ゲーミングハウス入居編――ワンダリング・ビーストの戦略

第10話 プロ見習いはVRゲーミングハウスを訪れる


 後日。

 8月に入った頃に、オレはアグナポット北東にある待ち合わせ広場で、プロゲーマーの女、コノメタと再び顔を合わせた。


「やあやあ。親御さんは首尾よく説得できたみたいだね」

「超怪しんでたけどな。息子がいきなりプロゲーマーになるから契約書にサインしろなんて言い出したもんだから。説得に協力してくれて助かった」

「まー、まだ仮契約だからね。もし本契約となったら、もう少し骨が折れるはずだよ。キミがウチの社長の眼鏡に敵ったらの話だけどね」


 そう――オレは、プロゲーミングチーム《ExPlayerS》と仮契約を交わした。いわゆる見習いの状態である。

 なぜ見習いなのかといえば、単純に実績が足りないからだ。

 曰く、コノメタはオレが初日にやったPKKの話を聞いて、オレに興味を持ったと言う。同じように有望そうなプレイヤーを見つけては、有名無名拘らずスカウトするのが、コノメタの仕事の一つらしい。

 だが、本当に無名のプレイヤーがいきなりなれるほど、プロゲーマーは甘くない。相応しい実績を作るまでは見習い扱いなんだそうだ。

 今日からオレは、本契約を獲得してプロになるため、活動を開始するのである。


「改めて自己紹介するよ」


 コノメタはオレに右手を差し出した。


「私はコノメタ。プロゲーミングチーム・ExPlayerSのVR対戦格闘ゲーム部門所属。ついでにスカウトの真似事なんかもしてる。以後よろしく、新入り君」

「ジンケだ。本名は名乗らなくていいのか?」

「別に。私たちが求めているのは人としてのキミじゃない。ゲーマーとしてのキミだからさ。ま、書類で見て知ってはいるけど。なかなかカッコいい名前だね?」

「だろ? 両親が中二病だったんだ」

「はははは! ナイスセンスとご両親に伝えてよ!」

「……ところで」


 オレは隣を見た。


「なんでリリィもついてきてるんだ……?」

「ジンケいるところにわたしあり」


 リリィはピースサインをして、カニみたいに開け閉じした。

「ああ」とコノメタが言う。


「リリィ君はね……雇った」

「雇った!? こいつもプロになるってことか!?」

「いやいやそうじゃないよ。ただのバイト」

「バイト……?」

「どおおおおおおっっっっっしてもジンケ君と一緒にいたいって言うから、それならちょうどいいやと思って、雑用係として雇ったの。ウチのVRゲーミングハウスのね」

「VRゲーミングハウス……?」


 聞き慣れない言葉だ。


「あ、知らない? なら道すがら説明するね。ついてきてよ――案内するからさ」


 腰に提げた刀をガシャリと鳴らしながら、コノメタは歩き出す。


「これから行く場所が、我がEPSの、MAOにおける前線基地だよ」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「そも、ゲーミングハウスっていうのは、プロゲーマーたちが互いの切磋琢磨を目的として、朝から晩まで寝食を共にする一種のシェアハウスだった」


 石畳の道を歩きながら、コノメタは『VRゲーミングハウス』とやらについて説明を始めた。


「へえ……。そんなのがあるのか。最近のプロゲーマー事情はよく知らねーから」

「ゲーミングハウス自体は10年以上前からある」


 隣からリリィが補足してきた。


「主に欧米で採用されてた。日本のチームも一部だけど採用してた。チームプレイ必須なゲームのチームで……MOBAとか」

「もば?」

「マルチプレイヤー・オンライン・バトル・アリーナ。何人かでチームを組んで、敵チーム本拠地の破壊を目指すタイプのゲームだよ。リリィ君、よく知ってるねー」

「むん」


 リリィは無表情で(仮想の)胸を張った。


「彼女の言うとおり、ゲーミングハウス自体は10年以上前からあった。でも、そこから転じて生まれたVRゲーミングハウスは、ま、割と最近できた文化だね」

「互いに切磋琢磨するためのシェアハウス……そのVR版ってことだろ?」

「おおむねそう。でも、VRで寝食を共にってのは難しい話だよね。だから、VRゲーミングハウスは、もっとカジュアルなものなんだよ。そうだね……チームメンバーの溜まり場みたいなものと考えてくれたらいい」

