7.愛の静脈


 月城は「捕食者」に会った時、赤の他人が殺されているところを目撃したと言っていたはずだ。

 なのに、どうしてその後になって周りの人間が死ぬのか。

 それに、彼女は一度もそんなことを口にしていない。

 綾子の突然の暴露に、月城は怒りも注意もしなかった。



「……そう、じゃあ。……あなたが」

「?」



 ユラの言葉に月城は顔を上げ、二人の視線が交わる。

 悲し気に相手を見つめたのは、ユラの方だった。

 しかしそれ以上の言葉は続かず、彼女はまた綾子の方を向いて尋ねる。



「彼の居場所が、知りたいのね?」

「えぇ! 僕個人としてはどういう経緯で動いてるかも知りたいです。あの事件以来、は全く発見されていないので……ユラさんなら知っているかと」



 二年前、数多くの被害者を出した「捕食者」は突然姿を消した。

 何かの事故に巻き込まれたのか、自主的に犯行をやめたのかすらわかっていない。

 だが婚約者であるユラなら知っているはずだ、と綾子は考えたらしい。



「残念だけど、私は知らない」

「えっ!?」



 その考えは外れたようだ。



「むしろ私の方がどこに行ったか聞きたいくらいね。いきなり出て行って、その後突然この店に警察が何人も押しかけてきて……。警察も一年は粘っていたようだけど、結局何も出て来なかったのよ」

「何も?」

「えぇ、何も。あったはずの彼の私物も、服も、髪の毛一本すら出て来なかった。初めから彼がこの店にいなかったように……跡形もなく」



 怒っているのか悲しんでいるのか……わからない声だった。

 ただユラは淡々と事実を述べ、影浦達に聞かせている。

 「捕食者」を庇っているのか責めているのかも、彼女の顔や声からは読み取れない。



「……警察がこの店に来たっていうことは、ここに住んでたっていうことですか?」



 隣で撃沈している綾子に代わり、今度は影浦が質問を始めた。

 しかしユラは意外そうな顔をして影浦を見る。

 話に突っ込んで来るタイプには見えなかったのだろうか。



「……えぇ。彼、いわゆる天涯孤独でフラフラしてたから。元々この店は私の祖父の店だったんだけど、働きながら暮らせるように私と祖父が用意したのよ」

「フラフラ……というと?」

「すぐあちこちに引っ越してて、一箇所に留まろうとしなかった。今思えばその理由もわかるけど……」



 家を転々として住まいを一定にしなかったのは、恐らくその頃からもう人殺しをしていたから。

 誰でも辿り着ける簡単な答えだ。



「あの、不躾な質問で申し訳ないのですが……」

「何でも話すわ。何?」



 百合が遠慮がちに口を開き、ユラの手元を指した。



「指輪はどちらから贈られたのですか?」

「……彼から」



 静かに答えると、ユラは指先で指輪をくるくると回し始める。

 「捕食者」が指輪を贈るなんて想像も出来なかったが、それ以上に彼女は指輪を贈る側には見えない。

 どちらかというと、何度も何度も頼み込まれ、渋々受け取る側だろう。



「もう引っ越さなくていいのか、もう大丈夫なのか、心はちゃんと落ち着いてるのか……。色んなことを聞いて何度も確認して、彼が頷いたから受け取ったのに」

「……」

「約束なんて出来る人じゃないってこと、忘れてたのよ」



 短くため息を吐き、彼女は指輪を外してテーブルの上に置いた。

 コロン、と小さく音を立てて指輪は弧を描いて転がる。



「あなたの言う通り、いつまでもつけてるべきじゃないわね」

「え……」



 ユラは影浦を見て、嗤った。



「受け取ってやったのは私なのに、これじゃあまるで縋りついてるみたい」



 その嘲笑は指輪に対してか、婚約者に対してか、自分に対してか……それもわからない。

 婚約者が殺人鬼であることを除けば、ただの哀しい女性にしか見えなかった。

 いや、実際にはそのはずなのだが……「捕食者」のことを考えると、そう思ってしまうことへどうしても抵抗が生まれてしまう。

 それからしばらく沈黙が続いた。


 だが、それを破ったのは不死原だった。



「で? 他に何かねぇのかよ、情報」



 彼の前に並んでいた皿は全て空になっており、グラスも空っぽだ。

 やはり空気を読む気はさらさらないらしい。

 どこまでもマイペースな男だ。



がどこに行ったのかアンタでもわからねぇのは聞いた。他は?」

「聞かれれば答えるよ。それよりおかわりは?」

「おーいるいる」



 不死原へコーヒーのおかわりを促してユラが一旦離席する。

 話に一段落がついて各々がグラスに手を伸ばす中、影浦はユラの後姿を眺めながら考えた。


 彼女の様子を見る限り、「何でも話す」というのは本当らしい。

 彼女と「捕食者」が婚約者だったということはわかったが、彼女が彼のことをどこまで知っていてどういう関係だったのかはまだわからない。

 もっと深く突っ込めば、「捕食者」の犯行動機もわかるかもしれない……が。

 そう胸にある疑心を混ぜていると、腕を軽く突かれた。


 そちらへ顔を向けると、月城が何やらひそひそと話しかけてくる。



「あのさ、小鳥遊さんの話を聞く限り……あたし達の知ってる『捕食者』と別人な気がするんだけど」



 しかしその意外な質問に影浦は首を傾げた。



「? そう……なのか?」

「え、影浦君は違うの?」



 え? と二人は顔を見合わせる。


 影浦は「捕食者」ならそう言うだろうなと思いながら聞いていたのだが、月城は違う印象を持っていたようだ。

 今の会話が耳に届いたのか、すっかり落ち込んでいた綾子は勢いよく顔を上げた。

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