7.人殺しの思考


 阿佐美の指が月城のシャツのボタンに触れた時、突如ドンという低い音が工房に響いた。



「!?」



 音は月城の背後から聞こえてくるが、彼女には後ろで何が起こったのかわからない。

 その代わり、彼女と対面している阿佐美はその光景を目の当たりにしていた。

 金属製のドアが叩かれている。

 この工房の唯一の手入り口であるそのドアが、外側から誰かが叩いている。

 そのドアは工房の構造上分厚く作ることは出来ず、長い壊れやすいドアだった。

 鍵の代わりにかけられているあの錠が壊されれば、簡単に中へ入れる。



「……誰か来たんですか?」



 阿佐美の注意はすっかりドアに釘付けになり、月城は声を絞り出した。

 ドン、ドンと音は絶えなく続き、更に大きくなっている。



「……あいつか」



 阿佐美のその「あいつ」が誰を指しているかわからなかったが、まさかと月城は思った。

 まさか、今まで散々見つからなかったのに、こんなところに現れるのか?

 彼が、あの人が? と、そう考えてしまった。

 阿佐美の言うことが全て正しければ、「捕食者」は月城を好いている。

 その相手を誰かに殺されようとすれば……姿を現すのだろうか?



(本当にが……?)



 そして月城がその光景を目にする前に金属の壊れた音が聞こえた。

 耐えられなかった錠は壊れてしまい、反動でドアがゆっくりと開いていく。

 ドアをこじ開けた人物を何とか見ようと、首をひねって背後を確認する。

 しかしそこにいたのは、想像していた人物ではなかった。



「……当たりか」



 月城と阿佐美の姿を確認したその人物はふとそんな言葉をこぼした。

 消火器を手にドアを破ったのは、影浦だ。



「か、影浦君……?」

「何だよその反応、お呼びじゃないって感じか?」



 せっかく間に合ったのにあまり喜んでいない、むしろこちらの顔を見て驚いている月城に影浦は愚痴をこぼす。

 対して阿佐美は、非常に呆れた顔をしていた。



「どうしたんだよ~……影浦君。何でキミがこんなところに?」

「今言った通り、俺は当たりだっただけだ」

「当たり?」



 影浦はベコベコに凹んだ消火器をその場に投げ捨て、工房へと足を踏み入れる。



「『模倣者』の正体はあんたで、月城をさらったのもあんただっていうのはすぐわかった。それで百合さんを何とか起こして聞き出したんだ」







 美術教員室に飾られていた作品から犯人が阿佐美だと特定した影浦達は、まず彼がどこに逃げ込んだのかを探した。

 車で走り去ったことから学校付近にいるとは思われない、しかし県をまたぐ程遠くにも行っていないだろうと綾子が言った。



「全ての犯行はこの近辺で起きてますから遠出は好まないんでしょう。職場から離れるのも大変でしょうし、変な動きしたらすぐバレちゃいますからね」

「じゃあどこに行ったんだよ。家か?」

「家で殺しなんてしたらそれこそすぐ捕まんだろーが」



 横から不死原が口を挟み、影浦は眉間にしわを寄せた。

 だがその茶々入れに苛立ちを覚えつつも、同じ人殺しとして意見を仰ぐのは悪くないかもしれない、とすぐに閃く。



「お前だったらどうする? 不死原」

「あ?」

「殺したい奴を連れ去って、どこで、どうやって殺す?」



 影浦の質問の意図を察した不死原はニヤニヤと笑ったが、意外にも真面目に考えて答え始めた。



「拉致って車で移動して……だったらそうだな。やりやすい場所を探すな。それか自分で確保してる場所に行く」

「そのまま姿をくらますことは?」

「何でんなことしなきゃなんねーんだよ? 殺したい奴を手に入れたんだぞ? すぐやりてぇに決まってる。工房かなんかじゃねーの?」

「工房?」

「阿佐美の専門は彫刻美術とか言ってたしな……石膏なんか使うんなら一軒家じゃねぇ限り家じゃ無理だろ……。あ?」



 その言葉を聞きながら影浦と綾子はポカンと口を開けていた。

 まともな話も出来るのか……と随分失礼な理由で。



「じゃあ不死原先パイはその工房の場所知ってるんですね?」

「オレが知るか! そこの女でも叩き起こして聞きゃいいだろ!」

「あ、ちょっ」



 不死原はずかずかと百合の元まで歩いていくと、眠っている彼女の横腹にためらいのない蹴りをかました。

 もちろん、それを見た影浦と綾子はすかさず止めに入ろうとする。



「な、何してるんですか!?」

「何で百合さんのこと蹴っ……」

「いつまでも寝てんじゃねぇぞ! このマゾ女!!」



 眠る少女を蹴り続ける男、というとんでもない光景に真っ青になる二人は何とか不死原を引きはがそうと拘束する。

 そして影浦が後ろから押さえ込んで引きはがすことに成功すると、床に伏していた百合がピクリと動いたのに気が付いた。



「百合先パイ、大丈夫ですか……?」



 おろおろしながら綾子が静かに尋ねると、伏せていた彼女の顔が上がる。

 そして、艶やかな声で答えた。



「申し訳ありません……続けて頂けませんか?」

「キッモいんだよ!!」



 そんな茶番がありながらも目を覚ました百合に事情を話し、阿佐美の工房と思われる場所を何とか特定した。



「美術部は毎月第二土曜日に阿佐美先生の工房にお邪魔するんです。特に彫刻や陶芸をしたい部員は進んで参加するのですが……場所が二箇所ありまして」



 その二箇所を調べて地図で確認すると、二つの工房はちょうど阿佐美の自宅を中心に置いた位置に建っていた。

 工房といっても、工房として使う部屋や倉庫を借りているだけなので大して大きいものではない。

 人数もいる為、二手に分かれることにしたのだが……。







「俺だけはお前の自宅を当たることにした」

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