「いきなり卑近になったな……小学生の秘密基地みたいなものってことだろ、それ」

「秘密基地! いいねえ、それだ!」


 何が嬉しいのか、コノメタはパンパンと手を叩いた。


「ともかく、VRゲーミングハウスは、同じチームのメンバーが交流し、情報を交換し、互いを高め合うための場所だよ。……ただし、これだけは肝に銘じておいてほしい」


 先を行くコノメタが、首だけで振り返る。


「『交流する』ことと『馴れ合う』ことはイコールじゃない。気をつけるように」


 その瞳には、今までのようなふざけた雰囲気は欠片も見当たらなかった。


「……了解」


 オレはかすかに笑いながら頷いた。

 上等だ。見せてもらおう。プロのゲーマーってやつを――


「ちなみに、我がチームには女子もいます」

「えっ」


 リリィが驚いたような声を漏らした。


「というか、ウチのハウスに出入りしてるのは女子がほとんどです」

「えっえっ」

「なので、うっかり彼氏彼女なんて馴れ合いの極致に陥らないように。ハウス内は恋愛禁止なんでそこんとこよろしく」

「えっえっえっ」

「……メンバー以外との、それもハウス外でのことなら、プライベートだしチームは関知しないよん?」

「ほっ」


 リリィがオーバーに胸を撫で下ろすと、コノメタはけらけらと笑った。

 つかみ所のない女だ……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ついたよ」


 その一軒家は、武器屋や鍛冶屋が建ち並ぶ商店通りから少し外れたところに、ひっそりと建っていた。

 5つのアリーナに合わせてか、全体的にローマ調なアグナポットの街並みにあって、まったく違和感を窺わせない。むしろこの辺りで一番古くから建ってますって雰囲気だ。

 石だかコンクリートだかわからない薄黄色の材質でできた2階建て。

 横にも大きく、土地面積は現代日本の平均的一軒家の2倍はあるんじゃなかろうか。一軒家というか、屋敷と呼んでも差し支えない大きさだ。


「さあ、入って入って。誰かいるかなー」


 玄関に入っていったコノメタに続いて、オレとリリィも開け放たれた扉を抜けた。

 中は日本の住宅に近い。

 土足で廊下を少し歩くと、ソファーやテーブルが置かれたリビングがあった。

 上へ行く階段と、下へ行く階段が一つずつある。

 奥には掃き出し窓があって、大きな庭が広がっているのが見えた。


「あんれー? 誰もいないなー。新入りが来るよって言ってあったのに」


 コノメタはきょろきょろリビングを見回して首を傾げた。確かにソファーには誰も座っていない。


「個室にいるのかなー。ちょっと見てくるから、ソファーにでも座って待っててくれる?」

「ああ、わかった」

「りょーかい」


 無表情で敬礼したリリィに頷いて、コノメタは2階に行く階段を上がっていった。

 オレは言われたとおり、部屋の真ん中にあるソファーに座る。

 リリィが隣に座り、ピトッと密着してきた。


「やっと、二人きりになれたね」

「ハウス内恋愛禁止のルールをいきなりブチ破ろうとするな」

「ぶー」


 まるで勢いのないブーイングを飛ばしながら、ぐでーっとオレの肩にもたれかかってくる。懐いた猫みたいだ。

 ……恋愛禁止って、どこからがアウトなんだろうな。

 キスから? それとも身体接触から?

 とりあえず、最初ってことで、このくらいは見逃してもらうか……。


 ぼーっと室内を見ていると、ちょうど正面に、大きなモニターがあるのに気付いた。

 世界観ガン無視だが……あそこに何か映るんだろうか?

 ソファーの前にあるローテーブルに、パソコンの電源ボタンみたいなマークが光っているのを見つけた。もしかして、これを押すとモニターが映るのか?


