカルランサー》として戦いながら、無理なく槍の耐久値を削れるようになったら、このスタイルは化ける」
オレは確信を持って言った。
「元々、《クリティカルランサー》は決定力のあるスタイルだ。ハマれば一瞬で試合終わるしな。
でも、戦法に柔軟性がなかった。そこが弱点だ。だから簡単に対策されていた。
だけど――《ブロークングングニル》というフィニッシュブローを自由に使えるようになれば、それも変わる」
「……でも、自分の武器の耐久値を自分で削る方法なんて、あった?」
視線を上向けて考えている様子のリリィに、オレはにやっと笑った。
「『武器の耐久値を削る』なんてそのまんまの方法があったら、とっくに誰かが気付いてるよ」
「……?」
「組み合わせ。コンボってやつだ」
オレは山道の先を指さす。
「どんな回復もダメージに反転させちまう魔法が、この先で覚えられるんだってよ」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
《フェアリー・メンテナンス》による耐久値の回復を、ダメージに反転させる方法があればいい。その発想は、《ブロークングングニル》を使い始めて2日目くらいからあった。
だが、MAOの攻略wikiを穴が開くほど調べても、該当する魔法もスキルも見当たらなかった。
半ば諦めていたのだが、このゲームにはネットに纏められていない事実も多い。そもそも、クエストの多くがAIで自動生成されているらしいので、すべてを調べきるのは不可能なのだ。
そういうわけで、各地を回ってNPCから情報収集を試みた。
怪しいクエストはいくつも見つかった。それらをSNSや匿名掲示板で片っ端から調べてみれば、案の定やったことのある奴がいて――
『あらゆる回復効果を反転させる魔法』の存在を、ついに掴んだのだった。
「『あらゆる回復効果』ってのが、武器の耐久値にまで適用されるのかは、まだ未知数だけどな。試す価値はあると思うぜ」
「……………………」
「ん? どした?」
「……わたしにも頼ってくれたらよかったのに」
どうやら、クエストの調査を一緒にできなかったのがご不満らしい。
「んなこと言ってもお前、ハウスの仕事覚えるので忙しかっただろ? 事務作業とか」
「ぶー」
と、拗ねたような効果音を出すリリィだったが、無表情なのであまり伝わってこない。
こいつはチームに雇われたバイトなのだ。あまりオレにばかりかまけさせるわけにもいかないだろう。
「ごめんって」
「あたま」
「……わかったよ」
リリィの頭を撫でる。
銀色の髪はさらさらと心地のいい感触だ。
「ふふふー」
声は平坦ながら、頭を撫でられて満足げだった。
「次はむね」
「撫でるか!」
「あう」
調子に乗ったリリィのおでこを小突いたとき、ちょうど山道を登りきった。
森の中にひっそりと建っているのは、荒れ果てた……神殿?
ヒビだらけで、今にも崩れ落ちそうな石の建物。緑色のツタが、元は白かったんだろう壁を這い回っている。
入口の前には、半分以上崩れて何をかたどっていたのかもわからない像があった。
「お化け屋敷感があるな……」
「きゃーこわーい」
「まだ入ってすらいねーよ。ヘタクソかお前」
「少し逸った」
リリィはオレの腕から離れる。
こいつがお化けに驚くところとか想像できなさすぎるんだが。
「中に魔女みたいなクエストNPCがいるらしい。探そうぜ」
「きゃーこわーい」
「だから早い!」
馬鹿みたいなやり取りをしながら、廃神殿に近付く。
扉を開けようと手を伸ばし、
――ギイッ……。
「ん?」
「え?」
オレが手を触れる前に、扉が勝手に開いて、中から何かが飛び出してきた。
「うおっと!」
オレの胸に激しくぶつかってきたそれを、反射的に受け止める。
なんだこれ? 頭?
オレの顔のすぐ下に、黒い髪でできたつむじがあった。
……女の子?
「あっ……す、すいません……」
か細い声が聞こえたかと思うと、女の子はパッとオレから離れ、長い黒髪をなびかせながら走り去っていった。
オレはなんとなく、その背中が山道の下に消えるのを見送る。
「ジンケ。ボーイミーツガール禁止」
「……それは何をどう気をつけたら回避できるんだ?」
「曲がり角では常に
「オレは何と戦ってんだよ」
しかもそれだと今の回避できないし。
「……それにしても、あの子、こんなところで何してたんだ?」
「……? クエストやりに来たんだと思うけど」
「あ」
そりゃそうか。オレたちもそうだもんな。
……いや、ちょっと待てよ?
ってことは、あの子、もしかして――
「……まさか……」
「どうしたの、ジンケ」
杞憂か。
それとも、要注意か。
「ああくそ、名前見とけばよかったな」
「…………ジンケ」
「ぐおっ! 足を踏むな足を足を!」
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