2.2人の少女


 もうそれ以上話さなくていいと言葉を被せた影浦は続ける。



「さっき小鳥遊さんに聞いた。店からなくなったナイフとフォークの数は被害者の人数と一致したのに、ナイフが一本だけ余分になくなってるって」

「……ナイフだけ? どうして」

「詳しくはわからないが、人を殺した時に置いていくものをまだ一つだけ持ってるっていうことだ……つまり」

「……」

「まだ、あと一人殺そうとしてるってことだろ」



 「捕食者」の犯行は止まったと世間には思われているし、もしかしたら彼は死んだのかもしれないとも言われていた。

 だが、犯行止まったことが殺人鬼でなくなったということにはならない。



「……それがわかったから、あたしに抜けろって言ったの?」

「……そうだ」

「あたしが狙われるかも、って思ったから?」

はお前を狙ってる」



 まるで確信しているような口ぶりだが、影浦はほぼ確信していた。

 何故、「捕食者」と目が合っただけの少女が死を呼び、殺人鬼を引き寄せるのか。

 推測でしかないが恐らく「捕食者」は月城に何か目をつけるなりしたのだろう。

 それがきっかけで、彼女の運命は変わってしまったのだ。



「狙ってるか、どこかに隠れて見ているのか……。何が目的かは知らないが、少なくともはお前に執着してる」

「……」

「俺達がに執着しているように」



 百合も綾子も「捕食者」に出遭ってしまってから彼に執着し、人生が変わってしまった。

 一人は殺されることが愛情だと思い込み、一人はわき目もふらずに殺人鬼のことばかり調べずにはいられなくなっている。

 そして影浦もまた、悪夢を見続けている。



「でなきゃお前のその妙な体質の説明がつかない。は人を変える何かを持っている」

「……確かに、そうかもしれないけど、でもっ」

「命を狙われてるのに、自分から向かいに行くっていう気か?」

「命を狙われてるのにじっとなんてしてられないでしょ!?」



 二人は譲らなかった。

 どちらももっともなことを言っている。

 自分から死にに行くなんて馬鹿げている。

 しかし、ただ殺されるのを待ち呆けているなんて我慢出来ない。

 どちらも正しいが故に、お互いをそれ以上責めることは出来ず、引くことも出来なかった。

 ブランコの脇に立つ大きな木から蝉が一匹飛び立つ。

 蓋の開いていないペットボトルからポタリと一滴の雫が落ちた。



「わかってるよ、影浦君が言ってることは正しい。ただの高校生のあたし達に大したことなんて出来ないし、殺人鬼を捕まえられるかもなんて考えは浅はかだって。影浦君や綾子君達に会うまでは、そんなの出来っこないって思ってたよ」

「俺や綾子だってただの高校生だろ」

「でも綾子君は警察でも知らない情報を持ってるし、あたし達以上にに熱心な百合先輩とか不死原先輩だっている。影浦君だって、ユラさんに特別にの本名教えてもらったんでしょ?」

「名前は小鳥遊優樹だった」

「じゃあ綾子君にも教えて、また調べようよ。影浦君の言う通り、まだ誰かを殺そうと……あたしを殺すつもりなら、どこかで生きてるんだから」

「そう簡単には見つかるとは……」

「あたしはあなたのじゃない!」



 ブランコのチェーンが揺れる音が聞こえると、月城はすぐ隣に立っていた。

 彼女の座っていたブランコはわずかに軋みながらふらふらと揺れ、風が吹くと彼女のスカートもはためく。

 眉を八の字にした月城は、怒っているような、哀れんでいるような顔でこちらを見下ろしていた。

 汗で彼女の黒髪は頬についている。



「あたしは日和ひよりさんじゃない。影浦君の幼馴染でもないし、殺されてもない。ただ顔が似てるだけの、月城水悠みはる



 以前、昇降口で彼女の口から聞いた名前が再び唱えられる。

 その言葉は影浦の頭を叩き、彼を正気に返させるものだった。



「あたしと影浦君はついこないだ出会ったばかりで、気にかけるような人間でも守られなきゃいけない人間でもない。あなたが守れなかった人は、あたしじゃない……」

「……わ、悪い」

「わかった?」

「?」

「あたしは、誰?」



 さあ復唱して、と言わんばかりに迫られて影浦はしどろもどろに答える。



「つ、月城……さん、です」

「よし」



 きちんとわかったかどうかを確認すると、月城は再び自分のブランコに戻って座り直した。

 それから飲んでいる途中だった缶ジュースを煽り、グビグビとそれを飲み干す。



「……なあ」

「?」



 再び声をかけるには少々気まずかったが、彼女はいつもと変わらない表情で影浦の方を向いてくれた。



「その……悪かった」

「それはもう聞いた」

「まぁそうなんだが……その……」



 月城と幼馴染の日和を重ねてしまっていたのは事実だった。

 双子の姉妹か生き写しともいえる程そっくりな彼女と、二年間悩まされ続けてきた悪夢とがごっちゃになってしまっている。

 自覚はあったし、自分でも気を付けている方だと思っていたが……つい「捕食者」のこととなるとどうも脳が二人を混同してしまうのだ。

 彼女だって、昔殺された一人の少女と一緒にされるのは迷惑だろう。

 そんなことはわかっていた。……わかっていたのに。



「影浦君は日和さんのこと好きだったの?」


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