「ふむ……」


 押してみよう。

 ポチッ。

 モニターに光が灯った。


『―――んっ……ぃやぁっ……は、ぁああっ……!』


 ポチッ。

 モニターが消えた。

 すぐ隣のリリィが、じーっとオレを見つめているのを感じる。


「……ジンケ」

「いやいや知らん知らん知らん知らん」


 いかがわしいものが映るなんて思わんでしょうが! ラブホじゃあるまいし!


「そんなにそういうのが見たいなら、わたしが撮って送ってあげるのに」

「マジでっ――いやいやいや」

「自分で撮るほうがいい?」

「そんな場合じゃなくて!」


 ちょっと心が揺れたけども!


「なんだったんだ、今の喘ぎ声は……」

「よくわからなかった。ジンケがすぐ消したから」

「もう1回点けてみるか」

「…………今夜、送るね」

「そういうことじゃねえ!」


 ……どんなの送ってくるつもりなんだろう。

 なんて考えている場合でもなく。


「真相を確かめたいだろ。そもそも、MAOってR18のデータは持ち込めないシステムじゃなかったか?」

「そういえば」

「それじゃあ、今のはなんだったのか……。自分たちの目で確かめるしかない!」


 決して見たいわけではない!

 ポチッ。

 再びモニターが映る。


「……ん?」

「誰も映ってない」


 モニターには無機質で何もない部屋が映るばかりで、人らしき姿は見当たらなかった。

 もちろん、あの悩ましげな声も聞こえてこない。


「……な、なんだったんだ……?」

「幽霊?」

「やめろ。怖い」


 いや、怖いのか……? というか、幽霊もそういうことするのか……?


「―――ふー。今日のトレモはひとまずこのくらいにしよーかしら」


 モニターに映った無人の部屋を前に、リリィと二人して首を傾げていると、リビングの外――地下への階段から人の声が聞こえた。


「今日は他に誰も来ないらしーし、一休みしたらランクマでも―――え?」


 階段から姿を見せた人物が、ソファーに座るオレたちを見るなり硬直した。

 女の子だった。

 キラキラした金髪をツインテールにした、小柄な女の子だ。

 Tシャツにショートパンツという極めてラフな格好だった。

 ……これって、見ちゃいけない格好なんじゃね?


「お、お、お―――男ぉっ……!?」


 金髪Tシャツ少女は、壁に身体だけを隠す。

 オレはどうしていいかわからず、とりあえず会釈をした。


「お、お邪魔してます……?」

「だ、誰……? どうして男がいるのっ……!? EPSのハウスは女の花園エデンだったはずっ……!」


 そうなの?

 確かに、今ハウスに出入りしてるのは女子がほとんどだとか、コノメタが言ってたが。


「ふ、不審者ね……!? 堂々とソファーでくつろいでいるなんて、大胆な……!」

「いや、それは……」

「む、無駄なのだわ……! こんなところに入り込んでも……ぱ、パンティも干してなければ、アタシたちにいかがわしいことだって、できないんだからっ……!」


 聞こうともしねえ。っていうかパンティて。


「あのなあ……女連れで空き巣に入る奴がいるか?」


 オレは隣にいるリリィを指さす。


「こんにちは」


 平然と挨拶したリリィの顔を、ツインテ少女はじっと見つめ――


「…………あのう。ここはご休憩とか、やっていないのよ……?」

「知っとるわ!!」


 こいつ、さっきから思考がことごとくピンクじゃないか? 子供みたいな体格のくせに。


「……あれ? モニターついてる……?」


 ツインテ少女が、何もない部屋が映っているモニターに気付いた。


「え……? あのトレーニングルームって……アタシが、さっきまで……。まさか、アタシ……配信拒絶設定、忘れて……」


 ぶつぶつ呟いたかと思うと、その顔がさーっと青ざめていった。


「も、もしかして……見て、た……?」

「は? 何を?」

「き、聞いてたのねっ!? 練習中のアタシの声!」

「声……?」


 って言うと……もしかして?


「…………あのエロい声、お前だったのか?」


 青ざめた顔が、今度は真っ赤になっていった。


「……うーん、おかしいなあ。こっちにいないとなると、トレルのほうか――あっ! いるじゃん、ニゲラ!」


 コノメタが2階から降りてくる。

 直後、ツインテ少女はその場でぽろぽろ大粒の涙をこぼし始めた。

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