10.模倣の結末


 阿佐美の家の玄関をくぐると、家の前には既にパトカーと綾子達が到着していた。

 思っていたよりも早い到着に影浦と月城は揃って目を丸くする。

 そして彼等が出てくるのを待っていた人々の中からある人物が駆け出してきた。



水悠みはる!」

「叔父さん……」



 月城の叔父が待っていたらしく、駆け寄ると人目もはばからず彼女を抱きしめた。

 そして月城に何かを確認するように二人は小さく喋り始める。

 恐らく月城の体を心配しているのだろう。

 今まで散々な運命を歩んできた彼女を心配しすぎるという言葉はない。

 遠くから二人の様子を見ていると彼女はしきりに首を横に振っていた。

 月城の叔父は背が高く、そこそこ鍛えていそうながたいでスーツを着ている。

 サラリーマンだろうか、綾子が呼んだのか? と影浦は考えたが、耳に届いた声でそれらの疑問は一瞬で解決した。



「月城警部補、ちょっといいですか?」



 警官達が月城の叔父に声をかけているのを横目で見ながら、影浦は綾子とユリに合流した。



「大当たりでしたね~影浦君」

「そっちは変わったものなかったか?」

「僕の方には美術品しかなかったんですけど……」

「私の方にはいくつか」



 綾子から目配せを受けて百合が答えた。

 彼女の向かった工房には一見美術品しかなかったのだが、色々掘り返してみたところ初めの被害者である女子高生の肋骨と思われるものが何本か出て来たそうだ。



「素敵なコレクションでした」



 百合は満面の笑みを浮かべ、うっとりとしていた。

 そんな彼女に男二人が呆れていると、月城がこちらへやって来て影浦を呼んだ。



「事情聴取受けなきゃって言われたんだけど……」

「あぁ、じゃあ行くか」

「……」

「何だ?」

「その、大丈夫? 昔のこととか……」



 阿佐美が話していたことを指しているとわかり、影浦はため息を漏らした。

 かつての事件の事情聴取がきっかけでメディアに取り上げられたことを気にしているのだろう。確かにいい思い出はない。



「トラウマにはなってないから安心しろ。お前も一緒だろ?」

「うん、あの車にって」

「わかった。じゃあ綾子、あとは頼む」

「了解です~。ばっちり抜け目なく、情報集めときますね~」



 そういう意味で頼むと言ったわけではなかったが、まあいいかと影浦は月城と歩き出した。

 警察の話を聞いて指示通りに車に乗り込み、一足先に現場から立ち去る。

 百合もお付きの運転手から帰宅をするよう促され、綾子を送ってから帰ろうと彼と一緒にそこから離れた。





 これで「模倣者コピーキャット」という殺人鬼は終わりを迎えた。

 最後の犠牲者として連れ去った月城は無事帰還することが出来、巻き込まれたという体の影浦も左手への負傷だけでことが済んだ。

 学生達が去った現場は警察が厳重に包囲し、証拠集めと犯人の連行、まだまだやることは山積みだ。

 それらの指揮を執っていたのは月城の叔父、月城泉澄いずみだった。

 今回の事件が始まってからまさか……とは彼も最悪の想定をしていたが、遂に姪が巻き込まれてしまったという報せには肝を冷やした。

 だが結局今回の事件は無事終了を迎えそうで、泉澄は正直ほっとしていた。



「あの月城さん……」

「どうした?」



 自分も犯行現場に入ろうとした時、部下の一人が駆け寄り小声で話し始めた。

 あまり大声では言えないことなのか? と首を捻ると、部下の口からは信じ難い言葉が飛び出す。



「容疑者の阿佐美ですが……」

「拘束されてるんだろ?」

「死んでます」



 顔をしかめると部下はしっかりと頷き、泉澄はすぐに家の中へと入った。

 地下へと続く階段を下り、先に入っていた警官の案内により工房である物置部屋へと通される。


 死んだと聞いて、自殺だと思った。

 その可能性は決して低くなく、だからあまり素人に捕まえさせたくはないのだ。

 きちんとそのことにも気を配らないと、こうして容疑者がことになる。

 しかし工房へ足を踏み入れた直後目にしたものを、泉澄は信じたくなかった。



「誰かいじったか?」

「いいえ、そのままです。まだ鑑識も来ませんし……。あの、これって……」



 部下が言い辛そうに口を開いたが、その後は続かなかった。

 この場にいるほとんどの者が、泉澄のことをよく知っている。

 彼が今までどんな事件を担当して来たかというのも。



「これも模倣、ですか?」



 阿佐美の死体周辺を調べていた警官が尋ねたが、泉澄はきっぱりと答えた。



「模倣なわけあるか、これは……本物だ」



 、と泉澄は呟いた。

 工房で縛られていたはずの阿佐美は殺された。

 開胸され、肋骨と心臓をむき出しにされ、その両脇を彩るように。


 彼自作のナイフとフォークが添えられていた。



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